Contageous:伝染性と訳されます。
国が乱れると社会が乱れます。
社会が乱れるから、国が乱れるのか。
どちらが先かは分かりかねますが、国も社会も乱れていては、正しい世の中になりようはずもありません。
社会が乱れていても、国のトップがしっかりしていれば、それを正しい方向に導くことができるかもしれません。
出来ない場合もあるでしょう。
国のトップが乱れていても、社会がしっかりしていれば、国政を正しい方向に転換させられるかもしれません。
正しい社会であっても、誤った国政によって社会全体が傾いてしまうこともあるでしょう。
社会も国政も正しいのが理想ですが、なかなかそれが難しいのは日本国内のみならず、世界各国、過去の歴史に目を向けると明らかです。
新型コロナウイルスは世界に多大な影響を与えました。
病だけでなく、思想や態度も周囲の人間に影響を与えます。
『類は友を呼ぶ』という言葉がありますが、
『太陽のような偉大さ』で周囲を惹きつける場合もあると考えます。
『流行り病のように、周囲の精神を堕落させる』存在というものもあるでしょう。
太陽によって照らされていても、陽の当たらない所には影ができます。太陽は一つですが、そこを別の光で照らせば、影は後退します。
ここでもポイントは、影は後退するだけで、決して消失はしないということです。
影を消失させるにはその物体そのものが発光体になるしかありません。
太陽のように、物体そのものが発光体であれば自分自身に影はできにくいものですが、ライトのように先端が光輝いていても、それ以外のところがあればそこには影ができます。
一部が輝いていても、その光によって自らの別の部位に影が生じることになります。
太陽のように、一点の曇りもなく世界を照らせる存在になるのは不可能なのかもしれません。
しかしながら、一部であっても、光を発する存在にはなれるのではないでしょうか。
それぞれが光をもって、お互いを照らし合えば、影はどんどんと後退していくはずです。
精神科の受診が終わりました。
今回の結果も『適応障害で、環境への配慮を要する』でした。
いつもの繰り返しです。
私は何年も、バカ、ポンコツ、お前は患者を殺すから医者をやめろといわれてきました。
初めの数年は、その言葉をバネにもっと成長しなくてはと努力してきました。
しかし、それが何年も続き、中堅と呼ばれる頃が近づいてくると
「自分が医者を続けるのは、社会にとってマイナスでしかないのでは」
と考えるようになりました。
ある時、いつものように「とっとと医者をやめろ」と言われた際に
「やめます」
とつぶやいてしまいました。
それをきっかけに、翌週から嘔気、嘔吐、頭痛、めまいの症状で職場に向かえなくなってしまいました。
一カ月、療養しましたが、給与が一切支払われず、それに対して職場からは何の説明もサポートも受けることができませんでした。
経済的不安から、これまで無理矢理働き続けてきましたが、精神的不調は強まるばかりでした。
1年前、自分への無力感、嫌悪感から、人生の幕引きも考えました。
幸か不幸か、結果はうまくいきませんでした。
しかしそれによって、子供たちの不安が募り、情緒を不安定にさせてしまいました。
逃げるという選択肢もなくなり、一度人生を終えた気持ちになり、「バカ」、「ポンコツ」、「医者をやめろ」と言われ続けてきた張本人に向かい、「これだけぼろくそに言われる筋合いがあるのか。それともパワハラ的な要素があるのか」はっきりさせろと迫りました。
答えは、「私に大きな非はなく、全てパワハラだった」というものでした。
ただただ申し訳ないと。
そんなわけなかろうと思い、もう一人同様の言動を続けていた人間にも、同様の問いを投げかけたところ
「私に非はなく、全て先方の不徳の致すところ」だと。
こんなバカな話はありません。
何年にもわたり、自分の無能さに嫌気がさし、絶望のもとに一度は命を終えようとしたほどなのに
全てがただのパワハラだったと。
辛いのをひた隠しにし、ニコニコヘラヘラしていたらパワハラは続くのに
いざ怒りを前面に押し出し、「こちらが無能なのか、パワハラかはっきりさせろ」と迫ったところ
あっさりと、「こちらに非はなく、全てパワハラでした」と。
謝罪を受けても、何年もかけて蓄積した精神的ダメージはすぐに回復するわけではありません。
職場に配慮を求めても、「他のスタッフにフェアじゃない」との理由で何の配慮もなし。
『もし要望があるなら、第三者として弁護士をたてて協議を』とのことでした。
職場からの配慮が欲しくて、パワハラをしていた相手のみならず、それ以外のかつてのパワハラの実情を知る同僚にも職場に配慮してもらえるよう呼び掛けてもらえないかと頼んでみました。
頼みを聞いてもらえないばかりか、ほとんどの相手からの態度は
「何年前の話をしてんだよ」
「もう終わった話だろ」
「そんなの覚えてねえよ」
といったものでした。
最も衝撃的だったのは、ある一人から「お前なあ。日本の社会っていうのは、あんま自己主張しないもんなんだよ」
と、職場に環境配慮をお願いしようとする私に非があるかのような発言を受けたことです。
パワハラがあったことを相手も職場も認めたあとなのにです。
今から考えるとひどいパワハラを何年も受け続けてきたにも関わらず、自分に非があると考え、何年にもわたってニコニコヘラヘラしてきたのは私自身です。
その発言があった人間からは、直接的な暴力を受けたり、「バカ」や「ポンコツ」よばわりされることはありませんが、
「お前ほんとにセンスねえな」
「何年たっても成長しねえな」
「〇〇君(パワハラしていた相手)は熱心に教えてくれるありがたい存在なんだから、しっかり教育してもらえよ」
といわれてきました。
そこの発言を聞いても、「知らねえ」、「覚えてねえ」の繰り返しです。
職場に何度お願いしても、環境への配慮等何もなし。これ以上業務を続けるのは困難と、パワハラをしていた相手に向かって
「いつも謝るだけ。本当に申し訳ないと思ってるんだったら、職場に対してなんとかいえよ。こっちは点じゃなく、線でずっと苦しんでんだよ!」と叫んだところが、今回の就業禁止命令です。
今回数週間、仕事から離れ、精神科を再受診して気が付いたことがあります。
自分の無能さや嫌悪感は、「自分の才能や態度にそれほど非はなく、パワハラだった」と認識できたことでかなり軽減されたようです。
鬱症状はかなり改善している印象です。
『叱責される悪夢』もこの数日は見なくなりました。
『適応障害』の診断書をもって復職しても結果はどうせ繰り返しです。
配慮のないまま今まで通りの職務を果たさなければならない。
職場は『嫌ならやめろ』というのが見え見えです。
今の職場に戻ってもろくなことがなさそうだし(いずれは本格的な鬱になることでしょう)、トップは話ができる相手ではないので、弁護士をたてて、しかるべき対応をとろうと思います。
弁護士費用もばかになりません。
現状でも、職場に話せる相手がいるのであれば弁護士を立てるつもりはありませんが、話にならないので仕方ありません。
今回は、幸いなことに、信頼のできる弁護士の先生を紹介していただけることになりました。
費用は、ご縁に対するものとして割り切ろうと思います。
それにしても『他のスタッフにフェアじゃない』との理由で、何の配慮もないのはいけてません。
これは裏を返せば、『どのスタッフに対しても何の配慮もされていない』ことの表れな気がしてなりません。
かつてのカルテを見返しながら、精神科の主治医の先生からは
「実は数年前の初診時、あなたには自閉症スペクトラムの可能性があると感じていました」と話されました。
昔から周りとうまくやっていけない
得意な科目はあるけど、苦手科目は全く勉強しない
自分は能無しで、バカでポンコツと繰り返す
今振り返ってみて、これらは私の性格に大きな影響を与えたものですが、私本来の性格そのものではないと感じます。
能無しでポンコツというのは、何年にもわたって職場の人間から与えられてきた評価なので仕方ありません。今になって、それは二人がパワハラを認めたので、その認識は消失しました。
得意な科目はあるけど、苦手科目は勉強しないというのも、暗記科目が苦手という意識が強く、その苦手意識を克服できなかったからです。アメリカで生物学を専攻し、医学部学士編入、医師国家試験、外科専門医試験を越えた時点で、暗記科目に対する苦手意識はかつてほどありません(いまだにそれほど得意とはおもえませんが)。
周りからうまくやっていけないというのも、今回の一連のケースをみて考えるところがあります。
私の場合、極力、責任を他人におしつけることなく、自分の非、自分の改めるべき点を考えるところがあります。他人は変えられなくても、自分は変えられるからです。
そして、波風を立てないように、極力ニコニコヘラヘラしながら、ポーカーフェイスでやり過ごしてきました。
こちらとしては「言えない」のではなく、「言わない」つもりだったのですが、周りはそうは見ないようです。
「こいつはいつも文句をいわず、ニコニコヘラヘラしている奴だ」と。
それに加え、私は同調圧力に抵抗するところがあるので、自分の信念を曲げてまで相手に迎合しないところもあります。
それがやけにむかつく態度にうつるのでしょう。
かつては周りにうまく溶け込めない自分が嫌いでした。
しかし、最近は、溶け込みたい集団や社会ではないと考えることが多くなりました。
これは決して強がりではありません(ひょっとしたら深層心理ではうらやましさもあるかもしれませんが)。
クラスの人気者を中心とした、華やかで和気あいあいとしたグループ。
しかし一方で、グループを離れると、お互いがお互いの悪口を言い合い、グループ以外の人間を見下したような態度をとる。
私はこういったグループに所属したことがありませんが、所属したとしても、決して居心地のよさは感じないことでしょう。
周りに溶け込めない自分を、かつては人気や魅力がなく、誰からも相手にされない人間だと考えていました。
最近は、自分は人見知りで、人を惹きつける魅力はなくても、『人としての能力や魅力』とは直接的な関係はないと考えられるようになりました。
詐欺事件や暴力事件が横行しています。
ファクトフルネスに記載されているように、ひょっとしたら絶対数は増えていないのかもしれません。
しかしながら、ありえない金額を搾取してみたり、おぞましい暴力行為を行って平然としていたりと、その程度や内容は目や耳を覆いたくなるようなものばかりです。
給付金詐欺にしても、みんながみんな悪い人ではないのかもしれません。
みんなやってるから、やらなきゃ損。そんな気持ちが働いた人も少なからずいるのではないでしょうか。
私は決して強い存在ではありません。どんな状況にあっても、己の正義や真実を貫き通せると断言できるものではありません。
しかしながら、一歩でもそのような存在に近づけるよう、いい意味で周りに流されることのない、強い存在を目指したいと考えます。
一年前の私の言動は子どもたちの情緒を不安定にしましたが、周りに流されない強い存在でいようとする私の言動は子供達にもよい影響を与えるのではないかと考えています(場合によっては、生きづらさにつながってしまうかもしれませんが)。
それを子供達だけでなく、一人でも多くの周りの方々によい影響を与えられるような存在に近づけたらと改めて思う今日この頃です。
さて、まずは次の職場を探さなければなりません。いいとこ見つかるといいな。