よくドラマや映画であるような話がこんな私に降りかかるなんて思ってもみなかったし、今でも夢?夢じゃないの?
って思ってる。というか思いたい。
母は今まで続けていた仕事を辞めるため、みんなにお菓子などを配って「もう戻れないんだよね。今まで本当にありがとうね。楽しかった。」と挨拶をしに行き、それの付き添いをしたのだが、そのお別れが余計癌を現実に感じるようで、私自身もすごく辛かった。
職場の人達とは仲がよく、毎日楽しそうだったので、本人が1番辛いのだと思う。
が、お別れの準備をしているようで本当に辛かった。
銀行のことやお金のこともいきなりはじめた。
妹の成人式は来年なのだが、余命3ヶ月と言われてしまった母は「これから治療が始まるから、私の髪の毛があるうちに、真由の着物姿がみたい。写真を撮りたい。」ということで
親戚の美容院のおばさんにお願いして、次の日に着付け、写真を撮ることになった。
これも辛かった。
みんな口を揃えて「来年の本番もみるんだよ!安心するために今撮るだけだよ!と母に言った。」
入院も決まっていたので、私はお母さんと二人でお風呂に入ったり、夜には家族みんなで地元のイルミネーションを見に行って写真を撮って元気づけた。
なにより膵臓がん、末期がん、抗がん剤についてたくさん調べてなんとかして助けたいと思った。
何より傷ついているのは祖父だ。
妻をなくした2週間後に娘が末期がん。
私達も当然かなりのショックだが、家族みんなで励まし合ってなんとか正常を保っている。
しかし祖父は祖母をなくし日中一人なのだ。いつも強がりで祖母にはよく怒っていた祖父は、会うたび涙している。
そんな祖父は泣きながら私達や母に
「学費や治療費は出してやるから、心配せんでいいでな。出したげるからね。」と。
いつまでも頼りっぱなしでやってもらいっぱなしで、でも母を助けたい、なのにまだ学費を払ってもらっている自分が腹立たしくもあり、もどかしい日々が続いた。
母の入院は本当に寂しく、母もさすがに不安の表情を隠しきれなかった。
私は母に幸せを呼ぶクマというぬいぐるみを買って、お守りにとプレゼントし、ふわふわの暖かそうなパジャマを探してプレゼントした。
なんとか元気づけれたら、そして神様、お願いだから癌細胞を一つでも消してください。という願いを込めて。
卒業旅行は計画と立てていたが、理解のある友達は「無理していく必要無いし、お母さんのそばにいてあげて。国内旅行にしよう。温泉とかで、ゆっくりしよう。」と言ってくれた。