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 気象用語の春一番は、立春から春分までの間に日本海に発達した低気圧めがけて吹く、風速8m以上の南風のことです。春がふんわりやってきた暖かいイメージがします。

言葉の由来はイメージとは真逆です。玄界灘のただなかに浮かぶ離島の壱岐で、漁師たちが江戸時代から使っていた言葉でした。春浅い玄界灘を吹き抜ける強い突風は、小さな舟を次々に覆して通過していきます。観天望気での予測が難しい春のシュトゥルム(疾風)への怖れと警(いまし)めの言葉。安政6(1859)年2月13日には53名の漁師が命を失い、郷ノ浦港には彼らを供養する「春一番の塔」があります。

1959年に民俗学者の宮本常一がこの語を採集して、俳句歳時記に「春一番(仲春):壱岐で春に入り最初に吹く南風をいう、この風の吹き通らぬ間は、漁夫たちは海上を恐れる」と掲載しました。60年代になって、言葉のもつ風韻に魅せられて新聞が使用を始め、気象庁も定義して採用の経緯となりました。


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ふんわりした暖かい春のイメージが国民的になったのは、キャンディーズの歌からじゃないでしょうか? リリースされたのは1975年、「もうすぐ春ですね、恋をしてみませんか」懐かしくなってしまいました。


 歌詞をよんでみると、女の子は1年前に別れた元カレに、「大人になったし」「春にもなったし」ここはひとつ「過去は忘れて」「また恋をしませんか」と言っています。ナント、女の子が自ら復縁をせまっています! あるいは捨てた元カレをキッパリ忘れて、新しく気になっているカレに「新しい恋をしよう」と誘っているとも解釈できます。いずれにしても、昭和の女の子は今ドキ女の子よりもポジティヴで自立しています。世の中が経済成長グングンでチャキチャキしていたころと、低迷徘徊してドローンとしている今との、時代差なのでしょうか。


 昭和といえば「着てはもらえないセーターを涙こらえて編んだり」「女はいつも待ちくたびれて」の、“艶歌というより怨歌”ばっかりと思っていたのですが誤解でした。演歌はくたびれたオッサンたちの願望の歌だったのですが、女の子たちは「恋の主導権を握りたい」と歌っていたことがわかりました。


そうか、アラカン(around 還暦)のお姉さんたちは、昔ながらに元気ですものね。R45しっかりしようぜ! わたしくしの心にも春一番が吹きました。