この記事では、日本人は
"本来、「世界一不安になりやすくて短気な民族」である"
と言うが、私はそれは一面的な見方だと思う。↓
<抜粋>
" 「ロシア」への怒りを爆発させる「正義の日本人」が増えている。
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事実、「ひと握りのアホ」では説明できないほど多くのヘイトクライムが報告されているのだ。
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日本社会には、「相手に非がある場合の暴力は正当化される」という伝統的な価値観があるからだ。
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アメリカでは「口で抗議をせずに手を出した」として、ウィル・スミスさんを厳しく批判するメディアや著名人が多く、アカデミー会員を退会することになった。
しかし、日本では真逆の反応となっている。
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中には、ウクライナのゼレンスキー大統領と並べて、「口でいろいろ綺麗事を並べて何もしない人よりも、命がけで国や家族を守る男らしさが世界の潮流になってきた」なんて喜んでいる人もいらっしゃる。
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いろいろな考察があるが、ひとつには、日本人の「体罰は時に正しい」という伝統的な価値観が影響していると考えられる。
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子どもへの体罰というのは「正しい暴力」であって、「法律」などで規制されるような類のものではない、人として当たり前のことだと考えている日本人がかなりいるということだ。
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バブル期や高度経済成長期などは、日本人といえば、「せっかち」で「キレやすい」というイメージの方が一般的だった。「カミナリ親父」という言葉があったように、キレたら手がつけれないほど厳しく叱責するような大人がそこらじゅうにいたのである。そっちの方が伝統的な日本人の姿だった。実際、戦前の日本人は自他共に認める「短気な国民」だった。
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こういう日本人の「短気」については、科学的にも説明できるかもしれない。「不安遺伝子」だ。
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「世界一不安になりやすい民族」である日本人にとって、この2年間はパニックになるほどの不安の連続だっただろう。コロナ禍で毎日、マスコミから死の恐怖を突きつけられた。それがようやく少し落ち着いてきたと思ったら、今度はウクライナ侵攻が始まってしまう。評論家やコメンテーターはこぞって「次は北海道も侵攻されるぞ!」「いや、尖閣も狙われるぞ!」と恐怖をあおっている。
そんな調子で精神的にかなり追い込まれた時、「世界一不安になりやすい民族」であり、なおかつ「短気な国民」である日本人はどうなってしまうだろうか。これはあくまで筆者の勝手な想像で、科学的根拠もないが、攻撃的になってしまう人もいるのではないか。
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もし本当に日本人が「世界一不安になりやすい民族」だとすると、中国やロシアと尖閣諸島や北方領土をめぐって新たな緊張関係ができた場合、どんな集団パニックが起きるのか想像するだけでも怖い。
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なぜこういう事態を心配するのかというと、人権的なこともさることながら、頭に血がのぼって過度に攻撃的になるのは、日本の負けパターンだからだ。
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一緒になって叫べば不安も少なからず解消されるかもしれない。ただ、過去の負けパターンに学べばあまり頭に血が上るのは危ない。熱狂の時こそ少し落ち着くべきだ。中国やロシアに屈しないためにも、まずは「挑発」に乗らない冷静さが必要なのではないか。"
<抜粋終わり>
長い記事の断片的な切り取りなので、真意が伝わっていないかもしれないが、「せっかち」で「キレやすい」のが、先天的な「不安遺伝子」に起因するかのような論調になっているのは間違いない。
私は、これとは真逆の我慢強く冷静な部分も持ち合わせていると思う。
それは「上に対して」だ。
上下関係が明確な封建的な階級社会が戦前まで続き、今の自由と民主主義が、市民の力で戦って勝ち取ったものでなく、米国からあてがわれたものだからだ。
国民の意識は少しずつ変えられていったものの、「長いものに巻かれよ」、「泣く子と地頭には勝てぬ」、「出る杭は打たれる」など、封建的社会観が今も根強く残っている。
コロナ禍でも、SNSでは政府の対策に対する不満が爆破したが、欧米のような大規模なデモは起こっていない。
昭和の激しい安保闘争や労働争議などはすっかり鳴りを潜めている。
上には不満があってもものを言わない(/言えない)、そのストレス、反動が下(弱い立場の者)に対する暴力や誹謗中傷に繋がっているのだと思う。
自由が担保された民主的な法制度になっているのに、国民の意識は封建時代のままなのだ。
それは、つい最近まで続いた画一的な押し付けの学校教育の影響も大きい。
いまだに「あてがわれた自由と民主主義」から脱していないということだと思う。
