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パリ午後9時半。在フランス日本国大使館からの風景。

先日の『在フランス保険医療専門家ネットワーク』例会では、前会長であり元アメリカンホスピタル勤務の松下フユ先生が名誉会長に、会長には谷村玲実先生、副会長には吉田クリストフ先生が就任なさり、他役員・世話人一同も全員一致で承認されました。

そして毎度お楽しみ、今回のプチ発表は東京医科歯科大学からピティエ・サルペトリエール病院に研究員として留学なさっている、口腔外科の田中香衣先生です。



演題:「口腔癌治療の現状と今後の展望」

口腔癌は、舌癌、歯肉癌、頬粘膜癌、口底癌など、口腔内周辺にできる一連の悪性腫瘍を表します。60代の男性に多く、飲酒、喫煙、トンガった虫歯など各種、慢性の刺激がリスクファクターとなりますが、リスクファクターのない場合でも発生することがあります。

ほとんどの組織型は扁平上皮癌ですが、唾液腺癌や悪性黒色腫、悪性リンパ腫などもあります。癌の中では罹患率は低めですが、その解剖部位的特徴から、QOL(生活の質)が著しく低下してしまう可能性があることが特徴です。

最初に口腔癌のトピックスをふたつほどご紹介します。

1:最近では、なんと癌年齢から程遠い20代から30代の若年者の患者が増えてきているとのこと。これは世界的傾向だそうです。

2:ヒトパピローマウィルス(HPV)が発生に寄与している口腔癌があるとのこと。俳優マイケル・ダグラスも当初は咽頭癌と発表していましたが、実際は舌癌でHPVに関与していたとも言われています。

治療ですが、基本的には手術療法で、それに化学療法と放射線療法がサポートする形となります。2年位前までは小線源治療という放射性の金属(線源)を病巣に直接埋め込む治療法があったのですが、線源の供給がなくなったことから出来なくなりました。

手術で頭頚部の病巣部をごっそりとった場合は、その後、大変に緻密な再建術が必要となりますが、Microvascular Surgery(微小血管外科手術)の発達で画期的に進歩しました。前腕や腓骨部の(骨)皮弁他、日本では、樽型のフランス人では(脂肪由来樽型体型のため?)まず使えない腹直筋の皮弁なども使います。

次に化学療法では、通常の全身性の抗癌剤投与(CDDP、5-FUなど)の他、カテーテルを通して顎動脈、舌動脈など癌の栄養血管に直接薬を注入する(超選択的)動注療法などもあります。

放射線療法ですが、従来のものの他にふたつご紹介します。
IMRT(強度変調放射線治療 Intensity Modulated Radiation Therapy)という、最新テクノロジーを用いて、腫瘍に集中的に放射線をあてる方法があります。

もうひとつは陽子線や炭素イオン線を利用した粒子線治療。こちらも周辺臓器への侵襲が少なくて済み、通常の放射線療法では効きにくい唾液腺癌にも効くなどの利点がありますが、先進医療のため保険がきかず、高額な治療費がかかります。

さて、ここで敏感な読者のみなさんは、あれ? 何か忘れてない? と思われるかもしれません。そう、免疫療法です。

癌は、さまざまな方法を駆使して、免疫細胞からの攻撃を逃れていることが知られていますが、未だその全容は解明されていません。全身の免疫力を高める方法や、癌細胞特異的な免疫応答を惹起する方法などがあり、現在、世界中で臨床試験も含めた様々な免疫療法の研究がすすめられています。免疫療法は化学療法や放射線療法と比べて効果がマイルドですから、それらと併用して相乗効果を期待する、もしくは延命効果を期待して使用されることになるのかもしれません。

口腔外科領域の豆知識

1:ケナログ(ステロイド製剤)は口腔内で1週間以上使わない。

通常の口内炎であれば、ほとんど場合、1週間でよくなってきますので、ケナログを1週間使っても痛みが消えない場合は、別の口腔粘膜の病気や癌の疑いもあります。

さらにケナログを使い続けると、口腔内の常在菌であるガンジタが増えて、痛みが増すことがあります。

2:治らない皮膚瘻孔は歯性(歯が原因)の可能性もあります。

頬部皮膚の難治性の瘻孔などで、歯の病巣が原因となっている場合もあります。

3:治らない上顎洞炎は歯性の可能性もあります。

片側の上顎洞炎は歯性由来、両側の上顎洞炎は鼻性由来の傾向にあります。

2、3ともに、歯性の場合は、根本(=歯)を治療しない限り、抗生剤では治らないということです。長く抗生剤を使用していると耐性菌もでてきますから、注意が必要です。歯の根治治療をすることで、長年の悩みから開放されるかもしれません。

以上1~3のケースなどは、ぜひ口腔外科を受診なさることを強くお勧めします。

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田中香衣先生、大変有意義なお話し、どうもありがとうございました。皮膚科も守備範囲に一部口腔内がかぶりますので、いろいろ思い当たるふしもあります。定期的な歯科検診などもいよいよ大事だわーーー、とキモに命じた次第です。

おまけびっくりした日仏の違い

手術後の治癒に関してなのですが、フランス人の方が概して再生、治癒が早いという印象をもつドクターが何人も。これはフランス在住の日本人でも早いということですから、DNAではなく、風土(food?)の違いかもしれません。さらに日頃のフランス人の衛生観念の低さが野性味を呼び覚まし、逆に免疫力アップ???

何でも徹底清潔がよいわけではないのかも !!