📄「元の体に戻りたい」──ワクチン後遺症と“7,000枚の書類”という現実

 

2025年8月30日、CBCテレビの報道記事を見た。

この番組を長く追っている大石邦彦キャスターは、ワクチン被害を発生当初から報じ続けてきた数少ないジャーナリストである。

 

新型コロナワクチンの後遺症に苦しむ患者が「元の体に戻りたい」と訴える姿は、あまりに重い。

高校教諭だった女性は接種後に寝たきりとなり、復職を望みながらも救済制度に翻弄され、障害年金すら認められなかった。

「救済」という言葉が、むしろ虚ろに響く。

 

🔹救済を阻む“書類の山”

 

とりわけ目を引いたのは名古屋市役所担当者の発言である。

「人によって違いますが、こちらは段ボール1箱で1人分になります。多い方だと7,000枚、8,000枚という方もいらっしゃいます」

!?……7,000枚!?

 

論文数十本に匹敵する分量である。

診療録、検査データ、領収書、診断書──あらゆる紙を提出させ、段ボールに積み上げる。光景はまるで昭和時代の役所仕事がそのまま蘇ったかのようだ。

 

これを誰がどう精査するのか。

デジタル保存されるのか。

紛失や劣化、あるいは改ざんのリスクは考慮されているのか。

 

結局は「書類を積み上げている」という既成事実づくりに過ぎないのではないか。

むしろ「これだけ膨大だから審査に時間がかかるのです」と暗に訴えたいだけではないのか、と勘繰りたくもなる。

 

🇯🇵国と自治体の“ねじれ”

 

記事はさらに、自治体が「認定すべき」と判断したケースを国が覆す実態を描いていた。

  • 自治体は因果関係を五段階で評価する。

  • そのうち「認定すべき」と結論を出しても、国は「評価不能」として却下する。

この二重構造は、患者にとって“二度の絶望”を意味する。

自治体が寄り添おうとしても、国の最後のハードルがすべてを打ち消すのである。

 

👶薬害の記憶と重なる未来

 

記事の最後に登場するのは「薬害防止の日」。

過去の薬害を反省し「二度と繰り返さない」と刻んだ碑の前で、新たな被害者が「元の体に戻りたい」と訴える。

 

歴史は繰り返す。

問題は、私たちが「薬害を薬害と認めないままにする」ことではないか。

 

🐤私の違和感

 

この問題の本質は、救済が進まないことにある。

しかしそれを阻んでいる象徴こそ“7,000枚の書類”の山である。

 

救済の入口で患者に課せられるのは治療ではなく、膨大な紙の提出である。

これは制度そのものの矛盾である。

 

電子カルテやAIを駆使すれば、因果関係の分析やケース比較は格段に効率化できる。

それなのに「紙に証明させ、紙で判断する」。

この構造は、日本の医療行政の“化石化”を如実に物語っている。

 

🔹記事から拾うべき論点

  • 障害年金不支給:寝たきりでも「固定していない」として却下される理不尽さ。

  • 自費治療の不認定:保険外で試した治療や薬は、救済対象にならない。

  • 国と自治体の温度差:自治体が寄り添っても、国が切り捨てる。

  • 評価不能の乱発:副反応報告の大多数を「評価不能」で処理する姿勢。

  • 薬害との連続性:過去の薬害と同じ轍を踏みつつある現実。

🖊️結びに

 

「元の体に戻りたい」──この切実な願いが、なぜこれほど遠いのか。

患者の声を追えば追うほど、「救済制度」が患者をさらに苦しめる矛盾に突き当たる。

 

形式主義に塗り固められた“7,000枚の書類”は、国の責任回避の象徴である。

 

医療とは本来、希望と可能性を見出す営みである。

その原点を取り戻すことこそ、いま最も求められていることだ。