3/18付けの新聞には、来日したアメリカのブリンケン国務長官のオンライン記者会見の発言が載っていて、「多様性が米国の最大の強みであると、バイデン大統領は信じている。我々の多様性を真に反映した政府であることを確実にしなければならない」と、新しい政権の政治理念を述べました。

 私は“やっとアメリカらしくなった”と思いました。前政権の4年間に世界中が翻弄されて、ウンザリしていたことは間違いありません。「分断から統合へ」、トリッキーさは影を潜めアメリカの真の実力が発揮されるようになるのでしょう。それが日本や世界にとっていい結果となるかどうかはわかりません。日本人にとっては手強いパートナーとなる可能性も大きいのです。それでもまぁ、副大統領にはカマラ・デヴィ・ハリス:Kamala Devi Harris がいるし、前よりはマシになるとは思うのですけどね。



 

 多様性の強みとはどういったことでしょう。

 アメリカ(United States of America)の歴史は移民と多様性の物語と評されます。建国以来世界で最も多い移民の数(5千万人以上)であり、今も毎年70万人以上を受け入れています。かつてメルティングポットmelting pot(人種と文化の坩堝)と称され、新たに入ってくる人々は故国の風俗習慣を捨て、新しい新天地に順応していくAmerican Spritsが奨励されてきました。しかし近年、アメリカは順応から多様性に軸足を移したようです。少数民族の集団は文化遺産を復活させ、移民の子どもたちはバイリンガルとして育っていると聞きます。絶えず流入する人々は国民に新しい刺激を与えます。故国を離れて未知の大地に渡る勇気と柔軟さは、国民の独立心と楽観主義を培って、リスクに怯まないチャレンジ・スピリットに結果するのです。最近の大きな変化は、多様性に対する差別や偏見への糾弾です。性別・肌の色・言語・宗教・性的指向などへの差別は「人としてあるべきでない」ものとされ、社会の空気を一変しようしているほどです。

 1960年代初頭の大統領で、自らもアイルランド移民の子であったジョン・F・ケネディは「アメリカは対等な地歩から人生を再出発した移民の社会であり、古い伝統の記憶がまだ失せぬうちに未開の分野を切り拓こうとする人々の国である。それがアメリカの秘訣なのだ」という言葉を遺しています。



 

 日本はどんなふうに見られてきたのでしょう。昭和の日本人は海外旅行にスーツにネクタイで出かけ、分厚い眼鏡に首から下げたカメラでパチパチ写真を撮って…、といったイメージかもしれません。外国人から見れば髪も肌も顔も同じ色で、日本人は見分けのつかない金太郎飴のようにブキミだったかもしれません。外見だけではありません、つい最近まで――顔だけじゃなくココロも一つの「一億一心」でありました。

 孫子の兵法は「敵を知り己を知れば百戦危うからず」と説きますが、戦前の軍国主義は敵も己も知ることなく、火の玉となって鋼鉄にぶつかっていった生卵だったのです。結果は花と散って完敗! 戦争に負けて「今度は産業復興だ」とシャカリキになり、全社一丸真っしぐら、殺人ラッシュや徹夜残業の挙句に、驚異の高度成長”ジャパンアズナンバーワン”賞を勝ち取りました。「なんだ、戦争しなくても豊かになるんじゃないか」と思ったも束の間、バブルはシャボンの泡と消え、それから無為の30年でジリ貧となっています。




 なぜ「一億一心の火の玉」は多様性に負けたのでしょう? そもそも同質集団は脆いものです。思考パターンが共通であれば未来予測も単一化します。計画と実際が齟齬することは当然です。その際に、できるだけ多くの想定内をもっていれば迅速に対処できますが、想定外の事態には立往生するしかありません。

 同質集団をさらに悪化させたのは中世以降の農村協同体における「同調圧力」でした。同調圧力は協同体から異能と有能を排除し、十人一色の凡庸の集団としました。そしてひと握りの顔役によって、百年変わることのない仕来り通りの支配を継続させました。村の寄合では顔役の顔色を読まなければいけません。場を弁えるのが第一ですから、いいアイデアだって言っていいものか考えます。突飛な考えなんて発言できるはずもありません。くわばら、クワバラです。

 日露戦争でロシア艦隊を全滅させた連合艦隊司令長官東郷平八郎元帥は、「百発百中の一砲能く百発一中の敵砲百門に対抗し得る」と豪語しました。日本が負けるまでこの発言を「おかしい」と言った日本人は皆無です。「味方の一砲が敵の一砲を砕くと同時に味方の一砲も砕かれてゼロとなる。その後に残った敵の九十九砲はやりたい放題ではないか」。誰だってわかることですが、それが言えなかった――忖度と言います。



 

 これを書いていましたら、東京オリンピック組織委員会の開会式演出統括者が、女性の容姿を蔑視して笑いものにする演出プランを1年前に提案し、それが暴露されて辞任しました。大会のテーマが「多様性と調和」だったのですから、目を覆いたくなるようなできごとです。これでは多様性も獲得できず、強靭さも身につくことができません。

 ショックです。問題をもう少し掘り下げ、考えをさらに広げて、続きを書かなくてはならないと思いました。――中途半端になってごめんなさい。