『ヨリタン・ヨリちゃん』シリーズの3作目です。
今回の作品は実話を基にしているのですが、私が子供のころは図鑑が充実しておらず、掲載されている昆虫の数も少なく、写真ではなく絵でした。
(そもそも、カラー写真が普及していなかったです)
幼虫についての記載など無に近かったのです。
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ある日、ヨリタンがジイジの畑を歩いていると、キャベツの上に青色の虫がいました。
その虫は、一生懸命に葉っぱを食べています。
ヨリタンは、
「キャベツを食べるとジイジに怒られるよ」
と、虫に言いました。
その虫は、食べるのをやめて、きょとんとした顔でヨリタンを見上げましたが、
また、食べ始めました。
「虫さんは、すごくおなかがすいているの?」
と、ヨリタンが言うと、虫はまた食べるのをやめて、じっとヨリタンの顔を見ました。
「じゃあ、待ってて。ジイジに話してくるから」
ヨリタンは、そう言うと、急いで家に戻りました。
そして、縁側から叫びました。
「ジイジ、虫さんがおなかをすかしているの。だから、畑のキャベツを食べてもいいよね」
「ええっ!」
ジイジは、驚いて跳び出て来ました。
「ヨリタン、今、なんて言った。虫が畑のキャベツを食べているのか?!」
「そう。おなかがすいているんだって。かわいそうだから、食べてもいいよね、ジイジ」
「こりゃ、まいったな!」
ジイジは、ヨリタンの真剣な顔を見ると何も言え無くなってしまいました。
家の中で話を聞いていたバアバが笑いながら出て来ました。
「とにかく、虫さんを見に行って来たら」
「ああー、そうするか」
ヨリタンは、うれしそうにジイジの手を引っぱって畑に向かいました。
虫は、あいかわらず一生懸命に葉っぱを食べています。
「こりゃ、アオムシだ! キャベツがだめになってしまう。ころ・・・・」
と言いかけて、ジイジは黙りました。
ヨリタンが虫を見てニコニコしています。
「虫さん、ジイジをつれて来たからね」
ジイジは、アオムシに話しかけているヨリタンを見ながら考え込んでしまいました。
『はて、困ったな! どうしたもんか?』
そこへ、バアバがやって来ました。
「おやおや、アオムシだ」
「この虫さん、アオムシっていうの?」
「そうよ。おとなになるとチョウチョになるんだよ」
『ばあさん、余計なことを言いおって』
と思いながら、ジイジはバアバをにらみました。
しかし、バアバは知らん顔です。
「わあー、見てみたい。この虫さんはすごいんだね」
「ジイジにたのんで、家で飼ってみたら」
とバアバは、そう言ってニヤリと笑いました。
『また、余計なことを言いおって』
ジイジは横目でバアバの顔を見ました。
バアバは、またニヤリと笑いました。
「ジイジ、飼ってもいいでしょ!」
ジイジは、ヨリタンの甘えた顔を見ると反対できなくなります。
「ああー、いいよ」
「うれしい。アオムシさん。いっしょにお家に帰ろうね!」
ヨリタンは、アオムシを葉っぱの上にのせると、宝物のように大切に持って帰りました。
家へ着くと、ヨリタンは大きな声で、お母さんを呼びました。
「アオムシさんを連れてきたよ」
お母さんは、アオムシと三人を見比べて、あきれて、
「それで、飼うことにしたのね。本当にジイジはヨリタンに甘いのだから」
「いや、ばあさんが・・・・」
「しょうがないわね。ちょっと待ってて。何か入れ物を探してくるわ」
と言うと、お母さんは台所に行き、大きなガラスのビンを持って来ました。
「これに、アオムシとキャベツを入れて」
「アオムシさん、今日から、ここがあなたのお家よ」
ヨリタンは、ビンの中に入ったアオムシをうれしそうに見ています。
アオムシは首を持ち上げて、周りを見ていましたが、また、一生懸命に葉っぱを食べ始めました。
お母さんは、ビンの口にガーゼを置いて輪ゴムで止めると、
「これで完成! これからは、毎日、キャベツを換えてあげるのよ」
「はーい」
「それから、アオムシさんもキャベツを食べるのだから、ヨリタンも毎日キャベツを食べると約束しなさい」
「ええー、そんなのずるい!」
お母さんは、しめしめと笑いながら台所に戻って行きました。
ヨリタンは、ビンをテーブルの上に置くと、アオムシに話かけました。
「たくさん食べて、きれいなチョウチョになってね」
アオムシは、ヨリタンをちらっと見ましたが、葉っぱを食べています。
夕方になり、お父さんが仕事から帰って来ました。
ヨリタンはドキドキしながらビンをお父さんの前に置くと、
「お父さん、アオムシさんが来たの!」
「ほおー、どこで見つけたの?」
「ジイジの畑。このアオムシさん、すごいんだよ! おとなになるとチョウチョになるんだって。バアバが言ってた」
「それで、飼うことにしたのか。しっかり面倒をみてあげるんだよ」
「はーい」
ヨリタンは、寝る時も枕元にビンを置きました。
すると、ビンの中から音がします。
「ガリガリ、ガリガリ」
アオムシが葉っぱを食べる音です。
「アオムシさんは、夜でも食べているんだ。お母さんは、寝る前に食べてはいけませんと言うけど、アオムシさんはおなかをこわさないのかな?」
ヨリタンは、懐中電灯でアオムシを見てみました。
アオムシは迷惑そうな顔をして、葉っぱの奥に入ってしまいました。
「ごめんなさい。アオムシさん、ゆっくり休んでね」
ヨリタンはビンを見つめながら眠りました。
次の日、ヨリタンはアオムシが葉っぱを食べる音で目を覚ましました。
「アオムシさん、おはよう。こんな早くから食べているの?」
アオムシは、知らん顔をして葉っぱを食べています。
そこにジイジがやって来ました。
「ジイジ、おはよう。このアオムシさん、何を言っても返事してくれないね!」
「そうかい。きっと、食べるのに忙しいんだよ。そのうちに、返事してくれるよ」
「ほんと! はやく返事してくれないかな」
「じいさん、また変なことを言って!」
いつの間にか、バアバが立っていました。
「おー、こわ。ばあさんに怒られちゃった! ジイジはキャベツを取って来るとするか」
「アオムシさん、食べるの忙しいですか? ジイジがキャベツを持って来てくれますよ。待っててくださいね」
ヨリタンはしばらく考えて、アオムシが返事をしてくれないのは名前を付けていないからと思いました。
「アオムシさんに名前を付けなくっちゃね。どんな名前がいいですか?」
アオムシは、相変わらず知らん顔をして葉っぱを食べています。
「アオ・・・・、アオ・・・・、そうだ! アオちゃん、はどうですか?」
ヨリタンが大きな声を出したので、アオムシは驚いて首を上げました。
「この名前、気に入りましたか? それでは、アオちゃんにしましょうね」
アオムシは、きょとんとヨリタンを見ています。
そこへ、ジイジがキャベツを持って戻って来ました。
「ジイジ、名前を付けたのアオちゃん」
「いい名前だね。じゃあ、これを、アオちゃんにあげよう」
ジイジがキャベツをビンの中に入れると、すぐに新しい葉っぱに移って来ました。
「アオちゃんは、新鮮な方がいいんだね」
ヨリタンは、古い葉っぱをビンから出すと、ビンの口をガーゼでふたをしました。
「ヨリタン、ごはんですよ」
お母さんの声がします。
ヨリタンはビンを持って行き、テーブルの上に置きました。
「あら、あら、一緒にごはんを食べるの」
お母さんは、少し気持ち悪そうです。
「アオちゃんがさびしがるといけないから」
「アオちゃん? 名前を付けたのね」
「そう」
「じゃあ、アオちゃんに負けないように、ヨリタンもキャベツを食べなさいね」
「ええー!」
ヨリタンは、毎日、アオムシの世話をしていましたが、一週間が過ぎたころから葉っぱを食べなくなりました。
ヨリタンは心配になり、ジイジに聞きました。
「ジイジ、アオちゃんが葉っぱを食べないの、どうしたのかな? 病気なのかな?」
ジイジは、アオムシを見ると、
「たぶん、アオちゃんは、サナギになる準備をしているんだよ」
「サナギって?」
「アオちゃんは、チョウチョになるために体の外側に殻を作るんだよ。それをサナギと言うんだよ。その中で変身するんだ」
「アオちゃん、すごいね! 殻を作って変身するんだ」
「アオちゃんが殻を作りやすいように、ビンの中に木の枝を入れてあげよう」
そう言うと、ジイジは枝を探しに行きました。
「アオちゃん、待っててね。ジイジが木の枝を持って来てくれるから」
アオムシは、ヨリタンをちらっと見てから、ビンの中を歩き回っています。
しばらくして、ジイジが枝を持って戻って来ました。
そして、ビンの中に枝を入れました。
「アオちゃん、ジイジが持って来てくれましたよ。これでいいですか?」
アオムシは、枝を見付けると、すぐに登って来ました。
そして、枝の中ぐらいまで来ると、糸を出して動き回っていましたが、ヨリタンをじーと見てから、動かなくなりました。
「これは、サナギになるな。ヨリタン、少し暗いところに置いてあげなさい」
「はあーい」
ヨリタンは、ゆっくりとビンを持ち上げると、部屋のすみに静かに持って行きました。
そして、寝転がってビンを見ました。
「ジイジ、アオちゃんは、いつチョウチョになるの?」
「一週間くらいかかるよ」
「ええー、そんなにかかるの!」
「そうだよ。その間、静かにしてあげないといけないよ」
「はあーい。アオちゃん、きれいなチョウチョになってね!」
アオムシは、少し困った顔でヨリタンを見つめました。
それから、ヨリタンは、一日中、ビンのそばで過ごしました。
お母さんが食事に呼んでも中々ビンのそばを離れません。
「ヨリタン、食事よ。早く来なさい」
「はあーい、ちょっと待って。今、アオちゃんがサナギになっているの」
「いいかげんにしなさい!」
ヨリタンは、アオムシが心配でしかたがありません。
「ちゃんとごはんを食べなさい」
「はあーい。でも、お母さん、アオちゃんがキャベツを食べなくなったから、ヨリタンも食べなくていいよね」
「だめです!」
「おー、こわ。怒られちゃった」
「もう、ジイジの口まねをしないの!」
ヨリタンとジイジは顔を見合わせて笑っています。
アオムシがサナギになっても、ヨリタンは、毎日、サナギに話しかけました。
「アオちゃん、がんばって、きれいなチョウチョになってね。待ってるからね」
ヨリタンの声が聞こえるのか、サナギは時どき体をゆすりました。
そんな時、ヨリタンはうれしくてジイジを呼びました。
「ジイジ、また、アオちゃんが動いた! 早く出て来ないかな」
「アオちゃんは、がんばっているね。きっと、きれいなチョウチョになるよ」
「わあー、楽しみだなー」
アオムシがサナギになって一週間が過ぎた夕方です。
ヨリタンがいつものように寝っこがってビンを見ていると、サナギがゴソゴソと動き始めました。そして、しばらくすると、背中にヒビが入りました。ヨリタンは大声を上げました。
「サナギが割れた! チョウチョが生まれる!」
ジイジが跳んで来ました。
「どれどれ、あっ、ほんとだ。もうすぐ生まれるぞ」
ふたりは息をひそめてサナギを見つめました。
サナギは上の方が二つに割れて、中から頭が出てきました。
次の瞬間、ヨリタンは叫び声を上げました。
「きゃあー、蛾だあ!」
ヨリタンは、驚いて泣き出してしまいました。
「ヨリタン、ごめん、ごめん。チョウチョじゃなかったね。ジイジが悪かった」
騒ぎを聞いて、バアバが跳んで来ました。
「あらら、蛾だったのね。じいさん、何で気が付かなかったの!」
バアバは自分が言ったことをけろっと忘れて、ジイジのせいにしています。
「アオちゃんは、チョウチョになると思っていたから驚いただけなの。だいじょぶだよ」
ヨリタンは、しゃっくりを上げながら、手で涙をぬぐいました。
そして、もう一度、ビンの中を見ました。
蛾は一生懸命、サナギから出ようとしています。
ヨリタンはじっとそれを見ていました。
「アオちゃん、がんばって!」
ヨリタンは蛾に声をかけました。
ジイジはおろおろしていましたが、ヨリタンの声を聞いて、顔をのぞき込みました。
ヨリタンは、いつもの笑顔に戻っています。
「ジイジ、だいじょうぶ。ヨリタンはアオちゃんが蛾でも大好きだよ」
「そうか、そうか」
「アオちゃんは、何の蛾なの?」
「たぶん、スズメガだな」
「スズメガさんか・・・・ がんばって出てきて!」
スズメガは、休み休み、力を出し切ってサナギから出てきました。
そして、折りたたまれていた羽を少しずつ広げていきました。
羽を広げ終わるころには、辺りはすっかり暗くなっていました。
「ジイジ、アオちゃんが羽を動かしているよ」
「きっと、飛ぶ練習をしているんだな。もうすぐ飛ぶから、ビンから出してあげよう」
と言って、ジイジは、スズメガが乗っている枝をビンから出して縁側に立てかけました。
そして、部屋の明かりを消しました。
スズメガは、少し羽ばたくと、ゆっくりと枝を登り始めました。そして、枝の先端まで来ると、ヨリタンをじっと見つめました。
「ヨリタンありがとう。マタアオウネ」
「アオちゃんがしゃべった! ジイジにも聞こえたでしょ」
「いいや、ジイジには聞えなかったよ」
「ありがとう、また会おうね って言ったよ」
ジイジは不思議そうに首をかしげました。
『はて? わしは、変声でヨリタンありがとう とは言ったが、また会おうね とは言っていないが・・・』
ジイジは周りを見ましたが、ふたり以外には誰もいませんでした。
スズメガは夜空に飛び上がりました。
「元気でね、アオちゃん!」
月明かりの中に消えていくアオちゃんをヨリタンは笑顔で見送りました。