気づけばゴールデンウイークも最終日。
私は今、自分の人生のどのあたりまで来ているのでしょうか。
地域貢献できればと、消防団に所属してみたり、地域の清掃活動に参加してみたり。
以前と比べると知人も増えてきましたが、地域に貢献できているかと問われると自信を持って首を縦に触れるものではありません。
自分の時間を削って、極力子どもたちとも時間を共有するようにはしていますが、プラスの影響を与えられているのでしょうか。
まあ、功を焦らず、一つ一つ地道に活動を続けることにも意義はあることでしょう。
さて、本日は世の中に存在するシステムの中で、私が『うーん』と思うところを素直に吐露したいと思います。
当事者の方々からすれば、『喧嘩を売っている』と取られかねない話題だったりしますが、決して『喧嘩を売るつもり』はありません。
微妙な話題のため、避けて通る方が無難なのでしょうが、公的資金が投入されていたり、心の弱みにつけこむような側面もあると感じるので、『苦言を呈したい』だけです。
そういった活動や価値観そのものを否定するものではありません。
まず一つ目が、ベンチャー企業をサポートする県や市の制度です。
かつて私も半年程、私財を投じて所属してみたことがあります。ところが横の繋がりも広がらなければ、何のメリットも感じられませんでした。
なんだか仲のいい仲間うちだけワイワイやって、新規参入しても知り合いが増えなければ、そのまま放置されている気がしてなりませんでした。
こちらがお金を払ってようが、本を寄贈していようが、それなりに納税してようが、こちらの存在にメリットが感じられなければ向こうから歩み寄ってくる様子が感じられませんでした。
数年間は活動内容やプロジェクト内容等についてのプレゼンをオンラインで追っていましたが、あまり存在価値を見出すことはできませんでした。
別に目新しさもなければ、発展性も感じられません。それによって企業が大きくなるイメージもわかないし、雇用機会や利益を拡大できる印象は受けませんでした。
もちろん小さなところから試行錯誤を重ねて大きくしていければいいんでしょうが、そもそものスタートの理念や目標が曖昧な上に、提供するサービスや商品に魅力を感じることができませんでした。『パーパス』などを謳ったりするものの、『これによって社会に貢献したい!』というより、『起業したい!』が第一で『起業の大義名分のためにパーパスをとってつけた』ようなものばかりでした。
そもそもそれらを提供・サポートしている先輩起業家にしても、ビジネスの発展性が感じられません。
日本の超過累進制度の元では、個人の最高税率より法人税の方が低くなります。
加えて、給与所得で生活している人間には、経費で落とすことはできませんが、彼らになら可能です。
公費を投じてビジネスをサポートするのであれば、それによってどれだけ収益をもたらせているのかも厳密に追求してもらいたいところです。給与所得で働いている人間ばかりが税金を収め、それがわけのわからない起業家の懐を潤すだけにとどまっている構造が存在している気がしてなりません。朝から晩まで、場合によっては休日まで汗水たらして働いて、起業家達は平日昼間にランチをし、オンライン会議をしている次第です。
私はこれまで仕事のために、娘・息子の入学式・卒業式いずれも参加できたためしがありません(職場の同僚を顧みず、家族ファーストであれば多少はできたのかもしれませんが)。
国も起業を活性化させたいようですが、少子化となり労働力不足も課題となる中、しょぼい起業家ばかりが増えても国は衰えるばかりです。
『なんかよくわかんないけどすごそうなプロジェクト』ではなく、確実に収益を生み出す『妥当なプロジェクト』をこころがけていただきたいところです。
続いては、心理やスピリチュアルな側面を過剰にビジネスや日常生活に結びつけることへの違和感です。
私自身、アメリカで4年半、心理と生物を専攻しました。学士編入制度を使って医学部編入をしたので、医学部で学んだのも4年半です。同じ期間ですが、日本の医学部より、アメリカ留学時の方が勉強しました。言語にハンデがあったのに加え、バブル崩壊後の学歴も何もないなかで、何かをつかもうと必死だったからです。純粋に1日15時間以上は勉強に費やしていました。
生物も専攻していたので、心理一本というわけではありませんでしたが、それでも心理学の勉強にはかなりの時間を費やしました。
四年半が終わり卒業時には『心理』というものがわかったかというと、むしろ『やっぱりよくわからない』という結論に達しました。
様々な心理現象にそれっぽく説明をつけるのは可能です。でも、その説明が正しい証拠はどこにもありません。
「あなたはいつもニコニコして友達も多いが、どこかで孤独を抱え、イライラしてもそれを外に出すまいと我慢することが多い」
「あなたはいつも一人でいることが多いが、実はもっと友達を増やしたいと思っている」
いくら一人一人の性格が違うといえど、多少は誰にもあてはまりやすい部分というのは存在するものです(一方で、罪悪感や感情といったものを一切抱かない方々も存在するようですが、それも一切抱かないのか、程度問題なのかは判断の難しいところです)。
「雨の日が続いたら、そのうち晴れる」みたいなことが言えても、それで『心理がわかった』などといえるものでしょうか。
医師になってから、緩和ケアの分野において様々な方々と時間を共有してきました。
私自身、未だに『スピリチュアル』が何なのかよくわかりませんが、かといって緩和ケアの分野で不自由を感じたことは一度もありません。
もちろんその方が特定の宗教や価値観をお持ちでしたらその考えを尊重しますし、それを否定することは決してありません。
だからといって、その方の宗教観・価値観に合わせてこちらの宗教観や価値観までも変化させる必要を感じたことはありません。
宗教や価値観を同じくせずとも、相手の方を尊重すればそれで充分なのではないでしょうか。
『スピリチュアル』な側面を重視することで人生が豊かになるという考え方をお持ちの方は、そのお考えを尊重します。
ただし、『スピリチュアル』な側面を考慮せずとも、人生は豊かにできるし、幸せにもなれるというのが現状での私の持論です。
『スピリチュアル』な分野に傾倒し、却ってバランスを欠いて辛そうな方をみかけることがあります。
『スピリチュアル』も正しいものから、誤ったものまで様々で、正しい『スピリチュアル』を実践されている方からすれば、『誤ったもの』は明らかな紛い物なのかもしれません。
いずれにしても、人の弱みにつけこむような『誤ったもの』はこの世からなくなっていただきたいものです。
場所柄か、仏教的な価値観や瞑想をテーマにした◯◯なんとかといった言葉によく遭遇します。
これもピンきりなんだと思われますが、歴史があるから正しいとは限りません。
また、世俗を離れたがゆえに到達できるものがあります。
特に、世の中の悩みは人間関係によるところが多いのではないでしょうか。ビジネスなど人との関わりを抜きにしては成り立ちません。
パワハラやいじめは、世俗から離れたところに存在するでしょうか?
であれば、世俗を離れたところで成り立ったものを、ビジネスでそのままに活かせることができるのでしょうか?もちろん活かせる部分もあるでしょう。
心をおちつけて冷静になる。
ただ、それだけなら必ずしも◯◯でなくてもよさそうです。
ビルなんとかさんや、スティーブなんとかさんがいいといったからといって正しいとは限りません。
別に◯◯を否定するものでもありませんが、『◯◯』だからいい、素晴らしいみたいな風潮に危険を感じます。
改めて申し上げておきます。
私は『喧嘩をうっている』わけではなく、ただ『苦言を呈したい』だけです。
そのような考え方や存在を否定するものではありません。
まず私にはそのような考え方や存在が『本当』なのかわかりません。
仮にそれが『本当』だとして、それを扱っている人が本当に『正しい』のかわからないという側面も存在します。
わからないものは肯定も否定もしない
というのが私のスタンスです。
私にとってわからないものが、『当然・当たり前のもの』として扱われているところに恐ろしさを感じるというのが実際のところです。