欧州アンティークを集めるのが趣味で色々と購入しているのですが、
その中にお気に入りのエンジェル像があります。
じーっと見詰めていたら、話し掛けてきました。
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【1】
エリクは恋人を作るエンジェルです。
しかし、エリクは弓矢があまり上手ではありませんでした。
そもそも恋人を作る方法は、あらかじめ神様がお決めになった二人に向かって、二本の矢を同時に放ち、二人に同時に当てなくてはなりません。
ところが、エリクは時々失敗して、放った矢が違う人に当たってしまうことがあるのです。
一本ずつ矢を放つ方法もあるのですが、それだと二本の矢の間に時間ができてしまう為に、別の人を好きになったり、片思いになってしまうことがあるのです。
ですから、最近では同時に二本の矢を放つようにしているのです。
神様はエリクが失敗するたびに言いました。
「やれやれ、エリク、またやったのか!」
「ごめんなさい。手元が狂っちゃって」
「しょうがないな。書類を書き直しておくから、二度と失敗しないように」
「はい」
神様は溜め息をもらしながら『運命の出会い書』を修正しました。
そんなある日、エリクは神様から渡された書類に書いてあった公園に行き、恋人になる予定の二人を待っていました。
「遅いなー。ここを通ることになっているんだけれど、どうしたんだろう」
エリクは木の枝に腰かけて待っていたのですが、イライラしていたので近くに蜂の巣があることに気が付きませんでした。
しばらくすると、書類に書いてあった二人が別々の方向から歩いて来ました。
「よし! あの二人だな!」
エリクは二本の矢を取り、弓に仕込むと狙いを付けました。
その時、弓の先が蜂の巣に触れてしまいました。
蜂がいっせいに巣から飛び出して来ました。そして、エリクの体をチクンと刺したのです。
「痛い!」
エリクは、その痛さに驚いて矢を放ってしまいました。
「しまった! 矢が違う所へ飛んで行く!」
エリクは慌てました。
一方の矢は、狙った人を外れて近くにいた女の子に当たり、
そして、もう一方の矢も狙った人を外れて茂みに隠れていた犬に当たってしまいました。
エリクは、青ざめました。
「どうしよう! 子供と犬に当たってしまった!」
エリクは、蜂に巣に戻るよう命じると、急いで子供のところに飛んで行きました。人間にはエリクの姿は見えません。子供は犬の方へ歩いて行きます。
そして、茂みに隠れていた犬に出会いました。
「ワンちゃん、どうしたの?」
「ワン!」
「首輪を付けていないし、それに凄く汚れているからから捨犬かしら」
犬は子供の足に頬を付けてシッポを振っています。
「こんなに痩せちゃって、可哀そうに。お腹が空いているのね」
「ワン!」
「そう、分かったわ、私の家に行こうね」
子供が歩き出すと、犬は子供に付いて行きます。時々、子供の顔を見ながらシッポを振っています。そんな時、子供は犬の頭を撫ぜてあげています。エリクはそんな姿を嬉しく思いながら付いて行きました。
ほどなく、子供の家に着きました。
「お母さん、ワンちゃんを拾っちゃた」
お母さんが飛び出して来ました。
「ミホちゃん、いったいどこで拾ったの! 汚い犬ね! もと居た場所に置いてきなさい」
「お母さん、そんなこと言わないで! この子、お腹空かして、こんなに痩せているの!」
ミホちゃんは、涙を浮かべています。
エリクは、自分が失敗したことも忘れて、お母さんを睨み付けました。
犬は、泣いているミホちゃんを心配そうに見詰めています。
「じゃあ、ごはんをあげたら、返して来なさい」
そういうと、お母さんは台所に行き、大きな器にご飯を入れてからお味噌汁を掛けて持って来ました。
「これをあげなさい。食べ終わったら、連れて行くのよ」
「・・・はい・・・」
ミホちゃんは、弱々しく返事をします。
犬は、ごはんをぺろりと食べてしまいました。
「まだ、お腹空いているのね。もう少し持ってくるね」
そう言うと、ミホちゃんは家の中へ入り、自分のオヤツのビスケットを持って来ました。
「ワンちゃん、これ食べて」
犬はミホちゃんの顔を見ながら食べています。ミホちゃんは犬の頭を撫ぜながら泣いています。
犬が食べ終わると、ミホちゃんは歩き出しました。涙で道がぼやけて見えます。犬は後ろをとぼとぼと付いて行きます。エリクも肩を落としてふたりの後を付いて行きました。
犬がもと居た場所に着くと、ミホちゃんは犬を抱いてしゃがみ込んでしまいました。
「拾ってあげれなくて、ごめんね、ごめんね」
辺りは暗くなってきましたが、ミホちゃんは動こうとはしません。
エリクは、どうしたら良いか分かりませんでした。
「僕の責任だ。どうしよう。そうだ、神様に相談してみよう!」
エリクは急いで天に昇って行きました。
エリクは神様の前に出ると恐るおそる、
「神様、困っているのです」
「ああ、分かっているよ! また失敗したな!」
「ごめんなさい」
「まったく、困ったもんだ。上から見ていたわい。よりによって、子供と犬に当てるとは。ところで、相談は何だ」
「あのー・・・ 犬を飼ってあげられるようにすることはできないでしょうか。子供と犬を恋人にしてしまったので・・・」
「できなくもないが・・・・ しょうがない、それでは、お母さんと犬も恋人にしてしまいなさい。人間の世界で『二股掛ける』と言われている方法だ!」
「ええっ!」
「本来は使用禁止だが、今回は犬なので特別に許す。今度は撃ち間違えるなよ!」
「はい、分かりました。ありがとうございます」
エリクは、急いでミホちゃんのところに戻りました。ミホちゃんは、まだ犬を抱えて泣いています。辺りは暗くなっています。
「はて、困ったな! お母さんがここに来てくれないと矢が打てない」
エリクは暫く考えていましたが、にこりとほほ笑むと、ミホちゃんの家に飛んで行きました。
家では、お母さんが、ミホちゃんが帰ってこないので心配しています。
エリクは、にやりと笑って、お母さんの耳元へ飛んで行き、ささやきました。
『犬を返してこいと言ったので、優しいミホちゃんが悲しくなって家出したかも』
お母さんの顔が見るみる青くなります。
「ミホを捜しに行かなければ!」
エリクは、また、にやりと笑って、ささやきました。
『いつも遊んでいる公園にいるかも』
お母さんは、急いで家を跳び出しました。
そして、公園まで来ると、犬を抱えているミホちゃんを見付けました。
お母さんは、しばらくミホちゃんを見ていましたが、静かに近づいて行きました。
エリクは、二本の矢を弓に仕込むと、ここぞとばかりに、お母さんと犬に狙いを付けます。
『神様、お願いです、当てさせて下さい』
エリクが祈りながら矢を放そうとした時、お母さんが犬の頭を撫ぜながら話し出しました。
エリクは手を止めます。
「お母さんも子供のころに猫を拾ったことがあるの。でも、家で飼うことができなかった。とっても悲しかった。このワンちゃん、飼ってあげようね」
「お母さん、ありがとう」
親子は寄り添って犬と一緒に帰って行きました。
その後ろ姿を見送りながら、エリクは自分の弓矢よりも強い力を感じていました。
【2】
エリクは、神様の命令で、また恋人作りに出かけることになりました。
『この前、大失敗をしてしまったから、今日はしっかりしなくっちゃ!』
エリクは、そうつぶやくと、空に舞い上がりました。
しばらく飛んで行くと、男の子が公園のブランコに座って泣いています。
エリクは、一旦は通り過ぎましたが、どうにも気になって戻って来ました。そして、ブランコの前に浮いて、男の子の様子を見ることにしました。もちろん、人間にはエリクの姿は見えません。
しばらくすると、お母さんらしき人が男の子に近づいて来て隣のブランコに座りました。そして男の子に話し掛けました。
「タマちゃん、見付からないね。どこにいっちゃたんだろね」
「僕がいけないんだ。ちょっと勉強の邪魔をしたからって、あんなに怒って。タマちゃんは、きっと遊んでもらいたかったんだ。それなのに怒ったりして。きっとすごく悲しくて、僕が嫌いになって家を出て行ったんだ」
「嫌いになってなんかいないわよ、だいじょうぶ、きっと戻って来るから」
「ほんとに? でもこんなに捜しても見付からない。今ごろ、お腹を空かしているよ。寂しくないだろうか。子猫の時に拾って、一回も家の外に出たことがないから、車にはねられていないだろうか・・・ お母さん、ぼく、どうしたらいいの?」
「タマちゃんが無事なことを、お母さんと一緒に神様にお願いしましょう」
エリクは、それを聞いてピクンとしました。
『神様にお願いするんじゃ、このまま放って置けないな! 僕が一肌脱ぐか! 恋人作りは後でもいいや。それにしても、逃げ出したのは、いったいどんな猫ちゃんなんだろ?』
「もう一回捜してみようか」
お母さんは、そう言うと立ち上がりました。子供もしょんぼりと立ち上がりました。
エリクは二人の後を付いて行くことにしました。二人は公園の茂みを捜したあと、周りの道路を捜しています。でも見付からないようです。
そのうちに、辺りはだんだんと暗くなってきました。
「お母さんは、食事の支度をしなければならないから、お家に戻るね」
「僕、もう少し捜してみるよ」
「暗くならないうちに家に戻るのよ。タマちゃんもお腹が空いたら家に戻って来るかもしれないから」
「うん・・・」
子供は、元気なく答えました。
エリクは、どちらに付いていこうか迷いましたが、お母さんに付いて行って、タマちゃんの写真を見ることにしました。
お母さんは、エリクが付いて来るとは知らずに、家へ向かっています。
家に着くと、エリクはお母さんの耳元でささやきました。
「タマちゃんの写真を見て、神様にお願いするのがいいかも」
お母さんは、顔を上げると、飾ってある写真を取り上げました。そこには笑顔の子供と猫が写っています。
『ははーん。これがタマちゃんだな』
エリクは、写真に写っている三毛猫の姿を覚えました。
お母さんは、写真を両手の間にはさんで、真剣に祈っています。
「神様、どうかタマちゃんが無事に戻って来ますように。お願い致します。お願い致します。マサシがかわいそうで見ていられません」
エリクは、お母さんの言葉を聞いて、
『お母さんは、子供と猫の両方を心配しているのだな。かわいそうに、つらいだろうな。これは、何としても、僕が捜し出してあげなくては!』
エリクは急いで子供のところに戻りました。子供は泣きながら猫を捜しています。
その時、エリクを呼ぶ神様の声がしました。
『まずい、神様に仕事をしていないことがバレたか!』
エリクは急いで、神様のところへ昇って行きました。
「神様、ごめんなさい。あの、僕・・・」
「上から見てたわい」
「子供とお母さんを助けたくて・・・」
「なら、なぜ、早くわしの所へ来ない」
「はあ~、仕事をさぼっていると怒られると思って」
「エリクは、いつも問題を起こすので、慣れているわ。ところで、どうやって助けるつもりなのかね?」
「それが・・・ 正直なところどうしたらよいか分からないのです」
「やはりな。では、よい方法を教えよう」
「本当ですか! 神様、ありがとうございます」
「実は、エリクが使ったことのない、別の矢があるのだ」
「恋人を作る矢ではなくて?」
「そうだ! 普段はあまり使わないのだが・・・ 別れた恋人達を再会させる矢だ」
「そんなのがあるんですか!」
「ただし、使い方がちょっと難しくて、色々と条件があるので、あまりうまくいったことがない」
「それを使ってみたいです。神様、僕に教えて下さい」
「うーん、まあいいだろ。教えてあげよう」
「ありがとうございます」
エリクは身を乗り出しました。
「恋人を作る時と同じように二本の矢を弓に掛けて、一本は近くにいる片方の恋人に、他の一本は空に向かって同時に射るのだ。そして、一本が片方の恋人に命中したのを見届けたら、急いで空に放たれた矢の後を追うのだ。その矢は、別れた恋人のところに飛んでいく」
「それで、タマちゃんの居場所が分かるんだ!」
「ただし、条件が三つある。一つは、相手が今でも好きでいてくれること。二つ目は、別れたことを二人とも後悔していること」
「そうか・・・ もし、タマちゃんがマサシのことが嫌いになっていたら、だめなんだ」
「そう、空に放たれた矢は消えてしまい、二人は二度と会うことはない」
「二度と会えないの?」
「そうだ!」
「神様、三つ目の条件は何ですか?」
「これが厄介で・・・ 矢を放った者が、二人を引き合わせなければならない。つまり、エリクが、それをしなければならない。どうだ、出来るか?」
「引き合わせるって・・・ 何をしたらいいんですか?」
「エリクが、タマちゃんのところに行って、家へ帰るよう説得することになる」
「なんか、手こずりそう」
「では、どうする? やるなら、矢を渡すぞ」
エリクは、ちょっと悩みましたが、泣いている子供の顔と、真剣なお母さんの顔を思い出しました。
「神様、その矢を僕に下さい!」
「わかった、失敗するなよ」
「はい! 神様も祈ってて下さい!」
「はあっ? わしは神だぞ。一体、誰に祈ったらいいんだ?」
「えーとっ、神様のお父さんにでも・・・」
「わしに親はいない! つべこべ言っていないで、早く行く! まったく、もう!」
「はい!」
エリクは、急いで子供のところに戻りました。子供はまだ泣きながら猫を捜しています。エリクは、神様からもらった二本の矢を弓に掛けると、一本は子供を狙い、もう一本は空に向けました。そして、息を止めて、矢を放ちました。
矢は子供に命中しました。エリクは急いで空に放たれた矢の後を追いかけます。エリクは祈りました。
『どうぞ、タマちゃんが、まだマサシのことを好きでいますように! 家出したことを後悔していますように!』
矢は空へとぐんぐん上がって行きます。
『変だな! 矢が落ちない! あれっ、矢が少し透明になって来た!』
エリクは焦りました。
『どうしよう! このまま消えてしまったら、二人は二度と会えない! タマちゃん、マサシのことを信じて! 神様! お願いです! 助けて下さい!』
すると、消えかかっていた矢が段々と濃くなってきて下へ落ち始めます。
『よかった! 神様が助けてくれたんだ!』
矢はどんどん地面に落ちて行き、隣町の公園にいる猫に命中しました。
『ははーん、これがタマちゃんだな! さっきの写真の猫と同じだ』
エリクが猫の近くに行こうとした時、女の人が近づいて来ました。
「ネコちゃん、さあ、ごはんを持って来たわよ。たくさん食べてね」
そう言うと、女の人は、猫の前にお皿を二つ置きました。中には、キャットフードと水が入っています。
『ははーん、タマちゃんは、この人に優しくしてもらっていたんだな。だから、矢が消えかかったのか!』
タマは、ごはんを食べ始めました。
「ネコちゃん、迷子になっちゃったの? それとも捨てられたの? 困っちゃたな! 私が住んでいるアパートは動物を飼ってはいけないし・・・」
女の人は、タマの体を優しく撫ぜていましたが、
「そうだ! もし、このまま飼い主が見付からなければ、明日、私の実家にあなたを連れて行くから、だいじょうぶよ。今夜はここにいてね」
と言って帰って行きました。
『これは、まずいことになった!』
エリクは焦りました。
『今夜中にどうにかしなければ! でも、タマちゃんの心が変わらないままで、僕が連れて帰るのは良くないし・・・』
エリクは、しばらく考えていましたが、にこりとほほ笑んで飛び上がりました。
エリクは、マサシの家へ向かいます。途中、泣きながらお母さんと家に帰って行くマサシの姿を見付けました。
「タマちゃんを見付けたから、すぐ会わせてあげるね」
エリクはささやきながらマサシの近くを飛びました。マサシは声がした方を見ましたが、エリクの姿は見えません。
エリクは、マサシの顔がほんの少しだけ明るくなったような気がしました。
エリクは、夜中になるのを待ちました。マサシの家族が寝床に入ると、エリクは、先ずお父さんの耳元に行きました。そして、神様の声を思い出して、偉そうにささやきます。
「エ、エヘン! 私は神様だ。タマちゃんは隣町の公園にいる」
次に、お母さんの耳元に行き、優しくささやきます。
「私は天使です。タマちゃんは隣町の公園にいます」
最後に、マサシの耳元に行くと、手を頬の所で曲げて、猫をまねてささやきました。
「タマだよ。隣町の公園にいるニャッ。迎えに来てくれないと、ほかの人の家にもらわれちゃうニャッ!」
それを聞いた瞬間、マサシは跳び起き、お母さんのところへ跳んで行きました。
「お母さん! タマちゃんが、隣町の公園にいる!」
お母さんも跳び起きると、
「お母さんも天使様から聞いた。夢かと思っていたの!」
すると、お父さんも跳び起きて、
「私も、神様から聞いた!」
エリクは、にやりとしました。
三人は、直ぐに隣町の公園に向かいます。エリクも後を付いて行きます。
公園に着くと、三人はタマを呼びながら捜し始めました。そのようすをタマは茂みから見ています。
エリクはタマの隣に降りると、
「タマちゃん、マサシは泣きながら、ずっとタマちゃんのことを捜していたんだよ。ほら、あんなに目が赤いだろ! 家に帰って、またマサシの勉強を邪魔してやんなよ!」
と話し掛けました。
タマはエリクの話を首を傾げて聞いていましたが、マサシをしばらく見詰めると、大きな声で叫びました。
「にゃあん!」
それを聞いたマサシが跳んで来て、タマを抱きしめます。
「ごめんね、ごめんね、ごめんね!」
エリクは、それを見届けると空へ舞い上がりました。
エリクがにこにこして飛んでいると、エリクを呼ぶ神様の声がします。エリクは、きっと褒めてもらえるのだと思い、神様のところに浮き浮きして昇りました。
すると、
「エリク! ちょっとこっちへ来い!」
神様は怒っています。
「えっ、どうしたのですか? 神様・・・」
「さっき、嘘をつかなかったか?」
「えーと、と、と、と・・・・・ あれ聞いていたのですか!」
「エンジェルが嘘をついてどうする!」
「嘘も方便で・・・」
「それは、人間のすることだ!」
「ごめんなさい。二度と神様のまねはしません」
「まったく! わしはあんな変な声はしとらんぞ! まあ、今回だけは許してやろう」
「ありがとうございます。ところで神様、さっき矢を追っかけて行った時、消えそうになった矢が、また見えるようになりましたが・・・ 神様が助けてくれたのですか?」
「そうだ! しかたがないから、祈ってやった」
「一体、誰に祈ってくれたのですか?」
「猫神さまにだ!」
「・・・・」
「猫たちのことは、彼の担当だからな」
「(ぷっ!)」
【3】
何日かして、エリクがひと仕事終わって次の仕事に行こうとした時、神様の呼ぶ声がしました。
『あれっ、また失敗しちゃったかな? 今度はうまくいったと思ったのに!』
エリクは、急いで神様のもとへ昇りました。
「ごめんなさい、神様」
「エリク、何かまたやらかしたのか?」
「いえ、その・・・・ 呼ばれたので、先に謝ってしまおうと思って・・・・」
「間違ったことをしていないのに謝るのは良くないぞ」
「では、失敗したんではないのですね。あー、良かった!」
「まあ、常習犯だからな」
「・・・・」
「ところで、エリクに頼みたいことがある」
「神様、なんですか、あらたまって」
「実は、新入りのエンジェルを教育して欲しいのだ」
「僕がですか!」
「そうだ。名前をシュリクと言う。天使学校を一番で卒業した」
「ええっー、一番ビリですか!」
「何を言っとる、上から一番だ」
「ええええっー、そんなエンジェルを、なぜ、僕が教育するんですか」
「確かに、天のみんなは反対したが、私が決めた」
「神様、許して下さい。僕には無理です」
「いや、おまえでなければならない。これは命令だ」
「はいっー・・・ 命令ならば・・・」
「今、シュリクを呼ぶから、待っていろ」
エリクは、これはたいへんなことになったと思いました。エリクの天使学校での成績はビリに近かったのです。
『これは、困った。どういうふうに教育すれば良いのだろう???』
そう、エリクが悩んでいると、キリリとしたエンジェルが昇って来ました。
「神様、シュリクでございます。遅くなりまして申し訳ございません。」
『ぜーんぜん、遅くないけど! 僕なんかより早い。それに、あの話し方、さすが優等生だな!』
エリクが、ポカーンと口を開けてシュリクを見ていると、
「シュリク、こちらがエリクだ。今日から、君の教育係だ。しっかりと指導を受けるように」
「はい、神様。シュリクは、精一杯努力する所存でございます。エリク様、よろしくお願い申し上げます」
「は、はい! こちらこそ、よ、よろしく、お、お願い申し上げ・・・・」
エリクは使ったことのない言葉なので、しどろもどろになってしまいました。
神様は、そんなエリクを横目でニヤリと見ました。
「それでは、エリク、頼んだぞ! さあ、すぐに始めなさい」
エリクは、うらめしそうな目で神様を見ましたが、神様は知らん顔をしています。
「エリク様、お願いいたします。では、神様、行って参ります。レポートは、毎日、お送りいたします」
『ええっー、毎日、レポートを書くんだ! これじゃ手を抜けないぞ!』
エリクは、シュリクに促されて、しぶしぶ神様のもとを離れました。
「エリク様、何から教えて頂けますでしょうか?」
「シュリクさん、その、エリク様はやめて欲しいんだけど」
「では、どうお呼びいたしましょうか」
「エリクと呼び捨てでもいいし、エリクさんでもいいけど・・・・」
「それでは、ご命令ですので、エリクさんにさせていただきます」
「はあ~・・・、じゃあ、ぼくはシュリクと呼び捨てにするよ、いいかな?」
「いかようにも」
「はあ~・・・」
エリクは、たいへんなことになったと思いました。取り合えず、弓矢を教えようと思い、シュリクに話し掛けました。
「僕は弓矢が苦手なんだけど、シュリクは得意なの?」
エリクは、言ってしまってから、しまったと思いました。一番の生徒だから、下手なはずはありません。
「はい。大会でいつも優勝しておりました」
「へー、そーなの、すごいね・・・」
「私は、三本の矢を同時に放ち、三つの的に命中させることができます」
「えっ、三本も! そんなこと初めて聞いた!」
「私が初めて成功させました。それで、エンジェルギネスに登録されました」
エリクは感心しましたが、心の中で思いました。
『それ、いったい何に使うのだろう? 三人を恋人にしたら三角関係になって、あとで困ったことになるんじゃないのかな?』
エリクは笑いがこみ上げてきましたが、それをシュリクに見られないように言いました。
「じゃあ、弓矢の勉強はいらないね」
エリクは、次に何を教えたらよいのか悩みました。
『どうせ、僕より、全て上手なのだろうから。なんで神様は、こんな優等生の教育係に、僕を選んだんだろう。こっちが教えてもらいたいぐらいだわ』
エリクは悩んでいる顔を見られないように飛びながら、シュリクを街に連れて行きました。そして、袋から書類を出して話しました。
「シュリク、あれが街だよ。あそこで、この書類に書いてある恋人を作るんだ。今日は、あと一組作ることになっている」
「では、エリクさん、時間がありません、急ぎましょう」
「はいっー」
ふたりが決められた場所に向かって飛んでいると、エリクの耳に子供の泣く声が入ってきました。エリクが下を見ると、ふたりの子供が泣いていて、近くでお父さんとお母さんが地面を捜して回っています。
エリクは、シュリクに、
「ちょっと見て来るから、ここで待ってて」
と言うと、親子の近くに降りて、浮きながら様子をみました。
お父さんはうろたえていて、
「どこに落としたんだろう。ホテルを出る時、胸のポケットにいれたんだけど」
子供が泣きながら聞いています。
「パスが無いとデイリーランドに入れないの?」
お母さんもうろたえています。
「そう、予約制だから入れないの。ホテルと警察に電話したけど、届いていないの。誕生日旅行なのに、ごめんね」
「あー、どうしよう。今日は入園の締切時間になってしまった。このまま見付からないと、明日も入ることができない」
子供達は、それを聞くと、一層大きな声で泣き始めました。エリクは、親子がかわいそうになり、いっしょに周りを捜し始めました。すると、シュリクが、青ざめて降りて来ました。
「エリクさん、何をしているのですか。時間に間に合いませんよ!」
「でも、このまま、親子をほっておけないよ」
「何を言うのです。落したのは、お父さんの責任です。これは、私達の仕事ではありません!」
「それはそうだけど・・・困ったな! そうだ、恋人作りの方は、シュリクひとりで行って来てよ」
「えー、そんなことしていいんですか! 私はまだ見習いですよ! 神様に怒られませんか!」
「でも、僕は行けない。シュリクならば、僕よりも上手くできるよ」
「あー、わかりました。書類を貸して下さい。もし、あとで神様に怒られたら、責任とって下さいね!」
「わかった、わかった」
シュリクは、書類を受け取ると、すごい速さで飛んで行きました。
『シュリクは、あんな早く飛べるんだ。僕の倍くらいの速さだ。すごい!』
エリクは、必死で探しましたが、辺りは暗くなってきて探すことが出来なくなりました。
親子は、
「ホテルにあるといいが・・・」
と言いながら、肩を落として帰って行きます。エリクは、ホテルの部屋まで付いて行きましたが、パスはありませんでした。
エリクが宿舎に戻ると、シュリクが呆れた顔をして近づいて来ます。
「パスは見付かりましたか?」
「いいや」
「そうですか。くたびれもうけでしたね。私の方は、上手く行きました」
「ありがとう。シュリクさんがいて、本当に助かった。恩に着るよ」
肩を落とすエリクを、シュリクは不思議そうに見ていました。
『何で、あんなに、あの親子のことを心配するのだろう?』
エリクは祈りました。
『パスが見付かりますように。そして、明日、子供達が笑顔になれますように』
エリクが、悩みながら膝を抱えて座っていると、辺りが急に明るくなりました。
顔を上げると、目の前に、エリクと同じように背中に羽の生えた白い猫が浮いています。
「エリク様、猫神様の使いで参りました」
「あなたは、誰ですか」
「申し遅れました。わたくしは、エンジェルキャットでございます。名前をニャリクと申します。先日は、わたくしどものタマがたいへんお世話になり、ありがとうございました。猫神様もたいへん感謝しておられます」
「エンジェルキャット? の、ニャリク様ですか・・・」
「はい。神様のお使いにエンジェル様がおられるように、わたくしどもも、猫神様のお使いにエンジェルキャットがおります。このたび、エリク様がお困りとの情報が、猫達から、猫神様のところに入りまして、私が参ったしだいです」
「猫さんが見ていてくれたんだ! そうなんです、困っているんです」
エリクは、先ほどの親子の話をしました。
すると、
「分かりました。猫は夜でも目が見えますので、近くの猫を集めて捜させます」
というと、ニャリクは飛び上がりました。エリクも続きました。近くで話しを聞いていたシュリクも付いて来ました。
親子がいたところに着くと、既に多くの猫が集まっています。ニャリクが状況を説明し号令をかけると、猫達はいっせいに捜し始めました。エリクとシュリクは、暗い中で待っていました。
しばらくすると、一匹の猫のがパスを持って来ました。ニャリクがそれを受け取ると、エリクへ渡しました。
「これではないでしょうか?」
エリクが矢の光でパスを照らすと、あの親子の写真が貼ってあります。
「これです、これです。ありがとうございます」
「あー、よかった! 何でも、溝に落ちていて、その上に落ち葉がかぶさっていたそうです」
「そうですか。これで、あの親子は、明日、入園できて、誕生日を祝えます。本当に良かった・・・・ まてよ、これをどうやって、あの親子に届けたらよいだろう?」
「それは、ご心配に及びません。わたくしどもに、人間に化けれる猫がおります。その者にホテルの部屋まで届けさせます」
「ひょっとして、化け猫?!」
「はい、さようでございますが、わたくしどもでは『化けニャンダー』と申しております」
「似たような名前を聞いたことがあるけど、まさか、人間を食べたりしないですよね」
「はい、だいじょうぶでございます。最近では、心を入れ替えて、正義に徹しております」
「最近では・・・・そうですか。それなら、いいですが。何から何まで、ありがとうございます。本当に助かりました!」
エリクは、自分のことのように喜んでいます。
「また、何かございましたら、お呼び付け下さい」
ニャリクと猫たちは、帰って行きました。エリクは大きく手を振って、いつまでも見送っています。シュリクは、そんなエリクを黙って見詰めていました。
シュリクは、宿舎に戻ると神様へのレポートを書きました。しかし、そこには、エリクがしたことは書きませんでした。また、自分ひとりで恋人作りに行ったとも書きませんでした。
ただ最後に、
『今日は大変良い体験をしました』
と、付け加えました。
【4】
次の日、エリクはシュリクに起こされました。
「エリクさん、朝ですよ。起きて下さい」
「まだ、早いじゃん。もう少し寝かせてよ」
「だめです、起きて下さい。エンジェルの決まりでは、安全のために、仕事に行く前に準備体操をすることになっています」
「あーあ、そんな決まり、あったっけ? やんなくちゃダメ?」
「もう、もし何かあって、急旋回や急停止をすることになった時、体がほぐれていないと大怪我をするかもしれません。だから準備体操をするのです」
「そうなんだ。知らなかった」
「もう、学校で習ったでしょ!」
「はて???」
「はい、始めます! いち、に、さん、し、ごう、ろく、しち、はち、・・・・」
エリクは眠い目をこすりながら、シュリクのまねをして体操をしました。
「何か、すっきりしたな。こんな感じ初めてだ!」
「エリクさんは、今まで運動をしていなくて、よく怪我をしないで済みましたね!」
「僕は、シュリクのように速く飛べないから、それで結構安全なの!」
「あー、そうですか。ところで、エリクさん、今日は、どこに行くのですか」
「まだ、書類を見ていないんだ」
「ええー、昨日の内に見ておかなかったんですか!」
「そうだよ。いつも、朝、起きてから見るの」
「ふたりの出会いが朝早くだったらどうするのですか! 遅刻しちゃうじゃないですか!」
「だいじょうぶ。神様が、僕には、朝早い仕事は入れないんだ」
「なぜですか?」
「いつも失敗や余計なことばかりして、夜が遅くなるからなんだ、えへへへへ」
「・・・・」
おおらかに笑うエリクの顔を、シュリクは呆れて見ています。
エリクは袋から書類を取り出して開くと、
「今日の予定だって、ほら・・・・ たいへんだ! すごく早い時間の仕事だ!」
「いったこちゃないでしょ!」
「急がないと、間に合わない!」
ふたりは、すぐに出発しました。エリクは叫びました。
「わあ、絶対に間に合わない! また、神様に怒られてしまう」
「エリクさん、もっとスピードを出して下さい!」
「僕は、これが限界だよ! そうだ、シュリクさん、先に行って、ひとりで始めててくれないかなあー。お願い!」
「あーあ、またですか! では、書類を貸して下さい」
シュリクは、書類を受け取ると、ものすごい速さで飛んで行きました。
『すごい! 僕の三倍くらいのスピードだ! カッコイイ! レーシングカーみたい!』
エリクは感心して見とれていました。
しばらく飛ぶと鉄塔がありました。エリクが通り過ぎようとすると、エンジェル病院の看護婦と羽ばたいている空飛ぶ担架が見えます。
「誰か、エンジェルが怪我をしたのかな?」
悪い胸騒ぎがして、近づいてみると、担架の上にシュリクが横たわっています。エリクは、真っ青になり、担架にしがみ付きました。
「シュリクさん、どうしたの?!」
「ああ、エリクさん。鳥を避けようとして、鉄塔にぶつかってしまいました」
「ええっ、僕が寝坊して、君を急がせたからだ! 本当にごめん、ごめんなさい!」
エリクは、大泣きしながらひざまずきました。
「だいじょうぶですよ、エリクさん。たいした怪我ではありませんよ。ちょっと、ぶつけたぐらいです。ちゃんと準備運動をしてたからよかったです。それに、私も前の日に確認しておかなかったのです。エリクさんのせいではありません」
「そんなこと言わないで、僕がみんな悪いんだ! わああー」
シュリクは、病院に運ばれて行きました。エリクは、力が抜けて、そのまま地上に落ちて行きました。そして、地面に叩き付けられると飛ぶ気力がなくなってしまいました。
「どうしよう、僕の責任だ。シュリクの体が元に戻らなかったら・・・・ 元のように速く飛べなくなったら・・・・ 僕が悪いんだ! 僕が悪いんだ!」
エリクは、ひざまずくと祈りました。
「神様、ごめんなさい。本当にごめんなさい。どんな罰でも受けます。だから、シュリクの体を元通りにして下さい。お願い致します。お願い致します」
エリクは立ち上がると、あてもなく、とぼとぼと歩き出しました。涙で前が見えません。すると、何かにぶつかりました。エリクは弱々しくよろけて地面に倒れました。そして、そのまま地面をじっと見詰めていました。
「エリク、どうした、元気を出せ!」
エリクが見上げると、そこには神様が立っています。エリクは神様の足にしがみ付くと泣きながらお願いしました。
「神様、お願いです。シュリクを元の体に戻して下さい。僕はどんな罰でもお受けいたします」
エリクの涙は神様の足をびしょびしょに濡らしています。
「エリク、だいじょうぶだ。シュリクは、おまえと違って体操の成績も良い。上手にぶつかったから、大きな怪我にはならなかった」
「本当ですか! じゃあ、元通りになるのですね!」
「そうだ、だいじょうぶだ」
「よかった、ほんとうによかった。神様、ありがとうございます、ありがとうございます」
「わしにお礼を言うことはない。エリクは昨日、遅くまで仕事をしていたのに、朝早い仕事を入れて、わしも悪かった!」
「・・・・」
「さっき、猫神様から全てを聞いたわい」
「・・・・」
「さあ、帰ろうか! 但し、罰として、シュリクが退院するまでに、天使学校の教科書を全部読み直すこと。わかったな!」
「はい!」
エリクの顔にほほ笑みが戻って来ました。
エリクは、この日から心を入れ替えて生活するようになりました。
何日かして、シュリクが退院して来ました。
「エリクさん、ご心配をおかけいたしました。もう、この通り、元気です」
「本当に、ごめんね」
「よして下さい。ぶつかったのは、私が未熟だったからです。エリクさんのせいではありません」
「ありがとう。君は優しいね」
「何を言うんです。エリクさんの優しい心には、かないません。もっと、エリクさんから学ばなければなりません。これからも、よろしくお願いいたします」
「はあー、僕こそ、シュリクさんから、多くを学ばなければいけないんだ。天使学校の教科書、全部読み返したよ!」
「いいえ、エリクさんは、教科書に書いて無いことを、私に教えてくれました。ところで、前のように、私の名前は呼び捨てにして下さい。私は、エリクさんを、これから『先輩』と呼ばせてもらいます」
「何か、照れるな!」
「では、先輩、仕事に行きましょうか」
「はっ、はい」
ふたりは、ほほ笑みを交わすと、仲良く恋人作りに向かいました。
【5】
エリクが先輩になって、しばらく経った、ある日のことです。
その日の仕事が終わって、エリクとシュリクが帰ろうとした時、二人の前をニャリクがすごいスピードで横切りました。
「失礼いたします! 緊急事態で急いでおりますので!」
ニャリクは、そう叫びながら飛んでいきました。すると、今度は、背中に羽の生えたブルドックが、ニャリクのあとを追うように、息を切らして飛んで来ました。
「失礼します。はあはあ! はじめまして。はあはあ! エンジェルドッグの、はあはあ! ブルリクです。はあはあ!」
ブルリクは、苦しそうに体を揺らしながら飛んでいます。
エリクは一緒に飛びながら尋ねました。
「一体、どうしたのですか?」
「イヌ連とネコ連が、(はあはあ!) 喧嘩を始めたのです。(はあはあ!) それを止めに行くところです。(はあはあ!)」
「それは、大変だ!」
エリクは、付いて行こうとしました。すると、シュリクが、
「先輩、また、余計なことをすると、神様に叱られますよ」
と、アドバイスをしましたが、
「だって、心配なんだもん! それに、喧嘩を止める方法も見ておきたいんだ!」
「あーあ、そうですか、確かに勉強にはなりますね。それでは、私もお供いたします」
シュリクは、とは言いながらも、呆れた顔をして付いて来ます。
広場の上に着くと、ニャリクが待っていました。下では、多くのネコとイヌが睨み合っています。
「エリクさんとシュリクさんも、来てくれたのですか。ありがとうございます」
「僕たちは、何をしたらよいですか?」
と、エリクが尋ねると、
「いえ、何もしないで、見ていて下さい。あとで、猫神様と犬神様への報告の証人になってもらうかもしれません」
「証人? はあー、そうですか?」
エリクが不思議そうな顔をすると
「私とブルリクの意見が違った時に、証人になってもらいたいのです」
すると、ブルリクが横から口をはさみます。
「ニャリクは、いつも、ネコに都合の良い報告ばかりするからな!」
「何を言うのです! ブルリクこそ、イヌに都合の良い報告ばかりするじゃないですか!」
「なに! この嘘つき!」
「嘘つきは、そっちでしょ!」
ニャリクとブルリクは、空中で大喧嘩を始めてしまいました。大声を出したり、追いかけたり、ぶつかり合ったりして、暴れ回っています。
下にいた、ネコやイヌたちは喧嘩をするのを忘れて、空を見上げて、声援を送っています。そして、時々、どちらかが地面に落ちると、ネコやイヌたちがそれぞれを助けます。
エリクとシュリクは、初めは呆れて見ていましたが、あまりのすごさに止めに入りました。
「ニャリクさん、ブルリクさん、落ち着いて下さい。怪我をしますよ!」
「きょうは、絶対に許せない! エンジェル様の前で、私を嘘つき呼ばわりして!」
と、ニャリクが叫ぶと、
「へん、本当のことを言ったまでだ!」
と、ブルリクが言い返します。
「なに! もう一度言ってみなさい!」
「何度でも言ってやる、嘘つきキャット、嘘つきキャット!」
「このっ!!!」
喧嘩は、増々エスカレートして行き、手が付けられません。エリクやシュリクの声など聞いていません。すごいスピードで広場の上を飛び回ってバトルをしています。それが、あまりにも長い時間やっているので、下にいた、ネコやイヌたちは、見上げている首が痛くなり、一匹、二匹と、首を振りながら帰って行きました。そして、しまいには誰もいなくなってしまいました。
それでも、二匹はバトルを続けています。
エリクは、良いことを思い付き、にやりとほほ笑みました。そして、弓に二本の矢を仕込んで構えると、ニャリクとブルリクに狙いを付けました。すると、それを見ていたシュリクが慌てて、
「先輩! そんなことすると、神様に叱られますよ!」
「かもね。 でも、仲良くさせた方が絶対にいいんだ!」
しかし、二匹は、上へ下へ、絡まったり離れたりと、動きがすごく早くて、エリクは的を絞ることができません。
「うわあー、だめだ! これじゃあ、狙えない!」
エリクが放つのを諦めた時、隣から、矢の鋭い発射音がしました。
「シュッ! シュッ!」
その二本の矢は、ニャリクとブルリクに見事命中しました。
エリクは、驚いて、隣をみると、シュリクが親指を立てています。
「君がやったのか! そんなことしたら、君まで神様に叱られちゃうぞ!」
「かもね。でも、先輩、すごいでしょ!」
彼はウインクして笑っています。
「ほんとうに、すごい! 君は弓矢の天才だ!」
エリクが感心していると、楽しそうな歌声が聞こえて来ました。
「迷子の、迷子の子ネコちゃん、あなたのおうちはどこですか? おうちを聞いても分からない、名前を聞いても分からない、にゃんにゃん、にゃにゃーん・・・・」
二人の前を、ニャリクとブルリクが手をつないで、にこにこ歌いながら通り過ぎて行きました。
「シュリク、良かったね。でも、ネコやイヌたちは、今後、二匹のバトル観戦ができなくなるね」
「それは、そうですね!」
二人が顔を見合わせて笑っていると、天から声がしました。
「まったく! おまえたちときたら・・・」
しかし、その声は笑っていました。
【6】
何日か過ぎて、エリクが仕事を終わって帰ろうとした時、神様の呼ぶ声がしました。
『あれっ、シュリクのお陰で最近は失敗していないけど・・・・何だろう』
エリクは、急いで神様のところへ昇って行きました。
「神様、お呼びですか」
神様は、わざと深刻な顔をして言います。
「ああ、シュリクが来たことだし、エリクには、もう、今の仕事を辞めてもらおうと思う」
「ええっ、失敗ばかりしているので、首ですか!」
「あはははっ、驚いたか! 冗談だ! 実は、新しい仕事をしてもらいたいのだ」
「あー、驚いた!」
「最近、折角、恋人になったのに、別れてしまうカップルが、やけに多い。それで、エリクにその理由を調べてもらいたいのだ」
「はあー、そうですか」
「嫌か?」
「少し・・・かなり嫌です。不幸を調べるなんて、楽しくなさそう」
「正直だな」
「ところで、神様。前から疑問に思っていたのですが、僕に渡される運命の書類には、恋人になるまでのことが詳しく書いてあるのに、恋人になった先のことは何も書いてありません。なぜですか?」
「それはな、恋人になった後は、ふたりで人生を作っていかなければならないからなのだ。運命という名の偶然をふたりに与えた後は、我々は見守ることしかできないのだ」
「それで、書類の先が白紙なんですね」
「そうだ。そこに書き込むのは、我々では無く、本人達なのだ。この多くの人がいる世の中で、自分を選んでくれて、自分を一番愛してくれる人に感謝し、大切にしようという気持ちを持って接すれば、必ず頁は埋まっていく」
「そうだったんですか」
「だから、エリクが間違えて当ててしまったカップルも幸せになっているではないか」
「神様、それを言われると辛いのですが、少し心が楽になります」
「それで今回、別れたカップルの原因を調べてもらい、恋人達を作る時の参考にしたいのだ」
「なんか難しそうで、責任も大きいですね。僕でだいじょうぶですか?」
「これは、エリクでなければできない仕事だ。人の心の中を見るのは難しい。優しい心で調べて欲しい」
「神様は、口が上手いな!」
「何を言う。わしは、冗談は言うが、嘘はつかん!」
「わかりました。それでは、やってみます」
「さて、最初の調査だ」
「もう、ですか! 早いですね」
「手当はちゃんと払っているからな。ちょっと気になる件がある。名前は、サチとハジメだ。このふたりには弓矢を使わなかった。自分達で恋人になったが、別れた」
「弓矢で恋人にならなかったので、別れちゃったんじゃないのですか?」
「そうではないのだ。たとえ、弓矢で恋人になっても、刺さった矢は次第に融けて無くなり、それにともなって効果も無くなっていく。だから、弓矢は、きっかけに過ぎない。恋を成就するのは、その後の本人達の心掛け次第なのだ!」
「そうなんですか。知らなかった!」
「それでだ、エリクには、弓矢を使わずに生まれた強い恋だったのに、なぜ別れたのか調べて欲しい」
「はい、では、二人のところに行って、『なぜ別れたのですか?』ってインタビューして来ます」
「こらっ! それぐらいなら、わしにもできる! 変装して、マイクを持って、『テレビ局です。あなたの失恋の体験談を教えて下さい』ってインタビューすればいいのだからな」
「神様、それ、いいアイデアですね!」
「はあっ・・・・」
「冗談です」
「まったく、もう!」
「はい、はい、行って来ま~す」
エリクは、嫌な仕事を頼まれたと不満でしたが、正直なところ、どうすればよいのか分かりませんでした。
「困ったな~ 取り合えず、二人の様子を見に行こうか!」
エリクは、先ず、サチところへ飛んで行きました。そして、近くで浮いていると、彼女がエリクに向かって手を振りました。
『変だな? 人間には、僕が見えないはずなのに』
と思いながらエリクも手を振ろうとした時、後ろから何かがぶつかってきました。
「痛い!」
と言う声がして、男の人が転んでいます。
『痛いのは、こっちの方だわ。後ろから追突するなんて』
エリクが体をさすっていると、
「だいじょうぶ?」
サチが笑いながら歩いて来ました。転んだ男の人は、
「あはははは、ちょっと、落とし物をしたので、捜していたんだ」
と言うと、辺りを捜すふりをしています。
『面白い人だな~』
とエリクが思っていると、サチも
「本当に、冗談が上手いんだから」
と言って、ふたりで笑っています。
『ははーん、この男が、サチの新しい恋人だな! さては、彼女はハジメを振ったんだな。まあ、こんなに面白い人が現れたら、心が動いてしまうのも無理もないな! きっとハジメは、つまんない男なんだろう。では、見に行ってみるか』
エリクは、今度は、ハジメのところに飛んで行きました。
ハジメは、公園でベンチに座って本を読んでいました。
『うーん、確かに、つまらなそうな男だな』
エリクは、しばらく近くに浮かんでいましたが、彼は、ずっと本を読んでいます。
『これじゃあ、日が暮れてしまう! 居てもしょうがないから、今日のところは帰るか』
エリクが飛び上がった時、突然、ボールが飛んで来ました。
『危ない!』
すると、ハジメがベンチから素早く立ち上がると、ボールをキャッチしました。
『ナイス!』
エリクは、思わず叫んでしまいました。
『すごい運動神経。まるでシュリクみたい!』
そのボールは子供のものでした。彼は子供に投げ返そうとすると、子供が叫びました。
「投げないで! 僕、ボールをキャッチできないんだ!」
子供が近づいて来ます。
「ごめんなさい。壁に当てたボールがキャッチできなかったんだ」
「はい、ボール。ところで、キャッチできないって、どういうこと?」
「僕、ボールが飛んで来ると、怖くて、怖くて、しかたがないんだ」
「そうか、君はボールに慣れていないんだね。じゃあ、僕が教えてあげようか?」
「ほんと! ありがとう、教えて下さい! ほんとは、みんなと野球をしたいんだけど、ボールをキャッチできないので、仲間に入れてもらえないんだ」
「そうか、かわいそうに! じゃあ、しっかりと教えてあげるね」
そう言うと、ハジメはその子に、グラブの構え方から教え始めました。
エリクは、近くで浮かびながら思いました。
『彼、いい人じゃないか! 全然つまんなくない! こんないい人を、なぜはサチは振ってしまったんだろう? いや、待てよ、まだ、彼女が振ったとは決まっていない。もう少し調べなければ!』
エリクは、急いでサチのところに戻りました。
彼女は、先ほどの面白い彼と話しをしています。エリクは、近づいて行きました。
『神様は悪いことが出来ないけど、僕なら、盗み聞きくらいへっちゃら! 神様は自分ではやりたくないので、僕にヤバイ仕事を頼んだのかもしれないな!』
エリクはちょっと不満そうに言ってから、ふたりの後ろに浮かんで、息を殺して聞き耳を立てました。
「私、ハジメのことが良く分からなくて、困っているの」
「奴のことは、小学校から知っているけど、男の目から見ると、いい奴だよ。ただ、ちょっと、まじめ過ぎるかな」
「そう、そうなのよ。バカが付くまじめ。ハジメじゃなく、マジメという名前にすれば良かったのよ! 一緒にいると疲れちゃうの」
二人の話を聞いていたエリクは気が付きました。
『そうか、この男はサチの新しい恋人ではなく、サチとハジメの共通の友達なんだ。それで相談しているのか。待てよ、相談するということは、サチはまだハジメのことが好きかもしれないな』
二人の会話は続いています。
「疲れるくらいならいいじゃないか。イライラはしないんだろ」
「それは、そうだけど・・・・」
「まじめが一番! あんなまじめな奴、希少価値だと思うよ。疲れることが楽しいと思えばいいじゃん。それに奴はほかの人に無いものをたくさん持っているよ!」
「どんなこと?」
「それが分から無いようじゃ、サチはまだまだだね」
『こいつ、中々いい事を言うな!』
サチは、ベンチに腰掛けると、考え込んでしまいました。
エリクは、今度は、ハジメのことが気になり、飛んで行きました。すると、あの少年に一生懸命に教えています。
「そう、そう、手を前に出して、ボールを掴んだら腕を引きながらボールの勢いを止める。しっかりとボールを見て!」
少年は、慣れないことで可成り疲れていますが、ハジメは気が付いていません。
『ははーん、これだな! バカマジメで疲れちゃうと、サチが言っていたのは』
エリクは、ハジメの耳元に飛んで行き、ささやきました。
「子供が疲れているみたいだから、少し休ませよう」
ハジメは、子供に言いました。
「疲れたかい? 少し休もうか?」
少年は、にこっと笑って、ハジメのところに走って来ました。
「よく頑張ったね! 上手くなったよ!」
「ありがとうございます」
二人はベンチに座って休んでいます。
エリクは、またささやきました。
「自分が真剣なのはいいけど、相手のことを考えなければいけないな。相手を疲れさせてはいけない。サチも疲れちゃったのかもしれないな」
ハジメは、突然ベンチから立ち上がりました。
『よし、これで準備完了!』
エリクは、にこりと微笑みました。
エリクは、またサチのところに飛んで戻りました。サチは、ひとりで考え事をしながら、とぼとぼと歩いています。
エリクは、耳元に近づくと、ささやきました。
「電話してみよう」
サチは、首を横に振っています。
「ハジメは、きっと、さびしい思いをしているかも」
また、首を横に振っています。
エリクは、いらっとしました。
「この強情者! あんないい人を失って、後で後悔してもしらないぞ!」
すると、サチは立ち止まり、携帯電話を出し、見詰めています。
エリクは、強くささやきました。
「さあ、勇気を出して!」
サチは、ボタンを押すと、電話機を耳に当てました。
「もしもし、ハジメ。・・・・・ 今、何しているの? ・・・・・ 子供に野球を教えているの? ・・・・・ 見に行ってもいいかな? ・・・・・ じゃあ、直ぐに行くね!」
サチは電話を切ると、嬉しそうに駆けて行きました。
『やれやれ、弓矢の方が簡単だな! あー、疲れた!』
エリクが帰ろうとすると、神様の声がします。
「エリク、調査結果はどうだった?」
『しまった! 別れた理由を詳しく調べていない! どうしよう!』
「神様、ごめんなさい! まだです。今から、テレビ局の振りをして、インタビューしてきます。少し待ってて下さい!」
「なにっ!」
「ニャリク! ニャリク! 聞こえる? 化けニャンダーに手伝ってもらいたいことがあるんだ!」
(つづく)
