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 わたくしはナイロビに降り立った。

 ナイロビは赤道から150キロしか離れていない赤道直下の東アフリカの中心都市。1600メートルの高地であり乾季であって赤道直下の面影はない。

 アフリカ会議が開催され、安倍首相や政府要人が訪問する都市。今回、初めてのアフリカ開催となり中国に傾注するアフリカの意思を、どうやってもう一度日本に向けられるかがカギとなる。

 
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 ナイロビからサバンナに向かう幹線道路は渋滞と砂埃。左側にケニア最大のスラム街「キベラ」の密集したブリキ小屋とトタン屋根が見えてくる。サファリガイドのインテリ、誇り高きマサイ族のヤージが流暢な日本語とネイティブイングリッシュで教えてくれる。


「中に緑色の屋根がポツポツみえるだろう、あれがトイレさ。50人で一つの共同トイレなんだ」

「でも、ちょっと前までは、昼間はビニール袋に用足しして、夜中に家からブーメランのようにしてなるだけ遠くに放り投げるのさ。それから思えばきれいになった」


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 東アフリカ中心都市となったナイロビには今、都市化の波が押し寄せる。高層ビルの前に不安げにたたずむキリンの写真を目にした人も多いと思う。

 ナイロビは映画「ナイロビの蜂」の舞台であり、そこにもキベラが登場する。わたくしが住むパリとも縁深く、パリの住民は何度となくナイロビを、サバンナを訪れる。パリの住民は野生好きであるからだ。

 

 キベラを過ぎると、主だった日本車のディーラーの建物が見えてくる。英語がネイティブと左側通行右ハンドルの車がイギリス領東アフリカの名残と言える。したがって、中古の日本車の大市場となっている。9割がここでは新品同様の日本車である。


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 さらに郊外に向かうと簡体字中国語の真っ赤な大段幕が張り付いた建設途中の橋が見えてくる。インテリ・ヤージが言う。

「中国マネーがそこらじゅうに投下されて、道路や橋のインフラは充実したよ。中国さまさまさ。ケニアとってはまさにヘリコプターマネーだよ。その奥にしたたかな野望があってもね。

 でも日本は……これだけ日本車の良さが分かっている土壌があるのに、もったいないよな」

「観光だって、今や中国人ばかりだよ、あとはインド系の人々。日本人は本当に珍しくなった。日本が大好きで、日本語を頑張って勉強したのに、今は中国語の方が役立つんだよ」


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 イギリス領東アフリカ時代にモンバサとウガンダを結ぶウガンダ鉄道建設にあたり、多くのインド系の人々が入植した歴史があり今でもケニアには比較的裕福な層が住む地区にインド系人々の居住区があるのだ。

 その後訪れた自然公園のロッジも7割が中国系とインド系の人々、残りは欧米人と思しき人々、日本人はわたくしたちだけだった。


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 中国もインドも官民あげてケニアに“浸透”しようとしている。もちろん一部でハレーションも起きているようだ。

「中国ツアーは、未だに普通の小型バスのままサファリに入り込んで運転手がガイドをするのさ、だからガイドの資格が強化されることになったんだ」

 けれど中国の人々の旺盛な消費は何もフランスや日本に限ったことではない。ここケニアの自然公園のロッジでも、高級な方から中国人観光客が占めている。一人5万円するバルーンサファリも、家族10人で一バルーン借り切って浮かび上がっていった。

 日本が老人大国になるのは目前、人口も減少の一途をたどり、経済も斜陽を迎える。

 一体我々には何が期待され、何ができるのだろう。

 

 
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 人類の故郷、サバンナでは様々な動物に出会った。


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 強烈な野生との出逢い。彼らは食べたい時に食べたいだけ捕食し、寝たい時に寝る。ライオンは一日20時間転がっているらしい。お腹がいっぱいの時には、獲物がフラフラと近くにやってきても、一瞥をくべるだけ。


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  肉食獣の無駄な脂肪が削がれた美しく引き締まった体、草原をしなやかに走る姿は惚れ惚れするほどエレガントである。


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 サバンナの太陽が西に傾く頃、一匹のメスライオンを見た。シャンパンローズ色に毛が反射し、周囲の情景に溶け込んで黄昏ていた。

 その近くには綺麗に胴体部分だけ平らげられた、かつてシマウマだったものがあった。残酷であるが美しい。


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 草原には所々コロンと真っ白な骨が転がる。あのシマウマも、やがて猛禽がついばみ、ハイエナが綺麗に掃除し、ただの骨となり、土に還る。太鼓の昔から変わることなく循環している自然の自律。自分の役目を果たし、今ここに生きる動物たち。

 現代人がよく言う“人生の理不尽”なんてーーここには理不尽も不合理もない。与えられた運命はもともといつ奪われても文句を言うものではないのだ。

 

 “言葉なんか覚えるんじゃなかった 言葉のない世界 意味が意味じゃない世界に生きていたら どんなによかったか”



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 野生のエレガント、(象はエレファント)雄大な自然を前に、人間の浅知恵など到底かなわない。それでも、楽園を追い出されてしまったわたくしたちは、歩き出すしかない。悲しみを背負いながら。

 

 知性を昂め、気高く、意志をもって。