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棘ある花といえば先ず薔薇が浮かびます。「美しきものにはトゲがある」という諺の英語表現は"Roses have thorns"です。意味はそれほどあだっぽいものでなく、「どんなに完璧に見えるものにも欠点がある」といった程度と聞きますが、ちょっとガッカリですね。古今東西から美人の代名詞とされ、その香しく美しさから薔薇は花の女王として君臨してきたではありませんか。そうであった理由を、私はむしろ棘があったからこそと考えます。トゲがあるから魅力があるのです。なければ、そこらのかわいそうな野菊の墓になってしまいます。


 棘と言葉は条件反射的として身体的な痛みを喚起します。「私は苦悩する表情が好きだ。痛みに嘘はつけない、真実は美しいがゆえに救いたい」との言葉を遺したのは、静かなる情熱と称えられた19世紀アメリカの詩人エミリ・ディキンスン。彼女が生前に発表した詩は僅か10篇だったのですが、死後発見された詩篇は1,800にのぼりました。


 女性が愛でられ可愛がられるだけの存在に閉じ込められていれば、悲しみはあっても痛みはないかもしれません。だけど、それで本物の愛は伝えられるのでしょうか? 人を愛することは自分をさらけだすことです。また、相手の真実を追求することでもあります。あなたの愛が本当なら、あなたの意思に棘があることはもっともなことです。あなたの棘は相手を傷めます。しかし、自らを傷めることなく相手を傷つけることはできません。傷つき、傷つけられることを恐れては、真実の愛を語ることはできません。なんと、センシュアルで甘美な事実なのでしょう。


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