2013年最後の『在フランス保険医療専門家ネットワーク』例会は、大阪大学脳神経外科で Henri Mondor 病院の研究員をなさっている細見晃一先生の講演会と忘年会を兼ねて、9区の老舗レストランで催されました。

4月に石井医務官が新任なされてから初めての例会で、前任の吉川医務官もマダガスカルからはるばるご出席なさったこともあって、大変な盛況となりました。

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今回、細見先生には “ニューロモデュレーション療法 ~神経機能を調整する~” のお題目で、パーキンソン病や難治性疼痛などの神経難病に対する神経刺激療法を中心に、Henri Mondor 病院で行われている最先端遺伝子治療を含めて講義していただきました。

暗黙の了解で、毎回書記を務めさせていただいてる私 Dr.MANA ですが、今回は脳神経分野。……(^^;) ハードル高っ !!

ところが今季でこのネットワークの会長を退かれる大好きな先輩、松下フユ先生の一言。“今回も頼みましたよ”で、何とか頑張ろうと思ってしまったのでした。
(^3^)/



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最初に機能的脳神経外科(functional neurosurgery)について簡単にご説明します。

脳神経外科の手術では、血腫や腫瘍を取り除いたり脳動脈瘤をクリップしたりしますが、これらの対象は血管や腫瘍であり、脳そのものや神経の機能は直接の治療対象ではありません。これに対して機能的脳神経外科では、神経機能障害の改善が目的で、脳や脊髄に電気刺激用電極などを埋め込むことで、脳や神経そのものの機能の改善を図る手技をいいます。

対象疾患として、
—パーキンソン病、振戦、ジストニアなどの不随意運動症
—難治性疼痛
—難治性てんかん
—痙縮(けいしゅく)
—精神疾患、末梢血管障害、心疾患、膀胱直腸障害
などがあります。



筆頭にでてくるパーキンソン病についてお話をいたしましょう。

パーキンソン病とは脳内のドーパミン不足とアセチルコリンの相対的増加とを病態とし、中年以降の発症が多く、主な症状は安静時の振戦 、筋強剛 、無動・動作緩慢などの運動障害です。他にも様々な全身症状・精神症状も合併し、独特の立ち姿、容貌、歩き方となることが知られています。

日本では欧米より少なく10万人に100~150人、約1000人に1人発症する計算です。アドルフ・ヒトラー、マイケル・J・フォックスなども羅患しました。

現在、難病指定で、日々研究は進んでいるものの決定的な治療法は確立されていません。

パーキンソン病は、脳内のドーパミンニューロンが2割まで減ると発症するといわれます。はじめのうちは薬剤 L—DOPA やドーパミンアゴニストが効きますが、5年くらい経つとだんだん効かなくなってきます。10年も経つと薬のコントロールができなくなり、多くの患者さんが手術の適応になります。

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パーキンソン病には、深部脳刺激療法(Deep Brain Stimulation:=DBS)という侵襲性の低い治療法が、近年、注目されてきております。これは脳の深部に留置した電極からの電気刺激により、その部位の活動を抑えて、従来の外科治療で行われていた脳深部の破壊術と同様の効果を得る、という治療法です。DBS は 130-180Hz が中心で、合併症が少なく非侵襲的で、体外からの遠隔操作により最適な効果が得られるよう、調節可能であるのが特徴です。

心臓ペースメーカーの脳への応用、といったイメージですね。

細見先生はこの DBS の術中画像も一緒に説明なさっていました。局麻ということで、本当に術中に患者さんへ指示を出して効果を確かめながら、各手技を行うのです。その場で振戦などの症状がそれこそピタッと停止するのを目の当たりにして、鳥肌がたちました。

また、術前はたどたどしくしか歩けなかった患者さんが、術後、ほぼ普通の人と同じように歩けるようになった姿なども、動画で確認しました。ご本人はどれだけ救われたことでしょうか。



次に、パーキンソン病の遺伝子治療についてのお話です。

分かりやすく申しますと、ドーパミン産生能がなくなった細胞にドーパミン産生遺伝子を導入して、強制的にドーパミンを産生させるという機序です。

この新しく産生能を獲得したニューロンの方が、遥かに大きな役割を果たしていると思われています。パーキンソンモデルの猿ではよい成績だったそうです。フランスの臨床試験では、重篤な合併症もなく、それなりに効果があったようで……近日、論文が発刊されるようですので、ここまで!
ω・)

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もうひとつ興味深かったのは、薬がなかなか効かない難治性疼痛についてのお話です。

こちら、痛みが本来の病の気づきのための“警告”の意義をはるかに通り越し、疼痛のみが最大の苦痛になり、QOL にも支障が出るレベルの病態です。癌や物理的傷害による末梢神経および中枢神経の障害や、機能的障害による慢性疾患があります。

その中の神経障害性疼痛(Neuropathic Pain)の代表的なものに、脳卒中後疼痛というのがあります。日本には3~20万人潜在しているとされます。こちらは簡単にいいますと、末梢からのインプットがなくなったことで上位ニューロンが過剰に活動し、痛みを感じるというものです。

機能的脳神経外科分野での手術での治療法としては、前述 DBS の他、脊髄刺激療法(SCS)や大脳皮質運動野刺激療法(MCS)が積極的に行われております。いずれも小型の電気刺激装置を体内に埋め込むものです。どの手技も一定以上の有効性が認められております。



最後に、まったく手術を必要としない、コイルの磁場の変化を利用した経頭蓋磁気刺激(Transcranial Magnetic Stimulation=TMS)という、最近注目されている治療法についてお話しいたしましょう。

TMS は、通常、患者に椅子に腰掛けてもらい、無麻酔で装置を頭の上から一定時間あてるだけです。こちらは安全性と簡便性が最大の利点ですが、今のところ、有効性が3分の1程度。効果が続いても数時間から1日のため、毎日しないとならない(施設に通わなくてはならない)、長期使用の累積効果がない、といった点も指摘されています。

ただし、うつ病(アメリカ)、てんかん、ジストニア、統合失調症、耳鳴、などに幅広く応用できるという可能性があり、また自宅使用の機器が開発されれば、格段に利便性が高くなります。何しろTVを見ながら、リラックスしながら治療できるわけですから。

今後の臨床応用が期待される手技ですね。



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細見先生近景、です。細見先生、貴重なお話、どうもありがとうございました。今後のご研究もとても楽しみにしております。

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…… ( ̄‥ ̄;) 

最近つとにボケ気味の私には、今回も一大作業でした。難解な医学用語の解説をはしょってしまったこともあり、一般の方にはかなり難しい内容になってしまいました。ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

このような日本の優秀な頭脳が世界の舞台で地道に研究を重ね、医学の進歩に貢献していらっしゃるのです……というところが、一番お伝えしたかったことなのです。

また次の例会まで。皆さま、ごきげんよう。