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ROUTE66

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ドワイルドな諸君は知ってるよね?アメリカの有名な道路、USハイウェイこと通称「ルート66」を。

1985年にアメリカの道路地図から公式に消し去られた伝説のハイウェイだ。

完全に無くなった訳ではなく、インターステイト・ハイウェイに吸収され、先を急ぐ移動の為の道ではなく、小さな町を結ぶ生活の道へとなったんだな。

アメリカはあの広大な土地ゆえに、他の国にはない独特の文化を持っている。

アメリカのその「広さ」があるからこそ生まれた様々な道たち。

「道」がアメリカを作ったとも言われる所以だ。

開拓者の道「オレゴン・トレイル」、文化の道「グレート・リウ゛ァー・ロード」、伝説の道「US-1」

そして、希望の道、ザ・マザー・ロード(母なる道)と呼ばれる「ルート66」。

いつの日か、西へ西へと向かったアメリカのドワイルドな先駆者のように、夢の道「ROUTE66」を横断してみたい。

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ニニ・ロッソ

正直、俺ってほとんど本は読まない(前に好きな作家、片岡義男氏なんて書いたけど20年近く前の話)
雑誌は相当見るけど(〇&〇は特に)

その代わりと言っちゃあなんだけど、ガキの頃から映画はかなり見てる。

大好きなアメリカ映画はもちろん、ヨーロッパ映画、邦画とジャンルは問わない。

物心もつき、意識して見始めたのが小学2年頃だったかな。

毎週、楽しみだったのがテレビのロードショー。

部屋の灯りは、全部消して見るのが好きだった。

ニニ・ロッソの名曲「夜空のトランペット」が流れ始めると、すっげーワクワクしてさ。
夢中になって見てた。

やがて大人になり、社会という現実と向き合っていかなければならない中、映画に対するスタンスは昔とちっとも変わってない。

人とは何か?生きるとは?夢、希望、愛、ロマン・・・
その全てを教えてくれたのは「映画」と言っても過言じゃない。

とんと映画館に足を運ぶ機会は少なくなったが、DVDを買って、借りて、暇さえあれば見てる。

今でも、あのニニ・ロッソのトランペットが奏でる「夜空のトランペット」を聞くと、少年の様な気持ちになれ、人生っていいなって、ふと思っちまう。

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魂のバックル

バックル

これは俺の宝物

ネイティブインディアン・ホピ族のバックルです。


一概に”インディアン ジュエリー”と言っても、制作方法(工法)やデザインでいくつかに分類される。

(叩き出し、オーバーレイ、サンドキャスト。インレイ、チップインレイ、ニードルポイント。ターコイズ、貝、珊瑚といった様々な素材・・・)

このバックルは、太陽の神様「サンフェイス」がモチーフのデザインで、ホピ族のオーバーレイ工法で作られている。


そこらで売ってる量産モノじゃなく、ホピ族のジュエリー・アーチストによる魂の込もったハンドメイド作品だ。


何と言っても、このデザインに一目惚れしちゃってね・・・。


石は入らずともこんなシンプルなサンフェイス、なかなか無いぞ~♪

(太陽の神様”サンフェイス”の意味合いは、喜びの象徴!)



コイツを手に入れたのは5年くらい前かな?

これは一点モノだけに、出会い俺の手元に辿り着いたのは何かの縁だろう。


shigeから頂いた、goro's(ゴローズ)のヌメ革ベルトもジャストフィット!

(「masaya、コレに付けろ!」って)


何十年後にも、ジイサンになった俺がコイツを腰に巻いていたら最高だよね!




今現在もネイティブ・インディアン達はアメリカの大地で生活している。

ナバホ族やホピ族、ズニ族などの部族が、それぞれの伝統と文化を引き継いで・・・。


確かにアメリカは広いけど、現代社会において自らの部族の伝統と文化を守り続けている、って素晴らしいよね!

なかなか現実問題も厳しくて大変だという話は聞くけど・・・。

ネイティブ・インディアンの素晴らしい世界はこれからもずっと守り続けて欲しいと願う。

我々日本人にも見習うべき事がたくさんあるんじゃないかな?


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ハッピーバースデー

昨夜はみんな集まって「dowild baby」ティーちゃん二歳のお誕生日会。

Happy Birthday!o(^o^)o

久しぶりに会ったんだけど、よく喋るし大きくなったね♪

これからも健やかに育って下さい。
(大きくなっても遊んでおくれ!?)


しかし、健全な二歳のお誕生日会。
集まったのはオヤジばかり・・・
しかも、山のようなビールの空き缶・・・

???
これじゃ、いつもの飲み会じゃん!?

どうも、ゴチソウ様でした。


軽い二日酔いながら、今日は多忙な
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まだ見ぬO氏

今日は先走った感もあるが、期待を込めて話をしよう。

もう何年来も購読してる、ある雑誌がある。
俺のバイブルと言ってもいい程だ。

縁あって俺はYさんという人物と出会った。

年は俺の一回り上で、兄キといった感じかな。

それが何かは分からないけど、同じ匂いがするとでもいうのか(笑)似たモン同士、引き付けあうんだろうな。

まぁ、出会い、知り合ったそれって何かしら意味を持つんだと思う。

今は一旦、仕事をリタイアしてね(そんな歳じゃねーって!?)

先日、横浜に買った家のリフォームを今日もコツコツやってるはずだ。

この先どんなドワイルドな事やってくれるのか、ものすごく楽しみな人だ。

そのYさんが、昔勤めてたある英国資本の会社で同僚だったのが、先に書いた雑誌の、現在編集長をやってるO氏だ。

肩書きは他にもたくさんある、これまたドワイルドな人物だ。

その雑誌のとある号でO氏はこう語っている。

Tシャツってのは何か一つ、購入動機があればいい。

一番のポイントは「チャーミング」であるかどうか。

パッと見た第一印象がチャーミングかどうかが大切。

それが唯一の選択基準となる。

それ以上でも、またそれ以下でもないと。

その通りだと思う。

まさにTシャツから提案、出発したdowild。

ドワイルドのTシャツって「チャーミング」だと思わない?どう?

よりたくさんの夢を乗っけて走り続けるドワイルド。

My favorite magazine→Yさんと知り合った→Yさんの友人がO氏

この偶然がドワイルドな必然を生んでほしい。

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家族

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Happy Birthday ジミー!

今日、9月12日でお前が生まれて丸17年か。

本当、長い付き合いだよな。

車に乗っけて、一緒に金沢まで旅行した事もあったな。

お前あの時、シートにションベンしたんだゼ、覚えてるか?

ベット一面にゲロ吐いた事もあったよな、マジであん時は焦った(汗)一瞬、ウ〇コかと思った(笑)

しかし、あっという間だな17年ていう年月も。

お前がいるのが当たり前で、いないのなんて到底考えられない。

なんたって俺たちは「家族」だからな。

この間、人間で言ったら還暦はとっくに過ぎてるなんて書いたけど、多分そんなもんじゃないんだよな?

80歳は過ぎてんのか?(よく知らないんだな、コレが)

体のラインはすっかり細くなっちまったけど、毎日メシはしっかり食べるし、限られた空間だけどチョロチョロ動き回ってるしな。

なにより、まだまだ「目力」がしっかりしてる。

とても年老いたジイさんなんかにゃ見えない。

まぁこれまでも何一つ病気もせず、元気に過ごしてきたお前だもんな。

まだまだ長生きしてくれよ!

相棒、ジミーよ。

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Gabor─ガボール─

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とある日、前回話した岩○さんの事務所の社長Mさんがshigeちゃん、いつもそんなジャラジャラ着けて、本当好きなんだな。

うちのRI○ACOんとこに(岩○さんの妹分みたいな関係)いつも来てるTってのが、そういえばなんかそのテのいっぱい持ってきてたから今度紹介するよ!

まだ、ガボールも日本じゃ、ほとんど知られてない時期の事だ。

その直後位だと思うんだが、広島の「ラウンジ」、仙台の「レクルール・ビス」、この二つのショップで買えるようになったんじゃないかな。

話を戻すが、数日後Tと待ち合わせした。

今はもう無いんだけど渋谷にある、岩○さん、社長のMさんが経営してた「エントラータ」っていうイタリアンレストランで。

全身クロム・ハーツで固めて行った。

Tは俺を見て「気合い入ってますね、C.Hもいいですけど、ちょっと繊細な感じですよね。
それに比べ、ガボールはこの重みといい、いかにもアメリカ人が作ったって感じの無骨さが最高ですよね」

そんなの俺も知ってるけど、なにしろ本物を目にしたのはそれが初めてだった。

テーブルの上に無造作に並べたガボールの作品の数々。

圧巻だった、「ガツンっ」ときた。どれもこれも全部、欲しかった。

聞いたならば、彼の先輩とやらが彫り師で、ガボールにタトゥー彫った人物だという。

ガボールが「持ってけよ」言う仲らしいけど(なんともドワイルドな話だ)本人は全く興味無かったらしい。

変わりに後輩のTがギョーカイ内のスタイリストやらに手売りしてたみたいだ。

現在、ガボールをご存知の諸君らが聞いたら信じられない程の破格値で。

とまぁ、結局ブレスとウォレットチェーンを1つずつ頂いた。

これが俺の最初のガボールであり、今は亡きガボールの初期も初期(Tバーにはもちろんスカル無し)超ド級のドワイルドなお宝だ。

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9.11

2001年9月11日、あの日ドワイルドな諸君は何をやってた?

俺はね、dowild.mをはじめいつものメンバーで行ってたハワイから帰ったのが9月10日。次の日の出来事だった。

テレビのニュースで見たあの光景は「これ、映画か!?」と見間違える程、非現実的な出来事だった・・・

何故、あんな事が起こる?
自分も死ぬ、相手も殺すテロって行為、絶対許せねェ。

2,749人の尊い命が奪われた。

単にアメリカで起きた事件だけでは片付けられない、日本人も24人亡くなっている。

あれから5年、対テロ対策の結果、すでに2,900人を超えるアメリカ兵らが死んだ。

9.11の死者を上回る数だ。

イラクでは41,000人を超える民間人が死んでるんだゼ!

戦いには戦いで報復するしかないか?

絶対、そうじゃねェ!

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J.D.HOP

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昨日の話の続き。

クロム・ハーツのリングやらブレスを買って身に付けてた俺はそれに飽き足らず、オリジナルを作りたくなった。

写真がその岩〇さんにもあげた3種類。

ちょうど友人にそっちの職人がいて、一緒にやり始めた。

俺が紙にデザイン画を書いて彼がそれをワックスに彫り立体化し、原型を作っていくという工程。

側にいて「ここは、こういう曲面で」とか仕上がりの最後まで見届けてはいたが、やはりそれには限界がある。

ボリューム、デザイン、質感と完成度はなかなか高かったけどパーフェクトな物じゃなかったなと今、振り返る。

ブランドネームは「J.D.HOP」
HOPとはアメリカのバイカーたちがよく使うスラングで「・・・をやらかす」みたいな意味もあるそう。

「ジュエリーデザインをやらかす」、「ジャパンデザインでやらかす」そんなノリで付けたネーミングだ。

あっという間にリングが3種類、完成した。続けてブレスレットのプロトタイプを1つ作った(ハンパじゃない重さ、鉄アレイかって位)

一応、リングの価格38,000円。

当時、代官山にあった「リアル・マッコイズ」で友人が店長をやってたので、そこのショーケースにも並べてもらって、いくつか売れた。

身内には15,000円で売り捌き、これはかなり売れた。

結局の所、正味2年位もやったのかな?相棒が焼き鳥屋やるっていうんで自然と消滅した(それも随分とドワイルドだろ)

と、なんともドワイルドな話だが、いつかシルバーアクセもラインナップに加えてみたい。

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岩〇滉一

昔ね、俺の慕ってる先輩が、○ウンド・ドックの大友〇平のマネージャーやってた。いわゆるギョーカイ人だった。



ある日、その先輩の紹介で岩〇滉一氏の事務所の社長Mさんと知り合った。



ちょうどその頃、こだわりの俺はオリジナルのシルバーアクセサリーも作ってたんだ(ホント、あれこれやるな)



俺がデザインし、長年、宝石関係で腕を奮ってた彫金職人の友人がワックスを彫り原型を作っていくという感じで。



まず手始めにリングを3種類作ったんだけど、あわよくば宣伝みたいな下心も多少ありつつも、着けてもらえればいいやってノリで岩〇さんにあげたんだ。



3つともシリアルNo.1で。



早速、Mさんに電話し、その旨話すと「O.Kわかった、今日岩〇と新宿行くからそこで」



新宿に着き暫くすると携帯が鳴り「shigeちゃん、タカノ・フルーツパーラーの前に車停めてるから来てよ」



停まってた、ドーンとスモーク張りのベントレーが。



「sちゃん、乗って、乗って」後ろに乗り込んだ。



運転席にMさん、助手席に岩〇さんがいた。



座席越しに「コレなんですけど、使ってもらえたらと・・・」



すぐ着けてくれた(サイズは事前にMさんから聞いてた)

そして一言「へェー、カッコいいじゃん、いいの?ホントに」



時間も僅か数分、他にたいした会話はなかったけれど、渡せた満足感でいっぱいだった。



と、岩〇さんにリング、プレゼントした俺も相当ドワイルドだけど(笑)本人、岩〇滉一はすげェ、ドワイルドだった。



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