〈4〉めまいを主訴とした小脳海綿状血管腫に静脈性血管腫を合併した一例
A case of cavernous angioma associated with venous angioma
Equilibrium research Vol.63(2004)No.6p582-586https://www.jstage.jst.go.jp/article/jser1971/63/6/63_6_582/_pdf
A 40-year-old male patient had a vertigo attack with vomiting;
however, there was no hearing loss, headache, or palsy of arms or legs.
On admission, the CT examination did not show any tumors, or infarctions of the brain, brain stem or cerebrum.
Neurotological findings of an electro-nystagmography and caloric test did not show any abnormalities, except a platform test showed positive.
Two days after admission, MRI examination showed a small mass (15 mm) in the left cerebellar peduncle.
Previously, cavernous anginoma was considered rare, but the increasing use of MRI has demonstrated numerous cases.
Typically, epileptic or other convulsive symptoms appear initially, but in our case, pathology was indicated by vertigo without other cranial nerve symptoms.
はじめに
頭蓋内海綿状血管腫(Cavernous Anginoma、以下CA)は比較的稀で、若年者に起こる脳内出血
の原疾患のひとつであるが、MRIの発達により容易に診断がつくようになり報告は近年増加して
きている。
しかし、静脈性血管腫(Venous Anginoma、以下VA)を合併したCA症例の耳鼻咽喉科領域での報告はわれわれが渉猟し得たかぎり一症例の報告しか見当たらない。
今回突然のめまいを主訴とした一例を経験したので若干の文献的考察を加えて報告する。
症例
症例:43歳男性。
主訴:めまい、嘔気、嘔吐。
既往歴:15歳、腎結石、40歳胃潰瘍。
現病歴:
平成14年10月29日の昼に突然めまい、嘔気、嘔吐が出現し、夕方になっても症状改善せ
ず救命外来受診した。
耳鼻咽喉科へ紹介され頭部CTを施行したが明らかな異常を認めなかった。
初診時は耳症状、頭痛、意識障害はなく、めまい、嘔気、嘔吐、歩行障害を認めた。
微小循環改善剤の点滴、重炭酸水素ナトリウムの静注を施行したが眼振が消失しないため入院となった。
初診時所見
頭位眼振検査:左水平性斜向性眼振を正中、左右頭位で認めた(図1)。
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(転載再開)
指鼻試験:正常。
頭部CT:初診時に施行。大脳、小脳、脳幹、小脳橋角部に明らかな異常は認めなかった(図3)
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検査所見
頭位眼振検査の経過:
発症2日(10月30日)の朝も左水平性斜行性眼振を認めたが、夕方には眼振は弱くなり、
発症3日目(10月30日)は一旦消失した。
発症4日目(11月3日)に正中、左右頭位で左水平性眼振を認めたが、
発症6日目(11月5日)に完全に消失した。
標準純音聴力検査(11月6日):両耳11.3dB(4分法)
重心動揺検査(11月6日):ロンベルグ率2.05(14.44/6.06)。
カロリックテスト:発症後7日目(11月6日)に施行したが正常であった。
耳X-P(シューラー、ステンバース法 (*1下記)):異常なし。
血液生化学検査(10月30日)
WBC:16000、N/L:88.0/5.9、CRP:0.040
電気眼振図検査(ENG):
発症後8日目(11月6日)に施行した。
自発眼振、誘発眼振は認めなかった。
ETT、OKP、OKNは正常所見であった(図2)。
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![]() | eye-tracking test、optokinetic pattern testの波形を示す。急速眼球運動、追従眼球運動は正常。optokinetic pattern testの左右差なく眼振の解発は良好。 |
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ETT(eye-tracking-test)視標を動かし目でこれを追跡させる。簡易検査としては左右、上下など指尖を注視させる方法がよい。
OKN(optokinetic nystagmus)視運動性眼振。視運動刺激で誘発される眼振。左右、上下、斜め方向、車軸回旋などいずれの方向にも解発される。
OKP(optokinetic pattern test)毎秒x°で加速、減速したOKN(optokinetic nystagmus)の記録。刺激には縞目のついた回転ドラム、ドラム回転速度を変えてnystagmusを定量的に計測する。速度波形がドラム回転に追随し徐々に遅れを示す状態が示される。
正常では毎秒90°前後まで縞の動きを遅れなく追随が可能。脳幹障害ではこれが低下することが多いので診断に利用する。
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(転載再開)
頭部MRI:
入院2日目に施行。
左小脳半球の中央の白質に直径約10mmの低信号、
内部に一部高信号域がみられる。
T1強調で低信号、T2強調で高信号、
FLAIRで高信号を呈する線状のやや拡張した血管様構造がみられた(図4,5)
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脳血管造影(DSA):
一旦退院して脳神経外科入院の上で左椎骨動脈造影(*2下記)を施行したところ、
静脈相で後頭静脈洞から分岐する血管にumbrella signを認めた(図6)
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以上のことから左小脳半球内部に静脈性血管腫(VA)を合併した出血を伴う海綿状血管腫(CA)であり、
このCA内部の出血によりめまい発作を起こしたものと診断した。
治療
入院2日目の頭部MRIで小脳海綿状血管腫が疑われた時からグリセロール400ml/日の点滴静注、鎮暈剤、抗不安薬を内服投与した。
めまい症状は入院翌日には軽快し、入院後6日目には完全に消失した。
考察
CAは耳鼻咽喉科領域の症状のみでの発症は極めて稀で、てんかん、頭痛、脳出血で発症するケースが多いといわれている。
出血源は血管奇形が多く、年齢的には20~50歳代に多く30歳代以降にピークがあり、男女蓋はない。
発生頻度は0.4-0.7%で、出血の頻度は0.5-1%とされている。
80%はテント上にみられるが、
後頭蓋窩では橋や小脳半球に好発する8)。
VAは静脈が発達する過程での変異と考えられており、
拡張した静脈よりなり、
放射状に配列する髄質静脈と、1本の太い流出静脈をもつ。
この特徴は血管造影にてumbrella signとしてみられる。
好発部位は前頭葉、小脳深部白質で最も多い血管奇形である。
一般に出血の頻度は極めて低いが、後頭蓋窩に発生するものでは合併したCAからの出血で発症することがあるといわれている。
CAのCT上の特徴は石灰化を含む辺縁明瞭な不規則な形の高信号を呈し、
mass effectは少なく、
造影効果があることが多い。
MRI上の特徴は、T2強調像において、内部は低信号から高信号が混在するポップコーン様構造を示し、
周囲にヘモジデリンによる低信号帯を認める。
今回の症例は初診時には中枢性を疑う眼振所見のみで、初診時頭部CTでは明らかな異常を認めなかったが、
入院2日目の頭部MRIでは左小脳半球の中央の白質に直径約10mmの低信号、
内部に一部高信号域がみられ、
Tl強調で低信号、T2強調で高信号、FLAIRで高信号を呈する線状のやや拡張した血管様構造がみられた。
このことからVAに合併したCAと診断され、めまい発作が海綿状血管腫内の出血により生じたと推察でき、頭部MRIの有用性を再認識した。
しかしながら、電気眼振図検査(ENG)では、ETT、OKP、OKNで異常所見を認めなかったので
神経学的な特徴が乏しい印象である。
これだけ広い範囲にわたって障害されたにも拘わらず眼球運動障害が少なく重心動揺検査でのみ異常が見られたことは、
今後このようなめまい疾患を診ていく上でひとつの啓蒙になるかと思う。
治療法は出血の危険性が高い場合を除いては腫瘍全摘術が一般的である。
本症例は低年齢、出血発症であることから手術を考えたが、
腫瘍が小さいことから術後脳梗塞を発症する可能性があるため、外来で経過観察して今後手術を行うか否か本人と相談の上決める予定である。
まとめ
- めまいで発症した小脳海綿状血管腫に静脈性血管腫を合併したまれな一例を報告した
- 急激に発症するめまい患者の中には今回のような症例も念頭に置くべきである
(*1)側頭骨撮影法
Schueller法
側頭骨を軸方向に見る。頭蓋を側方にしてX線束を30°頭方にして撮影。positioningが容易、再現性に富んでいる。
乳突洞、鼓室、鱗部、S状静脈洞、中頭蓋底、下顎関節の観察
頭頂側からの方向
頭蓋正中矢状面はフィルムに平行
照射:フィルムに垂直、検側外耳道へ
側方からの方向
頭蓋正中矢状面はフィルムに平行
水平面はフィルムと垂直
照射:頭側へ25°傾斜、検側外耳道へ
Stenvers法
側頭骨を正面en faceに見る。
内耳道疾患の有無、内耳、錐体部、乳様突起尖端部、蜂巣、迷路の観察
(内耳道の観察(眼窩を通して見る、経眼窩撮影)には頭蓋正面像
眼窩と外耳孔を結ぶ線orbitomeatal lineをフィルム面に垂直、X線束もフィルム面に垂直に撮影)
頭頂側からの方向
頭蓋正中矢状面はフィルムと45°
照射:検側外眼窩縁と外耳道孔の中央を通る
![stenvers法頭頂側](https://stat.ameba.jp/user_images/20160330/16/dovob-schutzstaffel/7e/2f/p/t02200191_0370032113606127479.png?caw=800)
側方からの方向
鼻尖、オトガイ部結合線は足方の約10°開角を保つ
照射:足方へ12°傾斜
![stenvers法側方側](https://stat.ameba.jp/user_images/20160330/16/dovob-schutzstaffel/58/91/p/t02200229_0343035713606127480.png?caw=800)
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