里の父が他界して20年。
内科医だった父は生涯往診を続け、
最後の往診から帰宅した後
激しい頭痛を訴え
アッという間に旅立ちました。
亨年70歳。
しかし、あの頃の私はまだ40代で、
70歳と言う年齢が相当な歳に思え、
まあまあ生きたのでは~と受け止めていました。
でも、自分が今その年にどんどん近付いて来たら、
髪は黒々とあり、
シワもたるみもなく
とても70歳には見えず、
「長嶋にそっくりな万年青年」
・・・と言われていた父の死は、
「随分早い他界だったんだなぁ~~」と
今更ながらに思うように。。。。。
父は3日程続く頭痛を、
風邪だと自己診断し、
運動で汗と一緒に風邪を流してしまう位のつもりで
わざわざ箱根まで出かけてジョギングをし、
温水プールで水泳をし、
しかし症状はさらに悪化。
翌日も回復はせず、
辛い体で1日の診療を終え、
最後の往診から帰ってから救急車を呼ばせて入院。
が、、、
検査の為のMRIから出てきたときには昏睡に陥って
そのまま他界した。
何時も昼食もそこそこに
サッと往診に出かけていたが、
まるで天国に往診にいくように逝ってしまった。
でも、
死ぬ寸前まで患者さんの為に走り回った父は
内科医としての生涯を、
誇り高くまっとうしたのではないかと思う。
家庭より、子供より、患者さんが大事だと、
そう言い続けた父だった。
今の今まで診察してもらっていた沢山の患者さんが
詰めかけた小さな教会は、外にまで人が溢れ、
そして、
どうしても自分の主治医の急な他界が受け止められず、
葬儀で棺桶にすがって泣く沢山の患者さんに
私達遺族は皆自分の悲しみが吹っ飛んでしまった。
父が他界した翌年から・・・・
娘の私の所に
ある患者さんから毎年新米が届くようになった。
「先生には家族揃って命を助けてもらい、
お陰さまで今こうして皆元気で生きています。」
そう言って新米を送り続けて頂いて、
20年が経ちます。
その新米が今年も届きました。
毎年サフォ&リュウズのスタッフ皆でわけ分けして
そのお気持ちを頂き、
父の恩恵を皆で受けています。
「無農薬の魚沼産コシヒカリで、天日干しです」
・・・と、自筆の一言が
今年も添えられていました。
早速炊いて、送って下さったそのお気持ちと、
父への感謝の気持ちを深く感じながら
白く光る、香り高い新米の甘さを噛みしめ、
沢山の事を思い出しながら、
頂きました。
台湾から日本の医大に留学し、
そのまま異国で日本人の為の治療に生きた父。
小さな診療所の待合はすぐに満員になり、
外で待つ患者さんの姿が毎日あった。
それほど近所では名医と言われていたのに、
自分の病気には過信があったようだ。
娘の私は、
その父の恩恵を未だに受けながら、
父の年齢に近づいていきます。
東京メディカルエステ リュウズクリニカルスパ
フェイスリフト サフォクリニック
-Dr LIU-
