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パリの赤い灯。閑散としているシャンゼリゼ


燃料税の値上げ反対から火がついたフランスの騒動、現地では“ジレジョーヌ”gilets jaunes:黄色のベスト)と言ったところに落ち着いているようです。フランスでは車の事故や故障で道路に出る際、着用するジレジョーヌの車載が義務となっています。SNSのデモの呼びかけが「ジレジョーヌを着て集まろう」だったことから、いまや善良な参加者も略奪の暴徒も見分けのつかぬジレジョンヌの騒動となってしまいました。その後にテロまで発生。まさにカオスです。

状況が時々刻々変わっていますし、燃料税は引っ込めたのにまだ終わらない。“いったいどうなっているの?”状態です。先週パリにいてその奇妙な空気感を体感しました。

平日はなんということなく平穏に仕事をして(それでも金曜夜に入ったブティックはベニア板張りでしたが)、土曜日は町中の混乱で緊迫の一日、日曜は休息というか街の修復。そしてはじめに戻る。神経の弛緩と緊張の繰り返しにナンジャコリャ。


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久しぶりに訪れたパリで翻弄された私、知り合いにいろいろと“取材”して市民の声を聴いてきました。私の友人となればマチュアなパリのマダムたちが主ですが、息子世代の学生や若者の声もそれなりに。

まず、ジレジョーヌに譲歩して国民の融和を呼びかけたマクロンの演説を聴いて。

「演説は驚きも嘆きもなかったわ。大統領になって1年8か月、彼が大統領になったから皆の生活が苦しくなった訳でもない。この数十年の政治や世界の動きが現状に繋がっているのだから、マクロンだけのせいではないと思うわ。あたしの周囲もそんな感じだから、彼の疲れきった表情、同情しちゃったわよ。あたしはいろいろな改革を試みるマクロンは勇気があるなと思っていたの」

マクロンは若くて経験不足という意見はかまびすしいです。

「マクロンは優秀だけど政治家としては経験不足ね。もっとうまく根回しをしてやれば、こんなことにはならなかったはずよ。いろんなことを急いでやりすぎたのかもしれない。若さはあっても、政治家ならしたたかさや狡さがなければいけないわね。これがシラクだったらどうだろう、あのドゴール将軍だったら、とも考えちゃうわね。“今は辛くとも彼について行こうかな”と思うかもしれない」

「でも、金融出身で若さがあってと、ブームに乗って棚ぼたみたいに大統領になっちゃった人に、狡さやしたたかさまで求めるのは無理な話よ。中道って右でも左でもないって言うでしょ、いざとなれば左も右も嫌うに決まっているわ。中道なんて“どちらにもなれる日和見烏合の衆”のこととも言えるじゃない、今は全くパワーがないのよ。政界でマクロンにジェラシーを感じる人は多いし、左派のメランションはまた次の土曜日もデモをすると言い、中道のレピュビリカンもマクロンを近親憎悪で避難しているのよ。右派のマリールペンは音無しの構えで、かえって好感持たれているみたいよ」

 大統領選挙のときには、有権者でない私も、その若さに期待して陰ながら応援しておりましたマクロン。残念なことですが、現時点でマクロンを嫌いな人は圧倒的で、若い人からも嫌われてしまっています。マクロンが公約したことが本当に実現できれば、それなりに国の進路はいい方向に向かうと思ったのです。それにしてもフランスの財政はピンチでしから打つ手がない。金の算段から始めなきゃいけないとなったら前途遼遠ですね。

 フランスはいよいよ窮してきたのか、ジレジョーヌ騒動の裏には政党の黒幕説があり、そのまた後ろには某大国の影があるとかの陰謀説もあります。高い若者の失業率、富裕層と貧困層の格差の広がり、都市と農村・都会と地方の格差も広がるいっぽうです。移民の問題もありますしね。

ともかく、現時点におけるパリのマダムたちの口を揃えての結論は「マクロンにフランスを立ち直らせるための時間と機会を与えよう」といったところ。さずがに“マダムは若い男が好きなのね”と感心しました。


フランス住まいが長い日本の友人たちからは厳しい意見が続出です。

「革命の遺伝子とかいうけど、今回はちょっと違うんじゃないかしら。聞いた話だけど1968年の五月革命とはまるで違う。あの時はすごかったって。世界中に理念が飛び火して燃え上がったんだから。今回、お金がないからレストランに行けない、クリスマスにプレゼントが買えないとか、目先の不満のうっ憤晴らしじゃないよ。国家の理想も国民の共感もないじゃない」

「フランス人は皆、自分の置かれた環境に不平不満を言うとは知っていたけどね、ここまでやっかみばかりで妬み深いとは驚いたわ。反抗期の子供よ、親の弱いところを衝いて図に乗ってどんどん要求を吊り上げるだもの」

 

私はこの国がこれからどうなっていくのか見えなくなっています。しかし、混乱は悪いばかりではないと思います。今ある仕組みの破壊は新しい秩序の構築とパラレルに進行します。目に見えなくとも、目に見えないところ準備は始まっています。橋や建物の建設は完工が終了となりますが、基礎科学の発見発明は価値のビッグバンとなります。表に物質の破壊、裏に理念の確立なのです。

国家の莫大な借財を、政治家も民衆も「知っていても知らないふり」をして散財を続けて子孫に恥じない国。政府の施策に不満があっても、お上に従い同調することが美質される没個性の国民性。フランスはそういった国家国民とは違った熱い血が流れていることを再確認できました。

 デモは公民の正当な表現方法ですから問題はありません。交通の渋滞が直接関係のない者の遅延となっても、それは民主主義のコストとして甘受するのが大国の国民です。しかし、何がどうあれ暴力略奪はNGに決まっています。力が正義になってしまったら、それはもはや先進国ではありません。


 パリに生涯呪縛された感じの私ですが、もう少し成り行きを見守っていきたいと思っています。