志村けんさんがコロナに感染したときは、大多数の国民が心配し回復を祈った。

死後も日本国中から悔やまれ、テレビでは連日追悼番組が流れ、地元では銅像までできた。

 

その僅か1カ月後に感染した石田純一さんは誹謗・中傷にさらされ、仕事も激減した。
この違い、元々スキャンダルにまみれた人だったこともあるが、この1カ月の差が大きな違いになったことは否めない。
 

あれから3年、オミクロン株が驚異的な広がりを見せている今は、いつ誰が感染してもおかしくない状況になり、感染者に対する誹謗中傷はすっかり鳴りを潜めた。

僅か3年で状況が時々刻々変化し、国民の意識も目まぐるしく変わった。

そんな中、マイノリティーへの誹謗・中傷や社会の分断などの社会現象が次々と発生し、あるいは消滅していった。↓

 

 

<抜粋>

" 2020年3月末には志村けんさんがコロナ感染により死亡するといったニュースが報じられ、新型コロナへの恐怖と緊張感が一気に高まり、相互監視の風潮が強まっていった。
 感染者が出てしまった会社や学校などが、「周囲に迷惑をかけた」と謝罪会見を開くケースもあり、感染はまるで不祥事や犯罪でさえあるかのように、感染者やその家族が地域からの転居を余儀なくされるケースまであった。
 次第に都市部と地方で感染者数に差が生じ始め、感染者の少ない地域では、感染者が地域住民から挨拶をしても無視されるといった、村八分ならぬ「コロナ八分」と呼ばれるような事態も起きていた。

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 2021年1月には、コロナに感染し、自宅療養中だった東京都在住の女性が自ら命を絶った。報道によれば、女性は娘にうつしてしまったことにより学校で居場所がなくなるのではないかと夫に不安を訴えていたという。5月にも福岡県内で自宅療養中の女性が自ら命を絶っており、「勤務先でうつしてしまった」と感染の影響について悩んでいたと報道されている。

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 感染者への嫌がらせやインターネット上での誹謗中傷は社会問題となり、2月に改正された新型インフルエンザ等対策特別措置法(コロナ特措法)では、コロナ感染者などへの差別を防止するために国や地方自治体の責務規定が設けられ、その後、全国各地においてコロナ差別を防止する啓発や相談電話の設置といった差別防止の取り組みが進められるようになった。

 夏には延期となっていた東京オリンピック・パラリンピックが開催され、8月には感染者急増により医療体制が追い付かず、病床が足りずに自宅療養を余儀なくされる状況が続いた。この時期、感染入院した一部の芸能人や政治家に対し、特別扱いだと「上級国民バッシング」が起きた。

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 2021年の年末年始は、久しぶりに帰省する人々の様子も多々報道されていたが、コロナ禍ゆえ、東京から地方への移動に気を遣い、帰省して良いか悩む人々からの相談も昨年同様、数多く寄せられていた。さらに、ワクチン接種が進むにつれ、未接種者への強制や差別といったワクチンハラスメントも問題化している。家庭や友人間のトラブルは、法的解決が難しいケースが多い。

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 いかなる場所でも「みんながしている」「家族だから」といった同調圧力に従う必要はなく、強制する権利もない。
 他人は他人、自分は自分と認めたうえで、後悔のない選択を。"

<抜粋終わり>

 

志村さんが感染したころは、まだほとんどの国民が他人事で、ノーマスクでもそんなに人目を気にすることもなかった。

その1カ月後に感染した石田さんの妻・東尾理子さんは「石田の行動には『主人の中では何も今までの生活と変わらないことをやっていて、けど世の中が変わっていって…』と世間とのずれがあったと指摘した。」と語っている。

このころの世の中の変化のすさまじい速さに、付いて行けなかった人も多いのではなかろうか?

 

被害者である感染者に対する差別や誹謗・中傷は、感染者が増えるに従って収まってきた。

マイノリティーではなくなってきたからだ。

 

次にターゲットになったのはワクチン未接種者だ。

しかし、こちらの差別(?)は、(普通に感染対策してた)感染者に対するものとは次元が違うように、私は思う。

人間社会全体として、「困った存在」だと世界中の首脳が思っているからこそ、多くの国で、義務化まではしないまでも、差別的待遇に処しているのだ。

 

同じ「マイノリティー」でも、本人の意思とは無関係に、あるいは選択の余地なくそこに属してしまった者と、恣意的に殆どの人がよろしくないと思う道を選んだ者は違う。