
今回の『在フランス保険医療専門家ネットワーク』例会は、在仏駐在期間が終了し、マダガスカル駐在となる在フランス大使館・吉川 潔 医務官の講演会と送別会を兼ねて催されました。
毎回、この異医科交流会では、頭を金槌でゴーン! と打たれるような衝撃があるのですが、今回もすばらしい一撃をくらいました!(☆0☆)
吉川先生はもともと精神科が御専門で、医務官をなさってちょうど10年。今までエチオピア大使館、カザフスタン大使館、アフガニスタン大使館勤務の御経験をお持ちです。その間は、“テロ”や“内紛”に巻き込まれる危機が、それこそ日常生活レベルであったとのこと。今年の1月にあったあの痛ましいアルジェリア・テロのときも、政府機密命令で現地に飛んでいかれたそうです。

さて、そんな稀有な海外生活体験をなさっている吉川先生が、吉本芸人ばりの面白さで御説明くださった今回の講演会。
タイトルは『海外生活と心の健康』。
今後フランス生活、いいえ、フランス旅行を計画中の方々にも“いらっしゃる前に”ぜひ聴いていただきたいような素晴らしい内容でした。
ただ、私にとってこの御講演で一番衝撃だったのは、標題の一件です。“日本の常識は世界の非常識”などとあちこちの美容講演会で、物知り顔でつぶやく私なのに……やられました!
まず、こちらのお話から御紹介します。わかりやすくするため、一問一答式のインタビュー形式で掲載させていただきますね。

会長である松下先生宅のお庭にて。
★★★
日本ではこの数年、従来の真面目で自分を責めるタイプの“うつ病”とはあきらかに違う、仕事中はうつ、帰宅後や休日は活発に活動する『新型うつ病』なるものが出現して、「それはただの怠け病ではないか?」「人格の問題では?」「いやいや、これも立派なうつではある」など、いろいろ議論されているようです。現在ではどう結論づけられているのでしょうか?(@'o'@)
日本では、昔はうつ病はメランコリー親和型だけ、新型みたいな患者さんは「気合いが足りないのではないか」と、門前払いをされていました。今でも「新型なんて認めない」という古い精神科医もいます。でも、こちらを御覧ください。

DSM-IVという、アメリカのうつ病診断基準です。病前性格は関係なく、基本、症状のみで診断されるようになりました。単純に9つの中の5つが最低2週間続いたら“うつ”ということになります。よって、新型もれっきとしたうつ病ということになりますね。このようにDSM-IVのcriteriaでは“新型”もうつであることは確かで、アメリカ精神医学会のcriteriaを認めないわけにはいかないです。
2013年にDSM-5(*5からは普通の数字表記になるそうです)が発表される予定ですが、まだです。現在の診断基準では新型うつ病もうつ病ですが、DSM-5でどうなるか、興味深いです。
わかり易く従来のうつ病と新型うつ病の違いを表にしてみました。

なるほどー。そうだったのですね。でも、まだどうもしっくりきません。本人に病識があるかどうかは別にして、おおよそ仕事において“怠けて見えること”を毛嫌いする自分の性格も災いしているのかもしれません。


そこが盲点なんです! 多くの日本人はそうだと思いますよ。
メランコリー親和型性格(テレンバッハ)とか執着気質(下田)と呼ばれているものが、日本では本来のうつ病の病前性格でした。執着気質は1932年に下田光造教授が提唱したもので、日本では最近まで精神科医はそれを信じていました。
でも、中井久夫教授の教科書には、当時から日本とドイツ以外ではこういう考えはなかったと書かれています。
以前に私がパリ郊外のアメリカンホスピタルで行った講演では、会場から笑いがとれました。自分の講演はフランスでもやっぱ受けるんかいなー、と嬉しく思ったりしたのですが……。

実は、会場でどっと笑いが起こったのは、このスライドのときなのです。笑いのツボは“メランコリー親和型”。フランスでは認められていないのです! というか、世界的に認められていないのでしょう。日本人とドイツ人の気質と関係が深いのではないでしょうか。
なーーーるほど !! フランスに20年近くも住んでいて、どうして気がつかなかったのかしら? 世界的には日本人的真面目気質の方がマイナーであることに……。そうなるとフランスには、はなっから古典的うつ(逆にきっと少数派)も新型うつもなく、まとめてひとくくりの“うつ病”しか存在しないわけですね。
新型うつ病は古典的なうつ病と比較して新型なわけで、日本とドイツ以外では新型も何もないのだと思います。だから、次にご紹介するポスト・ヴァカンスうつ病だって、立派なうつ病なのでしょう。

これがフランスの“ポスト・ヴァカンス・シンドローム”についての記事です。ヴァカンスのあとの仕事復帰時に軽いうつ状態になるフランス人が、どれだけ多いことか……。われわれ日本人からすれば「なんや贅沢な! そんなんやったら3週間に渡るヴァカンスなんぞやめてしまえ!」って言いたくなりますね。
同感です! では、新型うつ病の対策について教えてください。


新型うつが人格の問題であるのは間違いないのでしょうが、以上のことから精神科医は昔のように門前払いはしないで、きっちり診ていくべき疾患なわけです。
基本薬で治るものではないので、“人を育てる”という原点にたちかえるレベルの対話が必要でして、根気強いカウンセリングが主体となります。
例えば、山本五十六連合艦隊司令官の名言なども参考にして……。
「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かじ。 話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。 やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず」
子育て、教育の場面でも座右の銘のなりそうな、崇高な教えですね。大変に勉強になります。
次に皆様お待ちかねの“パリで生活するストレス”について教えてください。花の都の落とし穴、『パリ症候群』についても、ぜひ。

『パリ症候群』という言葉は、どこかで聞いたことがあると思います。1991年に太田博昭先生が同名の著書をお出しになり、世界的に認知された“適応障害”の一種です。
そこそこ裕福な家庭に育って20~30代以上の女性。海外生活が初めてで、それが長年憧れのパリであった、という人が多いといわれます。
環境の変化に加え、フランス語が満足に理解できなくて、孤立感・孤独感を味わうことからはじまります。そのうちに「あのジャポネはうるさい」と言われるとか「悪口をいわれる」といった、あんた確かフランス語がわからんてゆうてたやん! といいたいところですけど、まぁそうした病的な妄想反応がでてきたりします。こちらはメランコリー親和型性格とか執着気質とは関係がないです。これらは早めに日本に帰ること、そしてできれば二度とフランスの地を踏まないことで、おおよそ解決します。
(⌒-⌒) なるほどー。吉川先生のご経験からいかがですか?
私も初めにパリに来てたくさんのカルチャー・ショックに遭いました! 実は今までの赴任地の適応の中で、一番きつかったかもしれません。
普通にパリに来ると、誰でも多少は落ち込むと思います。私が考えたのは、deeply romantic visionまではいかなくても、私みたいにアフガンからパリに来たら「楽勝」、そこまで浮かれなくても、先進国だし「何とかなる」と思って来る人が多い。これが、パリ症候群の本質的なところだと思います。パリではなく、アフガンとかアフリカの厳しいところに行く人には、そういう人は少ないでしょう。
パリに来て「考えていたよりたいへんですね」という人はいますが、アフリカの厳しいところに行って「考えていたよりたいへんですね」なんていうと、「あんたどう考えてたんや?」となりますからね。
次に適応障害を考える目安を御説明しましょう。

このように、転居のような環境の変化では、3ヶ月以内の疲労感や辛さは正常範囲といえます。3~6ヶ月の間は要観察。この間に徐々に回復していけば大丈夫です。けれど6ヶ月以上経過しても“慣れない”ケースは要注意。1年以上経過してさらに状態が悪化するときは休養が必要なことが多いので、怪しい時は半年を目安に専門医に相談にいきましょう。もちろんその前でも構いません。

何だかすでに、かなりマダガスカルっぽい雰囲気の吉川先生。
吉川先生。今回は貴重なお話、どうもありがとうございました。またスライドは先生の許可を頂戴して掲載させていただきました。
マダガスカルでまた楽しいネタを仕入れておいてください! バオバブの木に南十字星。ウォーキング・サファリ体験をしに、ぜひ遊びに行きたいと思います。
★★★

今回は太田博昭先生にもお話を伺うことができました。英語をよくしゃべるアングロサクソン、ゲルマン系の国への適応、また同じラテンでもイタリア、スペインなどの適応とは、明らかに状況が違うとのことです。
「フランスはその地形的特徴もあり、人種が途方もなく混ざり合っています。だいたいにおいて、フランス人は一筋縄ではいかない皮肉屋。物事も単純ではなく、小難しくインテリ風にするのが好き。それはフランス映画を見てもわかるでしょ? アメリカとは違うんです。このフランス的エスプリと日本人の気質を考えると、最初っから問題がでないわけがない」
さすが太田先生。先見の明です!
現在は日仏カップルの増加に伴い、“別のタイプ(新型恋愛がらみ?)のパリ症候群”も増えてきているとか。
パリにいらっしゃる皆さま。これからようやく夏らしいお天気が続くようです。もうじき“パリジャン、パリジェンヌのいない──理想的な?──パリ”も間近。( ̄▽ ̄)
スリに充分気をつけて楽しみましょう♪