今回は少し砕けて、昔話の『その後シリーズ』の第三段の掲載です。

他の方がフトアゴヒゲトカゲのブログを書いていらして、頭が良く人慣っこいのに驚いて創作してみました。解説書を見て、フトアゴさんの特徴や性格を勝手に想像してストーリーを作ったので、もし実際と違っていたら、ごめんなさい🙏

 

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 カメは、ウサギやネコやイヌに勝って意気揚々としておりました。

そんなカメの前をフトアゴヒゲトカゲが横切って歩いて行きました。

『そうだ! 今度はトカゲと勝負しよう。トカゲはちょっと走っては止まり、また、ちょっと走っては止まることを繰り返すから、競争に勝てるぞ!』

カメは急いでトカゲに話し掛けました。

「フトアゴさん、こんにちは。どちらへお出かけですか」

「やあ、カメさん、こんにちは。実は、私は寒がりなので、お日さまの陽が当たるところを探しているのですよ」

「そうでしたか。それならば、向こうの丘の上が暖かいですよ」

それを聞くと、お人好しのフトアゴは、嬉しそうに言いました。

「そうですか、良いことを教えてもらいました。では行ってみます」

「フトアゴさん、私も甲羅干しをしたいので、あの丘に行くところです。ついでですので、私と競争しませんか?」

「えっ! 競争ですか? なぜ、そんなことをするのですか?」

それを聞いてカメは驚きました。

『競争が嫌いな生き物もいるんだ! これは、是非とも、勝つ楽しさと負ける悔しさを教えてあげなければいけない』

トカゲは、きょとんとした眼差しでカメを見続けています。

「フトアゴさん、頑張って勝った時の喜びは楽しいですよ」

「はい、頑張る喜びは知っています。でも、他人に勝って楽しいのですか?」

カメはシメシメと思いました。

「それでは、フトアゴさん、私と競争して、勝つ喜びを味わってみませんか。一生の思い出になりますよ」

トカゲは、少し首を傾けて考えていましたが、

「そうですか、カメさんがそこまで言うのなら競争してみますか」

カメはニヤリとしました。

「じゃあ、準備はいいですか? 私が合図を出しますよ」

「はい」

「よーい、ドン!」

 

 ふたりは丘に向かって走り出しました。

トカゲはカメよりも速いのですが、少し進むと止まって辺りを見渡します。

カメは直ぐにトカゲに追い着き抜き去ります。

すると、トカゲがまた走り出してカメを抜き去りますが、少し行くと、また止まって辺りを見渡します。

 そんなことを何回か繰り返していましたが、もう少しで丘の頂上という所で、カメが地蜂の巣を踏ん付けてしまいました。蜂たちがいっせいに巣から出て来て、カメとトカゲに襲い掛かります。

「きゃあー! 助けてくれー!」

カメは甲羅の中に頭や手足を引っ込めて、中でガタガタ震えています。

『大変なことになった! 私は甲羅の中に引っ込んでいれば安全だけど、フトアゴさんは大丈夫だろうか? もし、蜂にたくさん刺されていたらどうしよう。私が競争に誘ったばっかりに、フトアゴさんにもしもの事があったらどうしよう。みんな私の責任だ。詰まらない競争なんかに誘わなければよかった!』

カメは後悔して甲羅の中で泣いていました。

 

 暫くすると、

「コツコツ」

と甲羅を叩く音がします。

「カメさん、もう出て来ても大丈夫ですよ」

カメが恐るおそる顔を出すと、トカゲが横になっています。

トカゲのお腹を見ると大きく膨らんでいます。

「ごめんなさい! フトアゴさん! 蜂に刺されてお腹がこんなに膨れてしまったんですね。私が競争に誘ったばっかりに、フトアゴさんをこんな目に遭わせてしまった。本当にごめんなさい」

カメは泣きじゃくっています。

「カメさん、何を言っているのですか。私は蜂が大好物で、全部食べてしまいました。それでお腹が一杯になって膨れているのです。これでは、当分動けない。少しここで休んでから行きます」

と泣いているカメに微笑みました。

「あー、良かった! 私も一緒に休んで行きます」

「カメさんは競争の途中ですから、丘の上にゴールして勝って下さい」

「いいえ、もう競争は終わりです」

「それでは、勝ち負け無しの引き分けですね」

「そうですね!」

ふたりは顔を見合わせて笑いました。

 

カメは、争うことの愚かさと、勝ち負け無しの尊さに気付いたのでした。

   【7】

 恋人が分かれる原因の調査は大失敗でしたが、二人がまた仲良くなったことで、エリクは嬉しくてうきうきしていました。

 神様は、そんなエリクを見て、ある事を思い付きました。

 

「エリク、ちょっと来てくれ」

エリクは、朝早くに呼ばれたので、あくびをしながら昇って行きました。

「神様、こんな早くから何の御用事ですか?」

「頼みたいことがある」

「今度は、何ですか?! また、変な仕事じゃないですよね!」

「わしは、今までに、エリクに変な仕事を頼んだことはないぞ」

「・・・・・」

「今回の仕事は、色々な経験を積んだエリクにふさわしい仕事だ」

「・・・・・」

「エンジェル学校の先生になってもらいたい」

「ええっ! 今、何と言われましたか!」

エリクは、いっぺんに目が覚めて跳び上がりました。

「エンジェル学校の先生になって、生徒を指導してもらいたい」

「神様、お気は確かですか! 少し頭が変に・・・」

「何を言う! 神の頭が変になるか! エリクは、他のエンジェルでは経験しないような貴重な体験を数多く積んできたから先生にするのだ!」

「それって、弓矢を失敗ばかりしていることへの『いやみ』ですか?」

「それも少しある」

「今の、冗談で言ったつもりなんですが~」

「はて? そう言う風には聞こえなかったが・・・ まあー、気にすんな」

「・・・・・」

「エリクの日頃の行動や、シュリクのレポートを読んで、エリクは先生に相応しいと思ったのだ。エンジェルは勉強だけでなく、優しい心を持つことが重要なことを生徒達に伝えて欲しいのだ。それは、エリク以外には出来ないことだ」

「はあ~」

「では、早速、今日から、学校へ出勤しなさい。学校には、既に伝えてあるので、エリクのことを待っているはずだ」

「ええっ! 今日からですか! まだ心の準備が出来ていません!」

「まあ、ゆっくり学校へ飛んで行きながら、心の準備をすれば良い。だから、朝早くからエリクを呼んだのだ」

「もう!」

 

 エリクは学校に向かいながら心配で心配で心が破裂しそうでした。エリクの成績はビリに近く、どうにかやっと卒業できたのです。ですから、正直なところ、学校が余り好きではありませんでした。

 ゆっくり、ゆっくりと飛んだのですが、暫くすると学校の門の前に着いてしまいました。

中をのぞき込みながら、

『神様も酷いな、こんな僕を先生にするなんて』

中に入るのをためらっていると、中からエリクの担任だった先生が出てきました。

「エリク君、お久しぶり。元気だったかね」

「はっ、はい、お陰様で・・・・」

「私は校長になったんだよ」

「それは、おめでとうございます」

「それにしても、神様から君が先生になると聞いて、凄く驚いたよ」

「はあ~、私も驚いています」

「そうだろう!」

皮肉っぽいのは、昔と同じだとエリクは思いました。

『あ~あ、また、この先生に会わなければならないのか! 疲れちゃうな!』

そんなことを思いながら、校長先生の後に着いて職員室に入ると、エリクを教えてくれた先生達が手を振って迎えてくれました。

「エリク君、いや、エリク先生の机はここでいいかな?」

「はい、ありがとうございます」

「早速だが、君には『優しさと思いやり』の授業を受け持って貰うことになった。この授業は、今回、神様が新たに創られたものだ。講義内容は全てエリク先生に任せるようにと指示されているので、宜しく頼むよ。もし、何か相談があれば、遠慮なく校長室へ来なさい。君は校長室には慣れているだろう」

『また、皮肉を言っている! 確かに、よく校長に呼ばれて怒られたっけ』

校長先生は、そう言うと、エリクにくるりと背を向けて、自分の部屋に入って行きました。

『さあ、どうしよう! 今日の朝、先生にさせられて、たった今、内容を聞いて、どう教えたら良いか、何も浮かんで来ない!』

 エリクが机の前で考え込んでいると、エリクに弓矢を教えてくれた先生が近づいて来ました。

「エリク、どうした? 君は弓矢が下手だったが、一生懸命頑張っていたよな! 上手下手は結果であって、努力したかしなかったかが重要なんだよ。あの時のようにしたら良いと思うよ」

と言って、微笑んでくれました。

「先生、ありがとうございます。勇気が湧いてきました!」

エリクは、肩の力を抜き眼を閉じて深呼吸しました。

すると、アイデアが浮かんできました。

『よし! これでいこう!』

エリクに、いつもの笑顔が戻りました。

 

 最初の授業は、その日の最後の時間でした。エリクが、校長先生の後に着いて教室に入ると、

「起立! 礼! 着席!」

と、掛け声が掛りました。

エリクは、何か恥ずかしいような、嬉しいような複雑な気持ちでした。

『これから、この子達に教えるのか。みんな、優しいエンジェルになって欲しいな』

そう思うと、エリクは体が震えてきます。

「こちらが、今度、君たちに『優しさと思いやり』の講義をするエリク先生だ。エリク先生は、現役のエンジェルで、昨日まで恋人作りの仕事をしていた」

校長が、そう紹介すると、教室が騒がしくなりました。

「静かに! では、エリク先生、御挨拶をお願いします」

「はっ、はい! エリクです。宜しくお願いします」

エリクは頭の中が真っ白になり、考えていた挨拶文を忘れてしまいました。

もじもじしていると、

「それだけですか?」

「はっ、はい!」

教室内に笑い声が響きました。

「静かに! そうですか。では、早速、授業を始めて下さい」

そう言うと、校長は教室の後ろに行って、エリクを監視しています。

『校長先生も聞くのか! 緊張しちゃうな!』

生徒達は、エリクが何を話し出すのか、身を乗り出しています。

エリクは、目を閉じて深呼吸をしました。

そして目を開けると、

「僕は、この学校の卒業生ですが、成績はいつもビリに近かったです」

また、笑い声が教室内に響きました。

「弓矢も下手ですし、遅刻も度々しました」

生徒達は顔を見合わせて笑っています。

「神様は、そんな僕を先生にしました。なぜだと思います? 僕も初めは分かりませんでした。でも、この校舎に戻って来て、気付きました。良いエンジェルになる為には、学校の勉強が全てでは無いと」

エリクは、そう言うと、生徒のひとりひとりの顔を見詰めました。

生徒達は、もう笑うのを止めて、エリクの顔を見詰め返しています。

「優しさと思いやりは、勉強してテストを受けることでは、皆さんの心の中に育ちません。優しさと思いやりは、どうしたら心の中に生まれるのか・・・・ それは、相手の心の中に入ることです。その手助けをする為に、僕が実際に出会ったことを、これから、みなさんにお話ししていこうと思います」

エリクは、校長先生が後ろに居ることなど忘れて、話を続けました。

「エンジェルの仕事は、恋人を作ることです。仕事の内容は、書類に書いてある場所に行き、二人が来るのを待って、矢を命中させることです。しかし、それは表面的なもので、私達の目的は人を幸せにすることです。その為には、人の心の中を見る必要があります。皆さんにはそれが出来ます。自分の心を見詰めれば、他人の心が見えて来るのです。ただ、それをするかしないかだけなのです」

エリクは、続けて自分が出会った事を話しました。生徒はみんな真剣に聞いています。エリクが失敗したことを話した時は、みんな大笑いです。校長先生は笑いをこらえて真面目な顔をしています。

一時間の授業は、あっという間に過ぎてしまいました。

「起立! 礼!」

エリクが教室を出ようとすると、生徒達から大きな拍手が沸きました。エリクは、驚いて立ち止まると、ちょっと恥ずかしそうに会釈をして教室を出ました。

「ううーん、中々良かったよ」

校長先生が声をかけてきました。エリクは先生に褒められたのは初めてじゃないかと思いました。

「ありがとうございます。失敗談が授業に使えるとは、僕も思っていませんでした」

「まあ、エリク以外のエンジェルでは無理だな」

『あ~、また言われちゃった』

でも、エリクはとても幸せな気分でした。

 

 職員室に戻り席に座っていると、先ほど講義した教室の生徒が訪ねてきました。

「先生、ご相談があるのですが・・・」

その生徒は暗い顔をして、もじもじしています。

「何ですか? 相談って。僕で良かったら聞きますよ。あなたの名前はなんですか?」

「ピリクと言います。でも、みんなは、僕のことをビリクと呼んでいますが・・・・」

エリクは、思わず笑いそうになりました。

『ははーん、たぶん成績がビリなんだな! 僕と一緒だ!』

エリクはピリクに親しみを感じました。

「相談は何ですか?」

「実は、僕は勉強が出来なくて、成績が凄く悪いのです。エンジェルに向いていないんじゃないかと悩んでいます」

「そうですか、僕の学生時代と同じですね」

「えっ! 本当ですか! エリク先生も悩んでいたんですか?!」

「そう、毎日、毎時間。先生には、何で出来ないんだと怒られるし、友達には笑われるし、最悪だったよ」

「でも、先生になれたんですね!」

「僕も驚いているんだけど、きっと神様は、勉強が出来ず、失敗ばかりし、苦しみや哀しみを経験した僕にしか分からないことをみんなに学んでもらいたくて、僕を先生にしたんじゃないかな? 軽んじられたり、蔑まれたり、馬鹿にされたり、そういう経験をした人にしか分からないこと。そう! 劣等生には、優等生には無い、劣等生だけにしか育たない素敵な心を持っているよね!」

エリクはピリクの顔を見て、微笑みました。

「先生! ありがとうございます。何か、心が楽になりました!」

「それは良かった! それで悩みは解決したの?」

「はい! これからエリク先生を手本にして頑張ってみます」

「僕を手本にすると、神様に怒られることが増えるけどいいかい?」

「はい! それでいいです」

ピリクの顔に笑顔が戻ってきました。

 

  【8】

 エリクは先生の仕事が楽しくて毎日浮きうきしていましたが、何か月か経つと話すネタが切れてきました。

『そろそろネタ切れなので、神様にお願いして、元の仕事に戻してもらおうかな』

と思っていた矢先、校長室からエリクを呼ぶ声がしました。

『丁度いいや、校長先生にもお願いしよっと』

エリクがそう思いながら校長室に入っていくと、

「エリク先生、どうですか、もう慣れましたか?」

「はい、お蔭様で生徒さんとも仲良くなりました」

「そのようだね、君が生徒と遊んでいるところを見ると、どっちが先生でどっちが生徒か分からなくなる」

「はあ~」

「そこでだ、生徒からの評判も加味して、君に保健体育の授業を受け持ってもらうことにした」

「えっ、保健体育ですか!」

「そう、ほ・け・ん・た・い・い・く、だ」

「あの~ 僕は、運動神経が悪いし、弓矢も凄く下手で、体育の成績はビリに近かったのですが・・・」

「正確に言うと近くではなく、体育の成績もビリだった」

「・・・・」

「君のことは良く知っている。何しろ、私は君の担任で、えらく苦労させられたからな」

「・・・・」

「今回、君に保健体育の先生になってもらいたいのには理由がある。君は我が校きっての劣等生だった。君の前にも後にも君を超えるエンジェルは出ていない。当時、どんなに私が苦労したか・・・・」

「・・・ごめんなさい・・・」

「いや、今にして思えばそれが良かった。私は君が生徒たちと遊んでいるのを見て気が付いた。生徒の中で優秀なエンジェルはとても少ない。ほとんどは、君ほどでは無いが、普通の学力のエンジェルだ。しかし、ここの先生達は私を含めて超優秀な成績で学校を卒業したエリートばかりなのだ。私達は、なぜか勉強ができた。実は、勉強が苦しいと感じたことは一度も無かった」

「きっと、それは頭が良かったからではないのですか」

「たぶん、そうだと思う」

「・・・・」

「自分達が苦労しなかったので、多くの生徒が、なぜ勉強ができないのか分からない。時に天才は指導が下手なのだ。そこでだ、勉強のできなかった君に、そして、努力して卒業できた君に、できない生徒の面倒を見てもらいたいのだ。劣等生がつまずくところ、それを克服する方法を知っている君に、できない生徒を導いて欲しいのだ」

「でも、僕は難しいことは教えれませんよ」

「それは分かっている。今いる先生が引き続き指導をするから大丈夫だ。君はできない生徒の全科目の相談役みたいな存在になって欲しいのだ。なお、このことは、既に神様の了解も貰っている」

「神様も了解済ですか・・・・」

エリクが天を仰ぎ見ると、暖かい風が吹き降りてきました。

「はい、分かりました。頑張ってみます!」

「できない生徒のために、宜しくお願いしますよ」

校長先生は、エリクの肩に手を置いてにこりと微笑みました。エリクはこの先生の微笑みを初めて見たような気がしました。

 

 校長先生の指示で、早速、弓矢の授業に向かいました。そこではエリクに弓矢を教えてくれたヤリク先生が、以前、エリクに相談に来たピリクの前で頭を抱えていました。

「ピリク君、矢の先が震えるから的を外すんだよ。こうやって、矢を押さえることがなぜできないのかな」

エリクはヤリク先生に挨拶しました。

「おう、エリク。ちょっと、ピリクを教えてくれないか。何回やってもダメなんだ」

エリクがピリクの腕を見ると震えています。

「はい。じゃあ、僕が練習したことを話します」

エリクは、ピリクに微笑みました。

「ピリク、弓矢が上手くなるには腕を強くしなければならないんだ。腕が強くなれば震えなくなる。僕は毎日、腕立て伏せを三十回した。最初は腕が痛くなって、弓を引くことができなくなったが、一ヶ月もすると、痛みも消えて、震えも無くなった。君も試してごらん」

暗い顔をしていたピリクが、エリクを見詰めます。

「エリク先生も、そうやって上手くなったのですね」

「え~と~、上手くはならなかったが・・・ 卒業試験には合格することができたよ」

「僕は今、全然ダメなので、腕立て伏せをやります」

「そうか、エリクが腕立て伏せを毎日していたとは知らなかった」

ピリクの顔が明るくなりました。

 

すると、ヤリク先生が、

「実は、困っていることがあるんだ。生徒の中に泳げない子がいるんだ。確か、エリクも初めは泳げなかったよね」

「はい、僕も初めは泳げませんでした」

「なんで泳げるようになったのかね?」

「お風呂に入っていて気が付いたんです。お風呂のお湯なら大丈夫なのに、なぜプールの水だと駄目なのだろうかと。それで、水に慣れる為に、水の中で目を開ける練習から始めたのです」

「そうか! じゃあ、今から、その生徒に指導してくれないか。私もその方法を知りたい」

そう言うと、ヤリク先生はエリクを連れて、メリクという生徒のところへ行きました。

「メリク君、これからエリク先生が君に水泳を指導するから、いいね」

「先生、無理です。僕は色々な方法を試しましたが駄目なんです」

「メリク、僕も初めは全く泳げなかったんだけど、泳げるようになれた。僕がした方法を試してみない?」

「エリク先生も泳げなかったんですか?」

「そうだよ」

「みんなが泳げるのに、僕だけが駄目なのかと思っていました。その方法を教えて下さい」

「じゃあ、先ず初めは、洗面所に行って、水の中で目を開ける訓練から始めようか。たぶん、君は水の中で目を開けたことがないのだろ?」

「はい、ないです」

 

 エリクは洗面所に行くと、コップに水を溢れるまで入れて、そこに片方の目を付けて、両目でまばたきをしました。

「メリク、君もやってごらん。勇気を出してまばたきをするんだ。そして、少しずつ、水の中で長く目を開けるようにするんだ。水には片方の目を付けて、まばたきは両目でするんだよ」

メリクはエリクの真似をして、コップの水の中でまばたきをしました。

「わあ! 目が開けられる!」

メリクは歓声を上げています。

「君にもできるだろ! そして両方の目が開けれるようになったら、今度は洗面器に水を入れて、中に顔を付けてまばたきの訓練をするんだ。それができるようになったら、今度はお風呂に入った時に潜って瞬きをするんだ。そうやって、少しずつ水に慣れるんだ」

「エリク先生、僕、やってみます」

「そして、これができるようになったら、次は、呼吸をする訓練をするんだ。洗面器の外で口から息を吸って、洗面器の中で鼻から息を吐く。それに慣れたら、プールで練習すると良いよ。分からないことがあったら聞きに来てね」

「エリク先生、ありがとうございます」

「そうか、エリクは、こうやって泳げるようになったのか! 知らなかった!」

ヤリク先生はエリクの顔を見て微笑みました。

 

 エリクは色々な先生の授業に同席し、生徒の間を見て回り、頭を抱えている生徒がいるとアドバイスをし、時には、授業が終わった後に個別で教えたりもしました。

初めは、エリクを煩がっていた先生達も、できない生徒の成績が上って来ると、エリクを一目置くようになって来ました。そして、エリクの話を聞いて教え方を変える先生も出てきたのです。

 

 エリクは勉強だけでなく、悩みの相談もしたので、劣等生だけでなく優等生からも慕われるようになっていきました。

 

 そんなある日、エリクが校庭を飛んでいると一番成績の良いグリクが高速で飛ぶ練習をしていました。

『そうか、シュリクもああやって練習をしていたんだな。だからあんなに速いんだ。僕は練習をしなかった!』

エリクが感心して見ていると、

「エリク先生、私と競争しませんか?」

と、グリクに声を掛けられました。

「えっ! ぼ、ぼくは凄く遅いので、競争にならないよ・・・」

「じゃあ、私と練習しませんか。そうしないといつまで経っても遅いままですよ」

エリクは頬が赤くなるのを感じました。

『僕は、生徒にあれこれ指導しているのに、自分は何んの努力もしていないな』

「そうだね、君の言う通りだ。みんなに偉そうな事を言っている自分が努力しなければいけないね。よし、練習するぞ! ところで、どういう風に練習すればよいの?」

「スタート・ストップと言う練習です。この木と向こうの木の間を全速力で行ったり来たりするんです。全速力で飛んで、木の直前まで来たら急ブレーキを掛けるんです。それの繰り返し。なるべく木に近づいてからブレーキを掛けるようにするんですが、遅れると、木に激突しますから注意して下さいね」

「はい!」

エリクが始めようとすると、

「先生、準備体操をしないといけませんよ」

と、注意されました。エリクは、以前シュリクにも注意されたことを思い出してニヤリとしました。

『優秀な生徒は同じことを言うな』

 エリクは準備体操を始めたのですが、それだけで息を切らしてしまいました。

『これはいけない。最近は講義ばかりしていて、長い距離を飛ばないので、これぐらい息が切れる』

「エリク先生、大丈夫ですか?」

「大丈夫だけど、これは大丈夫じゃないな!」

「・・・意味が分からないのですが・・・」

『頭が固いのもシュリクと同じだ』

エリクはまたニヤリと微笑みました。

「大丈夫なんだけど、このくらいで息が切れるのは大丈夫な状態では無いな、という意味なんだけど」

「あ~、そうですか。二番目の『大丈夫』に主語と補語が無かったので理解できませんでした」

「・・・・・」

「先生、では、始めましょうか」

「はい!」

「私がやりますので、真似をして下さい」

グリクは、そう言うと、二本の木の間を物凄い速さで行き来しました。エリクは、それを見詰めていたのですが、余りの速さに目が回ってしまいました。

「では、先生もやってみて下さい」

「うっ、見ていたら目が回って、ふらふらする」

「大丈夫ですか」

「大丈夫じゃないけど、やってみるね」

「・・・・」

エリクは、グリクの真似をして始めたのですが、少しスピードを上げた時に木に激突してしまいました。

 

 エリクはエンジェル病院のベッドの上で目を覚ましました。ベッドの周りや病室の中、廊下まで生徒達で溢れかえっています。目を開けたエリクを見て、拍手が沸き起こりました。

 エリクは先生になって本当に良かったと思うのでした。

 

   【9】

 エリクは先生の仕事が楽しくて、あっという間に一学期が終わりました。

明日から夏休みになるという日、エリクは神様に呼ばれました。

「エリク、休みの間に何をするつもりかね」

「神様、まだ決めておりません。何しろ長期休暇というのは初めてのことですから・・・」

「確かにそうだな。恋人作りの仕事は年中無休だし、学生時代にはたくさん宿題があったし、それにエリクの場合は成績不良者の補習授業もあったしな」

「・・・・」

「そこで、相談なんだが。先生として頑張ったエリクに、特別ボーナスをあげようと思う」

「何ですか? お金を貰っても使い道がありませんよ」

「そうではない。エンジェル始まって以来のギネス級のヤツだ」

「ぼく、そういうの好きじゃないんですよね。ギネス級のヤツは、シュリクが適任だと思いますが・・・・」

「いや、シュリクにはできない、エリクにしかできないヤツだ!」

「どうせ、また、ヤバイヤツなんでしょ!」

「そうだ、今より良い先生になる為のヤバイヤツだ!」

「そもそも、良くなる為のヤバイヤツなんてありですか?」

「それはだな、えへん! 人間に化けて・・・・」

「神様、ちょっと待って下さい。まさか、人間の恰好をして、人間社会に入るんじゃないですよね!」

「その通りだ! さすが、エリクは感が鋭いな! 洋服を着て、普通の人間の恰好で、人間社会の中に溶け込んで暮らしてもらいたい。そして、その体験を生徒達に話してもらいたい」

「・・・・」

「できるかな?」

「できません! 背中の羽はどうするのですか? 洋服を着れませんよ!」

「それは、切ってしまえばよい」

「ええー! そんなことしたら、エンジェルじゃなくなってしまうじゃないですか! 嫌です! 絶対に嫌です!」

「心配するな。羽を無くすのは一週間だけだ。一週間が過ぎたら、また羽が生えて元のエンジェルに戻れる」

「神様、そういう問題ではないでしょ!」

「これは、命令だ」

「ひどい、ひどい、ボーナスの提案だったんじゃないのですか!」

「エリク、このプロジェクトはとても重要なものだ。羽を切ったり、辛いことも多いと思うが、引き受けてくれないだろうか?」

「ずるいー、あらたまって、そんな風に言われると断れないじゃないですか」

「そうか! やってくれるか! では早速、エンジェル理髪店に行って、羽を切って来なさい。洋服は、既に理髪店に届けてある」

「すごく手回しが良いですね! でも、羽を切ってしまったら、飛べませんよ! どうやって下に行くのですか?」

「あはははは、そうだったな、忘れていた」

「もうっ!」

「シュリクに助けてもらえ。それから、事前に話して置かなければならないことがある。人間の赤ちゃんは、エリクと同じように背中に目には見えない羽が生えて生まれてくるのだ。しかし、成長するに従って、羽は消えてしまう。そして人間の感情を持つことになる。それと同じ事が起きるので注意しなければならない。つまり、エリクが羽を切ると人間と同じ感情が芽生えてくるのだ」

「でも、今でも、喜んだり、怒ったり、悲しんだり、人間と同じ感情がありますが・・・」

「うむ、エリクが知らないエンジェルには無い感情があるのだ。恐れ、憎しみ、疑い、羨む、欲望、そして愛だ。それは凄く強い感情で、時として人間はそれによって心が一杯になってしまうこともあるのだ」

「ええっ! それ怖いな!」

「でも、大丈夫だ。また羽が生えた時、その心は消えてなくなる」

「じゃあ、羽が無い間は、人間から見えるようになるし、僕の心も人間になるのですね」

「そうだ。その通りだ」

「人間を体験するのも面白そうですね」

「果たして、そうかな? それは分からないぞ」

「嫌だな、神様、脅さないで下さいよ」

「あっ、悪かった。エリクならば大丈夫だ。優しい心を持っているので、きっと上手くいく」

「そうですか、では、やりましょうか!」

 

 エリクは理髪店に向かいました。

そこには既にシュリクが待っていました。

「先輩、プロジェクト担当、おめでとう御座います」

「ぜーん、ぜーん、嬉しくないんだけど」

「そうですか? でも、先輩でないと出来ない事だと、私は思っています」

「ありがとう、少しやる気がでたよ」

 

 理髪店のドアを開けて、ふたりは中に入りました。

「あっ、いらっしゃい! 神様から聞いています。エリクさん、ここにお座り下さい」

顔見知りの店主が出て来ました。

「宜しくお願い致します。あのー、痛くないですよね」

「大丈夫ですよ。昔はノコギリで切ったので、だいぶ時間が掛かったのですが、最近はレーザーを使うので一瞬です。この専用機械の中に羽を入れるだけで、あとは全て機械が全自動でやってくれます」

「羽を切る専用機械があるということは、羽を切るエンジェルがたくさんいるのですか?」

「いえ、極たまにですが、昔からいます」

「切る理由はなんなんですか?」

「私どもは理由を存知ませんが、色々とあるみたいで・・・」

「そうですか。では、宜しくお願い致します」

「それから、羽を切ると飛べなくなりますから注意して下さいね。そこに置いてある服を着たら、付き添いの方が後ろから抱きかかえて地上まで降りて下さい」

「シュリク、頼むね」

「分かりました、任せておいて下さい」

店主はエリクの背中に機械を当てました。スイッチを入れると、あっという間に羽は切り落とされました。

「えっ、もう無いの!」

「先輩、綺麗に無くなっていますよ」

「心配したけど、簡単だったね」

そして、エリクは、初めて人間の服を着ました。

「あ~ 凄く窮屈だ! これでは、体を自由に動かせられない!」

エリクは、うんざりし始めました。

「じゃあ、シュリク、地上まで頼むね。ところで、行き先を聞いていないんだけど・・・」

「私が、神様から聞いていますので、そこまでお連れします」

「どんなところ?」

「公園です。何でも、以前、先輩が行ったことがある所らしいですよ」

「どこだろう?」

シュリクは、エリクの後ろに回ると、エリクを抱きかかえました。

「では、飛びますよ」

「オッケー」

ふたりは飛び上がりました。

「先輩、重いですね」

「落とさないでよ!」

エリクは初めて『怖い』という気持ちを経験しました。

『そうか、これが神様が言っていた人間の感情なんだな。でも、これを他のエンジェルに伝えるにはどうしたら良いだろう』

 

 エリクが悩んでいる内に公園に到着し、木の陰に降り立ちました。そこは、以前、ハジメが子供にキャッチボールを教えていた公園でした。

「先輩、着きましたけど、私も暫くここにいましょうか?」

「ありがとう、大丈夫だよ」

「それでは、帰りますね。頑張って下さい」

「うん、頑張るね!」

シュリクは、心配そうに振り返りながら帰って行きました。

『大丈夫とは言ったけど、ぜんぜん大丈夫じゃ無いんだよな!』

エリクは辺りを見回しました。すると、近くのベンチにハジメとサチが座っています。ふたりは楽しそうに話しをしています。

『そうか、神様は、ぼくに幸せになったふたりを見せたくて、この公園を選らんだんだ。何か力が沸いて来たぞ』

エリクは暫くふたりを見ていました。

すると、また初めての感情が芽生えました。

『羨ましいって、これだな!』

エリクは、なぜか可笑しくなって微笑んでしまいました。

『人間って大変だな! さあ、どこに行こうかな?』

公園の隣にショッピングモールが見えます。

『そういえば、あそこの中に入ったことは無いな。人が多すぎて、弓矢が難しいからな』

エリクは中に入ってみることにしました。中は大変混雑しています。

『わあっ、凄い! 上手く歩けない』

普段は空を飛んでいて歩くことに慣れていないエリクは、人にぶつかって先へ進めません。その時、後ろから誰かに突き飛ばされました。

「痛い!」

「のそのそ歩くなよ!」

エリクを突き飛ばした男が捨て台詞を言って去って行きました。

エリクは、その男を睨み付けました。

そして、睨んでいる自分に気付きました。

『これが憎むか! 人間の世界に入って、まだ少ししか経っていないのに、もう三つも経験してしまった』

エリクは、とても悲しい気持ちになってしまいました。

『人間って、こうなんだ』

エリクは立ち上がると、人の少ない方へ歩いて行き、ひざまずくと、うつむいてしまいました。

「大丈夫ですか?」

耳元で優しい声がします。顔を上げると、車椅子に座った少女がエリクをのぞき込んでいます。

「大丈夫ですか? 怪我をしていませんか?」

「ありがとう、大丈夫です。怪我もしていないです。ただ、悲しくて・・・・」

「ひどいですよね、突き飛ばすなんて」

「いえ、違うんです。あの人を憎んだ自分自身が悲しくて・・・・」

「まあっ・・・・」 

少女は、涙を溜めたエリクの顔を見詰めています。

「あのー、私、母と買い物に来たのですが、通路が混雑していて、ここで待っているんです。もし宜しかったら、お話しませんか」

「はい」

「私、イズミと言います」

「ぼくは、エリクです」

「名前からすると、外国の方ですか?」

「いえ、違います。上の方です」

「上の方???」

エリクは、まずいことを言ったと慌てました。

「地球の上の方です」

増々まずいことを言ってしまいました。

「ああ、北国の方ですね」 

「そ、そんなところです」

「今日は、お買い物に来たのですか?」

「いえ、そこの公園で観察をしていたのですが、このモールが見えたので入ってみたのです。でも、こんなに混んでいるとは知りませんでした」

「災難でしたね」

「でも、少し人間が分かりました」

「・・・・ああ、確かにひどい人が居ますからね。私、足が不自由なので、色々と嫌な思いもしますが、だから嬉しいことが凄く輝くんです」

エリクは、不思議な気持ちに包まれました。それは、今まで感じたことのないものでした。

「あっ、お母さん」

「イズミちゃん、ごめんね。遅くなっちゃた」

たくさんの荷物を持った女の人が近づいて来ました。そして、少女の隣に立っているエリクを見て軽く会釈をしました。

「お母さん、突き飛ばされてころんでいたので、話し掛けちゃった。こちら、エリクさん」

「そうなの」

「では、ぼくは失礼します。ありがとうございました。お陰様で少し心が和みました」

エリクが立ち去ろうとすると、後ろからお母さんの声がします。

「あのー、もし宜しかったら、御一緒しませんか。この子も嬉しそうですし」

振り返ると、母親が微笑み、少女は頬を赤くしてエリクを見詰めています。

エリクは少女の瞳に釘付けになってしまいました。

「はい、宜しくお願い致します」

エリクは、どう答えて良いのか分からず、変な返事をしてしまいました。

「エリクさん、中庭まで行ってみませんか。遊園地があるんですよ」

エリクは、以前、助けた親子のことを思い出しました。

「そうですか、ぼくは遊園地に入ったことが無いので、行ってみたいです」

「・・・遊園地に・・・ないのですか・・・」

「あっ、荷物を持ちましょうか?」

「もし宜しければ、車椅子を押して頂けますか?」

「はい」

三人は中庭に向かいました。

エリクは、車椅子の重みが腕を伝わって幸せに変わるのを感じました。

 

 中庭に着くと、真ん中にメリーゴーランドがあります。オルゴールを響かせて回っています。エリクがそれを不思議そうに見ていると、

「エリクさん、メリーゴーランドは初めて?」

「あっ、はい。上から見たことはあるのですが、中を見るのは初めてです」

「・・・・では、一緒に乗ってみませんか」

「は、はいっ!」

「車椅子では乗れないので、私を抱っこして中に入れてくれますか」

「はい」

「私、重いですよ」

エリクは、少女を椅子から持ち上げて抱っこすると、メリーゴーランドの中へ入って行きました。首に回った少女の腕を感じ、しっかり支えたいという気持ちが力に変わります。

「どれに乗りますか?」

「あのカボチャの馬車がいいな。一緒に乗りましょ」

「はい」

ゴトンという振動を発してメリーゴーランドが動き始めました。

エリクは、その衝撃が何か新しい世界への合図のような気がしたのでした。

 

 

 少女は母親の前を通る度に手を振っています。エリクも手を振ってみたのですが、なぜか照れてしまい、ぎこちなくなってしまいました。母親は、そんなふたりを嬉しそうに見詰めています。

 メリーゴーランドから降りると、母親が話し掛けてきました。

「娘のあんな楽しそうな顔、久しぶりに見ました。もし、宜しかったら、私の家でお茶でもどうですか」

エリクは、ちょっと悩みましたが、この少女と一緒に居たいという気持ちが強かったのです。

「はい、それでは、お言葉に甘えて、少しだけお邪魔させてもらいます」

 

 三人は車に乗ると、少女の家へ向かいましいた。エリクは車に乗るのは初めてです。楽しそうに外を眺めるエリクを少女は微笑んで見ています。

 

 少女の家は、車椅子で入れるようになっていました。

家の中に入ると、中から子犬が勢い良く跳び出して来てエリクに吠え付きます。

「ワン、ワン、ワン、ワン・・・・・」

「エリクさん、ごめんなさい。チャムちゃん、どうしたの? あなたが吠えるなんて珍しいわね。お客様だから静かにしなさい」

その犬はエリクの臭いを嗅ぐと、胡散臭そうな顔をしてエリクの顔を見ました。エリクは子犬にウインクして、

「きっと、他の人と違う臭いだからと思います」

「本当にごめんなさいね」

「大丈夫です、気にしていません」

子犬は部屋から出されましたが、外でも吠え続けています。

『ブルリク、聞こえる? 助けてよ!』

暫くすると犬は静かになりました。

『ブルリクが来てくれたんだ!』

 

エリクがほっとして、ソファーに座っていると、母親がお茶と御菓子を持って部屋に入って来ました。

「今日は、ありがとうございました。この子も凄く喜んでいます」

「こちらこそ、凄く楽しかったです。遊園地があんなに楽しい所だと知りませんでした」

「エリクさんは、御両親と遊園地に行ったことは無いのですか?」

「はい、私に両親はおりません」

「ごめんなさい、失礼なことを聞いて・・・」

「大丈夫です。両親はいませんが、神様がいますので」

「・・・そうですか、それは素晴らしいですね!」

そう言うと母親と少女は顔を見合わせて微笑みました。

「お口に合うかどうか分かりませんが、召し上がってください」

エリクは、ギクリとしました。エンジェルは食べ物を取らなくてもよいのです。ですから、これが初めての体験です。

「では、頂きます・・・・(ゴホン、ゴホン!)」

ケーキが喉を通った瞬間、むせてしまいました。

「あっ、飲み物を・・・」

「あ~、驚いた! でも、凄く美味しいです」

「それは良かったです」

三人は顔を見合わせて笑いました。

エリクは人間の家庭の幸せを感じていました。

 

 お母さんが台所に去って、少女とふたりだけになると、なぜかぎこちない雰囲気になりました。そこで、エリクは、エンジェルでの体験談を物語り風にアレンジして話し出しました。少女は椅子の上で笑い転げています。

すると突然、

「もしかして、エリクさんは、本当はエンジェルなの?」

エリクは、ギクリとしましたが、エンジェルは嘘をついてはいけないと神様に言われたことを思い出して、

「はい、エンジェルです」

と、答えると、

「そうですね、私のエンジェルです」

と言って、少女がエリクを見詰めました。

エリクは、今まで感じたことのない感情に包まれました。

『これが愛なのかもしれないな!』

 

 エリクは少女の家を後にすると公園のベンチに座り、何か分からない感情が体中を駆け巡るのを感じながら夜空を見上げ続けました。

 

 神様がくれた一週間のボーナスは、あっという間に過ぎて行きます。

昼間は少女と話したり、買い物に行き、夜は近くの教会で寝ました。

 

 

 そんなある日、少女がぽつりと話しました。

「私、昨夜、夢を見たの。自由に空を飛んでいるの。素敵だった! 夢が叶うといいんだけど・・・・、歩くこともできないのに、ダメよね」

「・・・そんなこと無いよ。きっと叶うよ」

「ほんとに!」

エリクは微笑みながら深くうなずきました。

 

 そして、とうとう最後の日が訪れました。

エリクは少女に、告げなくてはなりません。しかし、今の生活に比べると、エンジェルの世界は無味乾燥です。

しかし、戻らなければなりません。

 

エリクは、少女の前にひざまずくと、

「僕は、遠いところに行かなくてはならないんだ」

「行っちゃいや! 行かないで!」

「・・・・」

困っているエリクの姿を見ると、少女は声を落としました。

「どこに行くの?」

「それは言えないんだけど、僕はいつも君の空の上に居るよ」

「そう、じゃあ、悲しく無いわね。あなたは、本当のエンジェルなのね」

涙がこぼれ落ちています。

エリクは人の手を初めて握りました。柔らかい暖かさが体に伝わり、エリクの目にも涙があふれてきました。

空を見上げて悲しみをこらえている少女を見詰めながら、エリクは離れて行きました。

 

 エリクが少女から見えなくなると、エリクの背中に羽が生え始め、暫くすると元のエンジェルに戻りました。

エリクは急いで神様の元へ昇りました。

「神様、今、戻りました」

「人間の世界はどうだったかな?」

エリクは、それには答えず、うつむいていました。そして、顔を上げると、

「神様、お願いがあります」

「エリク、急に何だね?」

「僕をまた人間の姿にして下さい」

「どうして人間の姿になりたいのだ?」

「それは・・・ その・・・・」

「ははーん。あの少女を愛してしまったのだな。上から見ていて危ないなと思ったのだ。人間の心を知ってしまったか・・・・」

「お願いです、心の中が愛で一杯で、もうエンジェルの仕事をすることができません」

「それは困ったな。エンジェルに戻っても愛の心は消えなかったか!」

神様は少し考えていましたが、静かに口を開きました。

「エリク、エンジェルのままで人間の姿を続けることはできないが、本当の人間になることはできるぞ」

「えっ! 本当ですか!」

「但し、一度人間になったら、二度とエンジェルには戻れない。永遠の命も失われ、人間と同じ様に歳をとって死ぬことになる。そして、一番の問題は、エンジェルだった時の記憶が失われるのだ。自分の名前以外の記憶が無くなるのだ」

「あの少女のことも分からなくなるのですか?」

「そうだ。それでも人間になりたいか?」

エリクは暫く考えていましが、

「はい、それでもいいです。人間にして下さい」

と、神様を強く見詰めました。

「・・・・困ったもんだな・・・・ わしは、エリクがエンジェルのままで居て欲しいのだが・・・・」

「ごめんなさい。お願いします」

「後悔しないか?」

「神様、記憶がなくなるんでしょ。ならば後悔はしないですよ」

「確かにそうだな。そんなに愛してしまったのか・・・・ 人の愛は怖いな」

 

 神様は、少し考えたあとにシュリクを呼びました。そして、エリクの決心を伝えると、最後に耳打ちをしました。

「先輩! 本当に良いのですか?」

「少し心配なこともあるけど、決めたんだ!」

「そうですか。大丈夫ですよ。私がそばに付いていますから」

「ありがとう。頼むね!」

「任せといて下さい。あとで、先輩と彼女とワンちゃんにギネス三本矢を命中させますから。あっ、いけない、しゃべっちゃた」

「かみさまー・・・ ありがとうございます。これで安心です。シュリク、失敗しないでね!」

「それは先輩でしょ」

笑い声が響き渡りました。

 

「ところで、神様、人間になる前にひとつして置きたいことがあるのです」

「それは何だ?」

「それは・・・秘密です」

「わしにも言えないことか?」

「はい、お許し下さい」

そう言うと、エリクは飛び上がりました。

そして、少女のもとへ向かいました。

 

 少女は空を見上げて悲しそうにしています。

エリクは、そっと少女に近づくと、後ろから抱き上げ、そのまま空へ飛び上がりました。

「あっ! 私、飛んでいる!」

少女は叫びます。

「なんて素敵なの! 夢が叶った!」

エリクは黙って飛び続けます。

「見えないけど、あなたはエリクさんね!」

「・・・・」

「だって、私の夢を知っているのはエリクさんだけだもの」

 

エリクは微笑みの中に湧いてくる涙を振り払いながら、少女を抱きしめて飛び続けたのでした。

 

(おわり)

 

欧州アンティークを集めるのが趣味で色々と購入しているのですが、

その中にお気に入りのエンジェル像があります。

じーっと見詰めていたら、話し掛けてきました。

 

******************************

 

     【1】

 エリクは恋人を作るエンジェルです。

しかし、エリクは弓矢があまり上手ではありませんでした。

そもそも恋人を作る方法は、あらかじめ神様がお決めになった二人に向かって、二本の矢を同時に放ち、二人に同時に当てなくてはなりません。

ところが、エリクは時々失敗して、放った矢が違う人に当たってしまうことがあるのです。

一本ずつ矢を放つ方法もあるのですが、それだと二本の矢の間に時間ができてしまう為に、別の人を好きになったり、片思いになってしまうことがあるのです。

ですから、最近では同時に二本の矢を放つようにしているのです。

 

神様はエリクが失敗するたびに言いました。

「やれやれ、エリク、またやったのか!」

「ごめんなさい。手元が狂っちゃって」

「しょうがないな。書類を書き直しておくから、二度と失敗しないように」

「はい」

神様は溜め息をもらしながら『運命の出会い書』を修正しました。

 

 そんなある日、エリクは神様から渡された書類に書いてあった公園に行き、恋人になる予定の二人を待っていました。

「遅いなー。ここを通ることになっているんだけれど、どうしたんだろう」

エリクは木の枝に腰かけて待っていたのですが、イライラしていたので近くに蜂の巣があることに気が付きませんでした。

しばらくすると、書類に書いてあった二人が別々の方向から歩いて来ました。

「よし! あの二人だな!」

エリクは二本の矢を取り、弓に仕込むと狙いを付けました。

その時、弓の先が蜂の巣に触れてしまいました。

蜂がいっせいに巣から飛び出して来ました。そして、エリクの体をチクンと刺したのです。

「痛い!」

エリクは、その痛さに驚いて矢を放ってしまいました。

「しまった! 矢が違う所へ飛んで行く!」

エリクは慌てました。

一方の矢は、狙った人を外れて近くにいた女の子に当たり、

そして、もう一方の矢も狙った人を外れて茂みに隠れていた犬に当たってしまいました。

エリクは、青ざめました。

「どうしよう! 子供と犬に当たってしまった!」

エリクは、蜂に巣に戻るよう命じると、急いで子供のところに飛んで行きました。人間にはエリクの姿は見えません。子供は犬の方へ歩いて行きます。

そして、茂みに隠れていた犬に出会いました。

「ワンちゃん、どうしたの?」

「ワン!」

「首輪を付けていないし、それに凄く汚れているからから捨犬かしら」

犬は子供の足に頬を付けてシッポを振っています。

「こんなに痩せちゃって、可哀そうに。お腹が空いているのね」

「ワン!」

「そう、分かったわ、私の家に行こうね」

子供が歩き出すと、犬は子供に付いて行きます。時々、子供の顔を見ながらシッポを振っています。そんな時、子供は犬の頭を撫ぜてあげています。エリクはそんな姿を嬉しく思いながら付いて行きました。

 

 ほどなく、子供の家に着きました。

「お母さん、ワンちゃんを拾っちゃた」

お母さんが飛び出して来ました。

「ミホちゃん、いったいどこで拾ったの! 汚い犬ね! もと居た場所に置いてきなさい」

「お母さん、そんなこと言わないで! この子、お腹空かして、こんなに痩せているの!」

ミホちゃんは、涙を浮かべています。

エリクは、自分が失敗したことも忘れて、お母さんを睨み付けました。

犬は、泣いているミホちゃんを心配そうに見詰めています。

「じゃあ、ごはんをあげたら、返して来なさい」

そういうと、お母さんは台所に行き、大きな器にご飯を入れてからお味噌汁を掛けて持って来ました。

「これをあげなさい。食べ終わったら、連れて行くのよ」

「・・・はい・・・」

ミホちゃんは、弱々しく返事をします。

犬は、ごはんをぺろりと食べてしまいました。

「まだ、お腹空いているのね。もう少し持ってくるね」

そう言うと、ミホちゃんは家の中へ入り、自分のオヤツのビスケットを持って来ました。

「ワンちゃん、これ食べて」

犬はミホちゃんの顔を見ながら食べています。ミホちゃんは犬の頭を撫ぜながら泣いています。

 犬が食べ終わると、ミホちゃんは歩き出しました。涙で道がぼやけて見えます。犬は後ろをとぼとぼと付いて行きます。エリクも肩を落としてふたりの後を付いて行きました。

 

 犬がもと居た場所に着くと、ミホちゃんは犬を抱いてしゃがみ込んでしまいました。

「拾ってあげれなくて、ごめんね、ごめんね」

辺りは暗くなってきましたが、ミホちゃんは動こうとはしません。

エリクは、どうしたら良いか分かりませんでした。

「僕の責任だ。どうしよう。そうだ、神様に相談してみよう!」

エリクは急いで天に昇って行きました。

エリクは神様の前に出ると恐るおそる、

「神様、困っているのです」

「ああ、分かっているよ! また失敗したな!」

「ごめんなさい」

「まったく、困ったもんだ。上から見ていたわい。よりによって、子供と犬に当てるとは。ところで、相談は何だ」

「あのー・・・ 犬を飼ってあげられるようにすることはできないでしょうか。子供と犬を恋人にしてしまったので・・・」

「できなくもないが・・・・ しょうがない、それでは、お母さんと犬も恋人にしてしまいなさい。人間の世界で『二股掛ける』と言われている方法だ!」

「ええっ!」

「本来は使用禁止だが、今回は犬なので特別に許す。今度は撃ち間違えるなよ!」

「はい、分かりました。ありがとうございます」

エリクは、急いでミホちゃんのところに戻りました。ミホちゃんは、まだ犬を抱えて泣いています。辺りは暗くなっています。

「はて、困ったな! お母さんがここに来てくれないと矢が打てない」

エリクは暫く考えていましたが、にこりとほほ笑むと、ミホちゃんの家に飛んで行きました。

家では、お母さんが、ミホちゃんが帰ってこないので心配しています。

エリクは、にやりと笑って、お母さんの耳元へ飛んで行き、ささやきました。

『犬を返してこいと言ったので、優しいミホちゃんが悲しくなって家出したかも』

お母さんの顔が見るみる青くなります。

「ミホを捜しに行かなければ!」

エリクは、また、にやりと笑って、ささやきました。

『いつも遊んでいる公園にいるかも』

お母さんは、急いで家を跳び出しました。

そして、公園まで来ると、犬を抱えているミホちゃんを見付けました。

お母さんは、しばらくミホちゃんを見ていましたが、静かに近づいて行きました。

エリクは、二本の矢を弓に仕込むと、ここぞとばかりに、お母さんと犬に狙いを付けます。

『神様、お願いです、当てさせて下さい』

エリクが祈りながら矢を放そうとした時、お母さんが犬の頭を撫ぜながら話し出しました。

エリクは手を止めます。

「お母さんも子供のころに猫を拾ったことがあるの。でも、家で飼うことができなかった。とっても悲しかった。このワンちゃん、飼ってあげようね」

「お母さん、ありがとう」

親子は寄り添って犬と一緒に帰って行きました。

 その後ろ姿を見送りながら、エリクは自分の弓矢よりも強い力を感じていました。

 

     【2】

 エリクは、神様の命令で、また恋人作りに出かけることになりました。

『この前、大失敗をしてしまったから、今日はしっかりしなくっちゃ!』

エリクは、そうつぶやくと、空に舞い上がりました。

しばらく飛んで行くと、男の子が公園のブランコに座って泣いています。

エリクは、一旦は通り過ぎましたが、どうにも気になって戻って来ました。そして、ブランコの前に浮いて、男の子の様子を見ることにしました。もちろん、人間にはエリクの姿は見えません。

しばらくすると、お母さんらしき人が男の子に近づいて来て隣のブランコに座りました。そして男の子に話し掛けました。

「タマちゃん、見付からないね。どこにいっちゃたんだろね」

「僕がいけないんだ。ちょっと勉強の邪魔をしたからって、あんなに怒って。タマちゃんは、きっと遊んでもらいたかったんだ。それなのに怒ったりして。きっとすごく悲しくて、僕が嫌いになって家を出て行ったんだ」

「嫌いになってなんかいないわよ、だいじょうぶ、きっと戻って来るから」

「ほんとに? でもこんなに捜しても見付からない。今ごろ、お腹を空かしているよ。寂しくないだろうか。子猫の時に拾って、一回も家の外に出たことがないから、車にはねられていないだろうか・・・ お母さん、ぼく、どうしたらいいの?」

「タマちゃんが無事なことを、お母さんと一緒に神様にお願いしましょう」

エリクは、それを聞いてピクンとしました。

『神様にお願いするんじゃ、このまま放って置けないな! 僕が一肌脱ぐか! 恋人作りは後でもいいや。それにしても、逃げ出したのは、いったいどんな猫ちゃんなんだろ?』

「もう一回捜してみようか」

お母さんは、そう言うと立ち上がりました。子供もしょんぼりと立ち上がりました。

エリクは二人の後を付いて行くことにしました。二人は公園の茂みを捜したあと、周りの道路を捜しています。でも見付からないようです。

そのうちに、辺りはだんだんと暗くなってきました。

「お母さんは、食事の支度をしなければならないから、お家に戻るね」

「僕、もう少し捜してみるよ」

「暗くならないうちに家に戻るのよ。タマちゃんもお腹が空いたら家に戻って来るかもしれないから」

「うん・・・」

子供は、元気なく答えました。

エリクは、どちらに付いていこうか迷いましたが、お母さんに付いて行って、タマちゃんの写真を見ることにしました。

お母さんは、エリクが付いて来るとは知らずに、家へ向かっています。

家に着くと、エリクはお母さんの耳元でささやきました。

「タマちゃんの写真を見て、神様にお願いするのがいいかも」

お母さんは、顔を上げると、飾ってある写真を取り上げました。そこには笑顔の子供と猫が写っています。

『ははーん。これがタマちゃんだな』

エリクは、写真に写っている三毛猫の姿を覚えました。

お母さんは、写真を両手の間にはさんで、真剣に祈っています。

「神様、どうかタマちゃんが無事に戻って来ますように。お願い致します。お願い致します。マサシがかわいそうで見ていられません」

エリクは、お母さんの言葉を聞いて、

『お母さんは、子供と猫の両方を心配しているのだな。かわいそうに、つらいだろうな。これは、何としても、僕が捜し出してあげなくては!』

エリクは急いで子供のところに戻りました。子供は泣きながら猫を捜しています。

その時、エリクを呼ぶ神様の声がしました。

『まずい、神様に仕事をしていないことがバレたか!』

エリクは急いで、神様のところへ昇って行きました。

「神様、ごめんなさい。あの、僕・・・」

「上から見てたわい」

「子供とお母さんを助けたくて・・・」

「なら、なぜ、早くわしの所へ来ない」

「はあ~、仕事をさぼっていると怒られると思って」

「エリクは、いつも問題を起こすので、慣れているわ。ところで、どうやって助けるつもりなのかね?」

「それが・・・ 正直なところどうしたらよいか分からないのです」

「やはりな。では、よい方法を教えよう」

「本当ですか! 神様、ありがとうございます」

「実は、エリクが使ったことのない、別の矢があるのだ」

「恋人を作る矢ではなくて?」

「そうだ! 普段はあまり使わないのだが・・・ 別れた恋人達を再会させる矢だ」

「そんなのがあるんですか!」

「ただし、使い方がちょっと難しくて、色々と条件があるので、あまりうまくいったことがない」

「それを使ってみたいです。神様、僕に教えて下さい」

「うーん、まあいいだろ。教えてあげよう」

「ありがとうございます」

エリクは身を乗り出しました。

「恋人を作る時と同じように二本の矢を弓に掛けて、一本は近くにいる片方の恋人に、他の一本は空に向かって同時に射るのだ。そして、一本が片方の恋人に命中したのを見届けたら、急いで空に放たれた矢の後を追うのだ。その矢は、別れた恋人のところに飛んでいく」

「それで、タマちゃんの居場所が分かるんだ!」

「ただし、条件が三つある。一つは、相手が今でも好きでいてくれること。二つ目は、別れたことを二人とも後悔していること」

「そうか・・・ もし、タマちゃんがマサシのことが嫌いになっていたら、だめなんだ」

「そう、空に放たれた矢は消えてしまい、二人は二度と会うことはない」

「二度と会えないの?」

「そうだ!」

「神様、三つ目の条件は何ですか?」

「これが厄介で・・・ 矢を放った者が、二人を引き合わせなければならない。つまり、エリクが、それをしなければならない。どうだ、出来るか?」

「引き合わせるって・・・ 何をしたらいいんですか?」

「エリクが、タマちゃんのところに行って、家へ帰るよう説得することになる」

「なんか、手こずりそう」

「では、どうする? やるなら、矢を渡すぞ」

エリクは、ちょっと悩みましたが、泣いている子供の顔と、真剣なお母さんの顔を思い出しました。

「神様、その矢を僕に下さい!」

「わかった、失敗するなよ」

「はい! 神様も祈ってて下さい!」

「はあっ? わしは神だぞ。一体、誰に祈ったらいいんだ?」

「えーとっ、神様のお父さんにでも・・・」

「わしに親はいない! つべこべ言っていないで、早く行く! まったく、もう!」

「はい!」

エリクは、急いで子供のところに戻りました。子供はまだ泣きながら猫を捜しています。エリクは、神様からもらった二本の矢を弓に掛けると、一本は子供を狙い、もう一本は空に向けました。そして、息を止めて、矢を放ちました。

矢は子供に命中しました。エリクは急いで空に放たれた矢の後を追いかけます。エリクは祈りました。

『どうぞ、タマちゃんが、まだマサシのことを好きでいますように! 家出したことを後悔していますように!』

矢は空へとぐんぐん上がって行きます。

『変だな! 矢が落ちない! あれっ、矢が少し透明になって来た!』

エリクは焦りました。

『どうしよう! このまま消えてしまったら、二人は二度と会えない! タマちゃん、マサシのことを信じて! 神様! お願いです! 助けて下さい!』

すると、消えかかっていた矢が段々と濃くなってきて下へ落ち始めます。

『よかった! 神様が助けてくれたんだ!』

矢はどんどん地面に落ちて行き、隣町の公園にいる猫に命中しました。

『ははーん、これがタマちゃんだな! さっきの写真の猫と同じだ』

エリクが猫の近くに行こうとした時、女の人が近づいて来ました。

「ネコちゃん、さあ、ごはんを持って来たわよ。たくさん食べてね」

そう言うと、女の人は、猫の前にお皿を二つ置きました。中には、キャットフードと水が入っています。

『ははーん、タマちゃんは、この人に優しくしてもらっていたんだな。だから、矢が消えかかったのか!』

タマは、ごはんを食べ始めました。

「ネコちゃん、迷子になっちゃったの? それとも捨てられたの? 困っちゃたな! 私が住んでいるアパートは動物を飼ってはいけないし・・・」

女の人は、タマの体を優しく撫ぜていましたが、

「そうだ! もし、このまま飼い主が見付からなければ、明日、私の実家にあなたを連れて行くから、だいじょうぶよ。今夜はここにいてね」

と言って帰って行きました。

『これは、まずいことになった!』

エリクは焦りました。

『今夜中にどうにかしなければ! でも、タマちゃんの心が変わらないままで、僕が連れて帰るのは良くないし・・・』

エリクは、しばらく考えていましたが、にこりとほほ笑んで飛び上がりました。

 エリクは、マサシの家へ向かいます。途中、泣きながらお母さんと家に帰って行くマサシの姿を見付けました。

「タマちゃんを見付けたから、すぐ会わせてあげるね」

エリクはささやきながらマサシの近くを飛びました。マサシは声がした方を見ましたが、エリクの姿は見えません。

エリクは、マサシの顔がほんの少しだけ明るくなったような気がしました。

 

 エリクは、夜中になるのを待ちました。マサシの家族が寝床に入ると、エリクは、先ずお父さんの耳元に行きました。そして、神様の声を思い出して、偉そうにささやきます。

「エ、エヘン! 私は神様だ。タマちゃんは隣町の公園にいる」

次に、お母さんの耳元に行き、優しくささやきます。

「私は天使です。タマちゃんは隣町の公園にいます」

最後に、マサシの耳元に行くと、手を頬の所で曲げて、猫をまねてささやきました。

「タマだよ。隣町の公園にいるニャッ。迎えに来てくれないと、ほかの人の家にもらわれちゃうニャッ!」

それを聞いた瞬間、マサシは跳び起き、お母さんのところへ跳んで行きました。

「お母さん! タマちゃんが、隣町の公園にいる!」

お母さんも跳び起きると、

「お母さんも天使様から聞いた。夢かと思っていたの!」

すると、お父さんも跳び起きて、

「私も、神様から聞いた!」

エリクは、にやりとしました。

三人は、直ぐに隣町の公園に向かいます。エリクも後を付いて行きます。

公園に着くと、三人はタマを呼びながら捜し始めました。そのようすをタマは茂みから見ています。

エリクはタマの隣に降りると、

「タマちゃん、マサシは泣きながら、ずっとタマちゃんのことを捜していたんだよ。ほら、あんなに目が赤いだろ! 家に帰って、またマサシの勉強を邪魔してやんなよ!」

と話し掛けました。

タマはエリクの話を首を傾げて聞いていましたが、マサシをしばらく見詰めると、大きな声で叫びました。

「にゃあん!」

それを聞いたマサシが跳んで来て、タマを抱きしめます。

「ごめんね、ごめんね、ごめんね!」

エリクは、それを見届けると空へ舞い上がりました。

 

 エリクがにこにこして飛んでいると、エリクを呼ぶ神様の声がします。エリクは、きっと褒めてもらえるのだと思い、神様のところに浮き浮きして昇りました。

すると、

「エリク! ちょっとこっちへ来い!」

神様は怒っています。

「えっ、どうしたのですか? 神様・・・」

「さっき、嘘をつかなかったか?」

「えーと、と、と、と・・・・・ あれ聞いていたのですか!」

「エンジェルが嘘をついてどうする!」

「嘘も方便で・・・」

「それは、人間のすることだ!」

「ごめんなさい。二度と神様のまねはしません」

「まったく! わしはあんな変な声はしとらんぞ! まあ、今回だけは許してやろう」

「ありがとうございます。ところで神様、さっき矢を追っかけて行った時、消えそうになった矢が、また見えるようになりましたが・・・ 神様が助けてくれたのですか?」

「そうだ! しかたがないから、祈ってやった」

「一体、誰に祈ってくれたのですか?」

「猫神さまにだ!」

「・・・・」

「猫たちのことは、彼の担当だからな」

「(ぷっ!)」

 

     【3】

 何日かして、エリクがひと仕事終わって次の仕事に行こうとした時、神様の呼ぶ声がしました。

『あれっ、また失敗しちゃったかな? 今度はうまくいったと思ったのに!』

エリクは、急いで神様のもとへ昇りました。

「ごめんなさい、神様」

「エリク、何かまたやらかしたのか?」

「いえ、その・・・・ 呼ばれたので、先に謝ってしまおうと思って・・・・」

「間違ったことをしていないのに謝るのは良くないぞ」

「では、失敗したんではないのですね。あー、良かった!」

「まあ、常習犯だからな」

「・・・・」

「ところで、エリクに頼みたいことがある」

「神様、なんですか、あらたまって」

「実は、新入りのエンジェルを教育して欲しいのだ」

「僕がですか!」

「そうだ。名前をシュリクと言う。天使学校を一番で卒業した」

「ええっー、一番ビリですか!」

「何を言っとる、上から一番だ」

「ええええっー、そんなエンジェルを、なぜ、僕が教育するんですか」

「確かに、天のみんなは反対したが、私が決めた」

「神様、許して下さい。僕には無理です」

「いや、おまえでなければならない。これは命令だ」

「はいっー・・・ 命令ならば・・・」

「今、シュリクを呼ぶから、待っていろ」

エリクは、これはたいへんなことになったと思いました。エリクの天使学校での成績はビリに近かったのです。

『これは、困った。どういうふうに教育すれば良いのだろう???』

そう、エリクが悩んでいると、キリリとしたエンジェルが昇って来ました。

「神様、シュリクでございます。遅くなりまして申し訳ございません。」

『ぜーんぜん、遅くないけど! 僕なんかより早い。それに、あの話し方、さすが優等生だな!』

エリクが、ポカーンと口を開けてシュリクを見ていると、

「シュリク、こちらがエリクだ。今日から、君の教育係だ。しっかりと指導を受けるように」

「はい、神様。シュリクは、精一杯努力する所存でございます。エリク様、よろしくお願い申し上げます」

「は、はい! こちらこそ、よ、よろしく、お、お願い申し上げ・・・・」

エリクは使ったことのない言葉なので、しどろもどろになってしまいました。

神様は、そんなエリクを横目でニヤリと見ました。

「それでは、エリク、頼んだぞ! さあ、すぐに始めなさい」

エリクは、うらめしそうな目で神様を見ましたが、神様は知らん顔をしています。

「エリク様、お願いいたします。では、神様、行って参ります。レポートは、毎日、お送りいたします」

『ええっー、毎日、レポートを書くんだ! これじゃ手を抜けないぞ!』

エリクは、シュリクに促されて、しぶしぶ神様のもとを離れました。

 

「エリク様、何から教えて頂けますでしょうか?」

「シュリクさん、その、エリク様はやめて欲しいんだけど」

「では、どうお呼びいたしましょうか」

「エリクと呼び捨てでもいいし、エリクさんでもいいけど・・・・」

「それでは、ご命令ですので、エリクさんにさせていただきます」

「はあ~・・・、じゃあ、ぼくはシュリクと呼び捨てにするよ、いいかな?」

「いかようにも」

「はあ~・・・」

エリクは、たいへんなことになったと思いました。取り合えず、弓矢を教えようと思い、シュリクに話し掛けました。

「僕は弓矢が苦手なんだけど、シュリクは得意なの?」

エリクは、言ってしまってから、しまったと思いました。一番の生徒だから、下手なはずはありません。

「はい。大会でいつも優勝しておりました」

「へー、そーなの、すごいね・・・」

「私は、三本の矢を同時に放ち、三つの的に命中させることができます」

「えっ、三本も! そんなこと初めて聞いた!」

「私が初めて成功させました。それで、エンジェルギネスに登録されました」

エリクは感心しましたが、心の中で思いました。

『それ、いったい何に使うのだろう? 三人を恋人にしたら三角関係になって、あとで困ったことになるんじゃないのかな?』

エリクは笑いがこみ上げてきましたが、それをシュリクに見られないように言いました。

「じゃあ、弓矢の勉強はいらないね」

エリクは、次に何を教えたらよいのか悩みました。

『どうせ、僕より、全て上手なのだろうから。なんで神様は、こんな優等生の教育係に、僕を選んだんだろう。こっちが教えてもらいたいぐらいだわ』

エリクは悩んでいる顔を見られないように飛びながら、シュリクを街に連れて行きました。そして、袋から書類を出して話しました。

「シュリク、あれが街だよ。あそこで、この書類に書いてある恋人を作るんだ。今日は、あと一組作ることになっている」

「では、エリクさん、時間がありません、急ぎましょう」

「はいっー」

 

 ふたりが決められた場所に向かって飛んでいると、エリクの耳に子供の泣く声が入ってきました。エリクが下を見ると、ふたりの子供が泣いていて、近くでお父さんとお母さんが地面を捜して回っています。

エリクは、シュリクに、

「ちょっと見て来るから、ここで待ってて」

と言うと、親子の近くに降りて、浮きながら様子をみました。

お父さんはうろたえていて、

「どこに落としたんだろう。ホテルを出る時、胸のポケットにいれたんだけど」

子供が泣きながら聞いています。

「パスが無いとデイリーランドに入れないの?」

お母さんもうろたえています。

「そう、予約制だから入れないの。ホテルと警察に電話したけど、届いていないの。誕生日旅行なのに、ごめんね」

「あー、どうしよう。今日は入園の締切時間になってしまった。このまま見付からないと、明日も入ることができない」

子供達は、それを聞くと、一層大きな声で泣き始めました。エリクは、親子がかわいそうになり、いっしょに周りを捜し始めました。すると、シュリクが、青ざめて降りて来ました。

「エリクさん、何をしているのですか。時間に間に合いませんよ!」

「でも、このまま、親子をほっておけないよ」

「何を言うのです。落したのは、お父さんの責任です。これは、私達の仕事ではありません!」

「それはそうだけど・・・困ったな! そうだ、恋人作りの方は、シュリクひとりで行って来てよ」

「えー、そんなことしていいんですか! 私はまだ見習いですよ! 神様に怒られませんか!」

「でも、僕は行けない。シュリクならば、僕よりも上手くできるよ」

「あー、わかりました。書類を貸して下さい。もし、あとで神様に怒られたら、責任とって下さいね!」

「わかった、わかった」

シュリクは、書類を受け取ると、すごい速さで飛んで行きました。

『シュリクは、あんな早く飛べるんだ。僕の倍くらいの速さだ。すごい!』

 

エリクは、必死で探しましたが、辺りは暗くなってきて探すことが出来なくなりました。

親子は、

「ホテルにあるといいが・・・」

と言いながら、肩を落として帰って行きます。エリクは、ホテルの部屋まで付いて行きましたが、パスはありませんでした。

 

 エリクが宿舎に戻ると、シュリクが呆れた顔をして近づいて来ます。

「パスは見付かりましたか?」

「いいや」

「そうですか。くたびれもうけでしたね。私の方は、上手く行きました」

「ありがとう。シュリクさんがいて、本当に助かった。恩に着るよ」

肩を落とすエリクを、シュリクは不思議そうに見ていました。

『何で、あんなに、あの親子のことを心配するのだろう?』

エリクは祈りました。

『パスが見付かりますように。そして、明日、子供達が笑顔になれますように』

 

 エリクが、悩みながら膝を抱えて座っていると、辺りが急に明るくなりました。

顔を上げると、目の前に、エリクと同じように背中に羽の生えた白い猫が浮いています。

「エリク様、猫神様の使いで参りました」

「あなたは、誰ですか」

「申し遅れました。わたくしは、エンジェルキャットでございます。名前をニャリクと申します。先日は、わたくしどものタマがたいへんお世話になり、ありがとうございました。猫神様もたいへん感謝しておられます」

「エンジェルキャット? の、ニャリク様ですか・・・」

「はい。神様のお使いにエンジェル様がおられるように、わたくしどもも、猫神様のお使いにエンジェルキャットがおります。このたび、エリク様がお困りとの情報が、猫達から、猫神様のところに入りまして、私が参ったしだいです」

「猫さんが見ていてくれたんだ! そうなんです、困っているんです」

エリクは、先ほどの親子の話をしました。

すると、

「分かりました。猫は夜でも目が見えますので、近くの猫を集めて捜させます」

というと、ニャリクは飛び上がりました。エリクも続きました。近くで話しを聞いていたシュリクも付いて来ました。

 

 親子がいたところに着くと、既に多くの猫が集まっています。ニャリクが状況を説明し号令をかけると、猫達はいっせいに捜し始めました。エリクとシュリクは、暗い中で待っていました。

 しばらくすると、一匹の猫のがパスを持って来ました。ニャリクがそれを受け取ると、エリクへ渡しました。

「これではないでしょうか?」

エリクが矢の光でパスを照らすと、あの親子の写真が貼ってあります。

「これです、これです。ありがとうございます」

「あー、よかった! 何でも、溝に落ちていて、その上に落ち葉がかぶさっていたそうです」

「そうですか。これで、あの親子は、明日、入園できて、誕生日を祝えます。本当に良かった・・・・ まてよ、これをどうやって、あの親子に届けたらよいだろう?」

「それは、ご心配に及びません。わたくしどもに、人間に化けれる猫がおります。その者にホテルの部屋まで届けさせます」

「ひょっとして、化け猫?!」

「はい、さようでございますが、わたくしどもでは『化けニャンダー』と申しております」

「似たような名前を聞いたことがあるけど、まさか、人間を食べたりしないですよね」

「はい、だいじょうぶでございます。最近では、心を入れ替えて、正義に徹しております」

「最近では・・・・そうですか。それなら、いいですが。何から何まで、ありがとうございます。本当に助かりました!」

エリクは、自分のことのように喜んでいます。

「また、何かございましたら、お呼び付け下さい」

ニャリクと猫たちは、帰って行きました。エリクは大きく手を振って、いつまでも見送っています。シュリクは、そんなエリクを黙って見詰めていました。

 

 シュリクは、宿舎に戻ると神様へのレポートを書きました。しかし、そこには、エリクがしたことは書きませんでした。また、自分ひとりで恋人作りに行ったとも書きませんでした。

ただ最後に、

『今日は大変良い体験をしました』

と、付け加えました。

 

    【4】

 次の日、エリクはシュリクに起こされました。

「エリクさん、朝ですよ。起きて下さい」

「まだ、早いじゃん。もう少し寝かせてよ」

「だめです、起きて下さい。エンジェルの決まりでは、安全のために、仕事に行く前に準備体操をすることになっています」

「あーあ、そんな決まり、あったっけ? やんなくちゃダメ?」

「もう、もし何かあって、急旋回や急停止をすることになった時、体がほぐれていないと大怪我をするかもしれません。だから準備体操をするのです」

「そうなんだ。知らなかった」

「もう、学校で習ったでしょ!」

「はて???」

「はい、始めます! いち、に、さん、し、ごう、ろく、しち、はち、・・・・」

エリクは眠い目をこすりながら、シュリクのまねをして体操をしました。

「何か、すっきりしたな。こんな感じ初めてだ!」

「エリクさんは、今まで運動をしていなくて、よく怪我をしないで済みましたね!」

「僕は、シュリクのように速く飛べないから、それで結構安全なの!」

「あー、そうですか。ところで、エリクさん、今日は、どこに行くのですか」

「まだ、書類を見ていないんだ」

「ええー、昨日の内に見ておかなかったんですか!」

「そうだよ。いつも、朝、起きてから見るの」

「ふたりの出会いが朝早くだったらどうするのですか! 遅刻しちゃうじゃないですか!」

「だいじょうぶ。神様が、僕には、朝早い仕事は入れないんだ」

「なぜですか?」

「いつも失敗や余計なことばかりして、夜が遅くなるからなんだ、えへへへへ」

「・・・・」

おおらかに笑うエリクの顔を、シュリクは呆れて見ています。

エリクは袋から書類を取り出して開くと、

「今日の予定だって、ほら・・・・ たいへんだ! すごく早い時間の仕事だ!」

「いったこちゃないでしょ!」

「急がないと、間に合わない!」

ふたりは、すぐに出発しました。エリクは叫びました。

「わあ、絶対に間に合わない! また、神様に怒られてしまう」

「エリクさん、もっとスピードを出して下さい!」

「僕は、これが限界だよ! そうだ、シュリクさん、先に行って、ひとりで始めててくれないかなあー。お願い!」

「あーあ、またですか! では、書類を貸して下さい」

シュリクは、書類を受け取ると、ものすごい速さで飛んで行きました。

『すごい! 僕の三倍くらいのスピードだ! カッコイイ! レーシングカーみたい!』

エリクは感心して見とれていました。

 

 しばらく飛ぶと鉄塔がありました。エリクが通り過ぎようとすると、エンジェル病院の看護婦と羽ばたいている空飛ぶ担架が見えます。

「誰か、エンジェルが怪我をしたのかな?」

悪い胸騒ぎがして、近づいてみると、担架の上にシュリクが横たわっています。エリクは、真っ青になり、担架にしがみ付きました。

「シュリクさん、どうしたの?!」

「ああ、エリクさん。鳥を避けようとして、鉄塔にぶつかってしまいました」

「ええっ、僕が寝坊して、君を急がせたからだ! 本当にごめん、ごめんなさい!」

エリクは、大泣きしながらひざまずきました。

「だいじょうぶですよ、エリクさん。たいした怪我ではありませんよ。ちょっと、ぶつけたぐらいです。ちゃんと準備運動をしてたからよかったです。それに、私も前の日に確認しておかなかったのです。エリクさんのせいではありません」

「そんなこと言わないで、僕がみんな悪いんだ! わああー」

シュリクは、病院に運ばれて行きました。エリクは、力が抜けて、そのまま地上に落ちて行きました。そして、地面に叩き付けられると飛ぶ気力がなくなってしまいました。

「どうしよう、僕の責任だ。シュリクの体が元に戻らなかったら・・・・ 元のように速く飛べなくなったら・・・・ 僕が悪いんだ! 僕が悪いんだ!」

エリクは、ひざまずくと祈りました。

「神様、ごめんなさい。本当にごめんなさい。どんな罰でも受けます。だから、シュリクの体を元通りにして下さい。お願い致します。お願い致します」

 

 エリクは立ち上がると、あてもなく、とぼとぼと歩き出しました。涙で前が見えません。すると、何かにぶつかりました。エリクは弱々しくよろけて地面に倒れました。そして、そのまま地面をじっと見詰めていました。

「エリク、どうした、元気を出せ!」

エリクが見上げると、そこには神様が立っています。エリクは神様の足にしがみ付くと泣きながらお願いしました。

「神様、お願いです。シュリクを元の体に戻して下さい。僕はどんな罰でもお受けいたします」

エリクの涙は神様の足をびしょびしょに濡らしています。

「エリク、だいじょうぶだ。シュリクは、おまえと違って体操の成績も良い。上手にぶつかったから、大きな怪我にはならなかった」

「本当ですか! じゃあ、元通りになるのですね!」

「そうだ、だいじょうぶだ」

「よかった、ほんとうによかった。神様、ありがとうございます、ありがとうございます」

「わしにお礼を言うことはない。エリクは昨日、遅くまで仕事をしていたのに、朝早い仕事を入れて、わしも悪かった!」

「・・・・」

「さっき、猫神様から全てを聞いたわい」

「・・・・」

「さあ、帰ろうか! 但し、罰として、シュリクが退院するまでに、天使学校の教科書を全部読み直すこと。わかったな!」

「はい!」

エリクの顔にほほ笑みが戻って来ました。

 エリクは、この日から心を入れ替えて生活するようになりました。

 

 何日かして、シュリクが退院して来ました。

「エリクさん、ご心配をおかけいたしました。もう、この通り、元気です」

「本当に、ごめんね」

「よして下さい。ぶつかったのは、私が未熟だったからです。エリクさんのせいではありません」

「ありがとう。君は優しいね」

「何を言うんです。エリクさんの優しい心には、かないません。もっと、エリクさんから学ばなければなりません。これからも、よろしくお願いいたします」

「はあー、僕こそ、シュリクさんから、多くを学ばなければいけないんだ。天使学校の教科書、全部読み返したよ!」

「いいえ、エリクさんは、教科書に書いて無いことを、私に教えてくれました。ところで、前のように、私の名前は呼び捨てにして下さい。私は、エリクさんを、これから『先輩』と呼ばせてもらいます」

「何か、照れるな!」

「では、先輩、仕事に行きましょうか」

「はっ、はい」

 ふたりは、ほほ笑みを交わすと、仲良く恋人作りに向かいました。

 

   【5】

 エリクが先輩になって、しばらく経った、ある日のことです。

その日の仕事が終わって、エリクとシュリクが帰ろうとした時、二人の前をニャリクがすごいスピードで横切りました。

「失礼いたします! 緊急事態で急いでおりますので!」

ニャリクは、そう叫びながら飛んでいきました。すると、今度は、背中に羽の生えたブルドックが、ニャリクのあとを追うように、息を切らして飛んで来ました。

「失礼します。はあはあ! はじめまして。はあはあ! エンジェルドッグの、はあはあ! ブルリクです。はあはあ!」

ブルリクは、苦しそうに体を揺らしながら飛んでいます。

エリクは一緒に飛びながら尋ねました。

「一体、どうしたのですか?」

「イヌ連とネコ連が、(はあはあ!) 喧嘩を始めたのです。(はあはあ!) それを止めに行くところです。(はあはあ!)」

「それは、大変だ!」

エリクは、付いて行こうとしました。すると、シュリクが、

「先輩、また、余計なことをすると、神様に叱られますよ」

と、アドバイスをしましたが、

「だって、心配なんだもん! それに、喧嘩を止める方法も見ておきたいんだ!」

「あーあ、そうですか、確かに勉強にはなりますね。それでは、私もお供いたします」

シュリクは、とは言いながらも、呆れた顔をして付いて来ます。

 

 広場の上に着くと、ニャリクが待っていました。下では、多くのネコとイヌが睨み合っています。

「エリクさんとシュリクさんも、来てくれたのですか。ありがとうございます」

「僕たちは、何をしたらよいですか?」

と、エリクが尋ねると、

「いえ、何もしないで、見ていて下さい。あとで、猫神様と犬神様への報告の証人になってもらうかもしれません」

「証人? はあー、そうですか?」

エリクが不思議そうな顔をすると

「私とブルリクの意見が違った時に、証人になってもらいたいのです」

すると、ブルリクが横から口をはさみます。

「ニャリクは、いつも、ネコに都合の良い報告ばかりするからな!」

「何を言うのです! ブルリクこそ、イヌに都合の良い報告ばかりするじゃないですか!」

「なに! この嘘つき!」

「嘘つきは、そっちでしょ!」

ニャリクとブルリクは、空中で大喧嘩を始めてしまいました。大声を出したり、追いかけたり、ぶつかり合ったりして、暴れ回っています。

下にいた、ネコやイヌたちは喧嘩をするのを忘れて、空を見上げて、声援を送っています。そして、時々、どちらかが地面に落ちると、ネコやイヌたちがそれぞれを助けます。

エリクとシュリクは、初めは呆れて見ていましたが、あまりのすごさに止めに入りました。

「ニャリクさん、ブルリクさん、落ち着いて下さい。怪我をしますよ!」

「きょうは、絶対に許せない! エンジェル様の前で、私を嘘つき呼ばわりして!」

と、ニャリクが叫ぶと、

「へん、本当のことを言ったまでだ!」

と、ブルリクが言い返します。

「なに! もう一度言ってみなさい!」

「何度でも言ってやる、嘘つきキャット、嘘つきキャット!」

「このっ!!!」

喧嘩は、増々エスカレートして行き、手が付けられません。エリクやシュリクの声など聞いていません。すごいスピードで広場の上を飛び回ってバトルをしています。それが、あまりにも長い時間やっているので、下にいた、ネコやイヌたちは、見上げている首が痛くなり、一匹、二匹と、首を振りながら帰って行きました。そして、しまいには誰もいなくなってしまいました。

それでも、二匹はバトルを続けています。

 

 エリクは、良いことを思い付き、にやりとほほ笑みました。そして、弓に二本の矢を仕込んで構えると、ニャリクとブルリクに狙いを付けました。すると、それを見ていたシュリクが慌てて、

「先輩! そんなことすると、神様に叱られますよ!」

「かもね。 でも、仲良くさせた方が絶対にいいんだ!」

しかし、二匹は、上へ下へ、絡まったり離れたりと、動きがすごく早くて、エリクは的を絞ることができません。

「うわあー、だめだ! これじゃあ、狙えない!」

エリクが放つのを諦めた時、隣から、矢の鋭い発射音がしました。

「シュッ! シュッ!」

その二本の矢は、ニャリクとブルリクに見事命中しました。

エリクは、驚いて、隣をみると、シュリクが親指を立てています。

「君がやったのか! そんなことしたら、君まで神様に叱られちゃうぞ!」

「かもね。でも、先輩、すごいでしょ!」

彼はウインクして笑っています。

「ほんとうに、すごい! 君は弓矢の天才だ!」

エリクが感心していると、楽しそうな歌声が聞こえて来ました。

「迷子の、迷子の子ネコちゃん、あなたのおうちはどこですか? おうちを聞いても分からない、名前を聞いても分からない、にゃんにゃん、にゃにゃーん・・・・」

二人の前を、ニャリクとブルリクが手をつないで、にこにこ歌いながら通り過ぎて行きました。

「シュリク、良かったね。でも、ネコやイヌたちは、今後、二匹のバトル観戦ができなくなるね」

「それは、そうですね!」

二人が顔を見合わせて笑っていると、天から声がしました。

「まったく! おまえたちときたら・・・」

しかし、その声は笑っていました。

 

   【6】

 何日か過ぎて、エリクが仕事を終わって帰ろうとした時、神様の呼ぶ声がしました。

『あれっ、シュリクのお陰で最近は失敗していないけど・・・・何だろう』

エリクは、急いで神様のところへ昇って行きました。

「神様、お呼びですか」

神様は、わざと深刻な顔をして言います。

「ああ、シュリクが来たことだし、エリクには、もう、今の仕事を辞めてもらおうと思う」

「ええっ、失敗ばかりしているので、首ですか!」

「あはははっ、驚いたか! 冗談だ! 実は、新しい仕事をしてもらいたいのだ」

「あー、驚いた!」

「最近、折角、恋人になったのに、別れてしまうカップルが、やけに多い。それで、エリクにその理由を調べてもらいたいのだ」

「はあー、そうですか」

「嫌か?」

「少し・・・かなり嫌です。不幸を調べるなんて、楽しくなさそう」

「正直だな」

「ところで、神様。前から疑問に思っていたのですが、僕に渡される運命の書類には、恋人になるまでのことが詳しく書いてあるのに、恋人になった先のことは何も書いてありません。なぜですか?」

「それはな、恋人になった後は、ふたりで人生を作っていかなければならないからなのだ。運命という名の偶然をふたりに与えた後は、我々は見守ることしかできないのだ」

「それで、書類の先が白紙なんですね」

「そうだ。そこに書き込むのは、我々では無く、本人達なのだ。この多くの人がいる世の中で、自分を選んでくれて、自分を一番愛してくれる人に感謝し、大切にしようという気持ちを持って接すれば、必ず頁は埋まっていく」

「そうだったんですか」

「だから、エリクが間違えて当ててしまったカップルも幸せになっているではないか」

「神様、それを言われると辛いのですが、少し心が楽になります」

「それで今回、別れたカップルの原因を調べてもらい、恋人達を作る時の参考にしたいのだ」

「なんか難しそうで、責任も大きいですね。僕でだいじょうぶですか?」

「これは、エリクでなければできない仕事だ。人の心の中を見るのは難しい。優しい心で調べて欲しい」

「神様は、口が上手いな!」

「何を言う。わしは、冗談は言うが、嘘はつかん!」

「わかりました。それでは、やってみます」

「さて、最初の調査だ」

「もう、ですか! 早いですね」

「手当はちゃんと払っているからな。ちょっと気になる件がある。名前は、サチとハジメだ。このふたりには弓矢を使わなかった。自分達で恋人になったが、別れた」

「弓矢で恋人にならなかったので、別れちゃったんじゃないのですか?」

「そうではないのだ。たとえ、弓矢で恋人になっても、刺さった矢は次第に融けて無くなり、それにともなって効果も無くなっていく。だから、弓矢は、きっかけに過ぎない。恋を成就するのは、その後の本人達の心掛け次第なのだ!」

「そうなんですか。知らなかった!」

「それでだ、エリクには、弓矢を使わずに生まれた強い恋だったのに、なぜ別れたのか調べて欲しい」

「はい、では、二人のところに行って、『なぜ別れたのですか?』ってインタビューして来ます」

「こらっ! それぐらいなら、わしにもできる! 変装して、マイクを持って、『テレビ局です。あなたの失恋の体験談を教えて下さい』ってインタビューすればいいのだからな」

「神様、それ、いいアイデアですね!」

「はあっ・・・・」

「冗談です」

「まったく、もう!」

「はい、はい、行って来ま~す」

エリクは、嫌な仕事を頼まれたと不満でしたが、正直なところ、どうすればよいのか分かりませんでした。

「困ったな~ 取り合えず、二人の様子を見に行こうか!」

 

 エリクは、先ず、サチところへ飛んで行きました。そして、近くで浮いていると、彼女がエリクに向かって手を振りました。

『変だな? 人間には、僕が見えないはずなのに』

と思いながらエリクも手を振ろうとした時、後ろから何かがぶつかってきました。

「痛い!」

と言う声がして、男の人が転んでいます。

『痛いのは、こっちの方だわ。後ろから追突するなんて』

エリクが体をさすっていると、

「だいじょうぶ?」

サチが笑いながら歩いて来ました。転んだ男の人は、

「あはははは、ちょっと、落とし物をしたので、捜していたんだ」

と言うと、辺りを捜すふりをしています。

『面白い人だな~』

とエリクが思っていると、サチも

「本当に、冗談が上手いんだから」

と言って、ふたりで笑っています。

『ははーん、この男が、サチの新しい恋人だな! さては、彼女はハジメを振ったんだな。まあ、こんなに面白い人が現れたら、心が動いてしまうのも無理もないな! きっとハジメは、つまんない男なんだろう。では、見に行ってみるか』

エリクは、今度は、ハジメのところに飛んで行きました。

 

 ハジメは、公園でベンチに座って本を読んでいました。

『うーん、確かに、つまらなそうな男だな』

エリクは、しばらく近くに浮かんでいましたが、彼は、ずっと本を読んでいます。

『これじゃあ、日が暮れてしまう! 居てもしょうがないから、今日のところは帰るか』

エリクが飛び上がった時、突然、ボールが飛んで来ました。

『危ない!』

すると、ハジメがベンチから素早く立ち上がると、ボールをキャッチしました。

『ナイス!』

エリクは、思わず叫んでしまいました。

『すごい運動神経。まるでシュリクみたい!』

そのボールは子供のものでした。彼は子供に投げ返そうとすると、子供が叫びました。

「投げないで! 僕、ボールをキャッチできないんだ!」

子供が近づいて来ます。

「ごめんなさい。壁に当てたボールがキャッチできなかったんだ」

「はい、ボール。ところで、キャッチできないって、どういうこと?」

「僕、ボールが飛んで来ると、怖くて、怖くて、しかたがないんだ」

「そうか、君はボールに慣れていないんだね。じゃあ、僕が教えてあげようか?」

「ほんと! ありがとう、教えて下さい! ほんとは、みんなと野球をしたいんだけど、ボールをキャッチできないので、仲間に入れてもらえないんだ」

「そうか、かわいそうに! じゃあ、しっかりと教えてあげるね」

そう言うと、ハジメはその子に、グラブの構え方から教え始めました。

 エリクは、近くで浮かびながら思いました。

『彼、いい人じゃないか! 全然つまんなくない! こんないい人を、なぜはサチは振ってしまったんだろう? いや、待てよ、まだ、彼女が振ったとは決まっていない。もう少し調べなければ!』

エリクは、急いでサチのところに戻りました。

 

 彼女は、先ほどの面白い彼と話しをしています。エリクは、近づいて行きました。

『神様は悪いことが出来ないけど、僕なら、盗み聞きくらいへっちゃら! 神様は自分ではやりたくないので、僕にヤバイ仕事を頼んだのかもしれないな!』

エリクはちょっと不満そうに言ってから、ふたりの後ろに浮かんで、息を殺して聞き耳を立てました。

「私、ハジメのことが良く分からなくて、困っているの」

「奴のことは、小学校から知っているけど、男の目から見ると、いい奴だよ。ただ、ちょっと、まじめ過ぎるかな」

「そう、そうなのよ。バカが付くまじめ。ハジメじゃなく、マジメという名前にすれば良かったのよ! 一緒にいると疲れちゃうの」

二人の話を聞いていたエリクは気が付きました。

『そうか、この男はサチの新しい恋人ではなく、サチとハジメの共通の友達なんだ。それで相談しているのか。待てよ、相談するということは、サチはまだハジメのことが好きかもしれないな』

二人の会話は続いています。

「疲れるくらいならいいじゃないか。イライラはしないんだろ」

「それは、そうだけど・・・・」

「まじめが一番! あんなまじめな奴、希少価値だと思うよ。疲れることが楽しいと思えばいいじゃん。それに奴はほかの人に無いものをたくさん持っているよ!」

「どんなこと?」

「それが分から無いようじゃ、サチはまだまだだね」

『こいつ、中々いい事を言うな!』

サチは、ベンチに腰掛けると、考え込んでしまいました。

 

 エリクは、今度は、ハジメのことが気になり、飛んで行きました。すると、あの少年に一生懸命に教えています。

「そう、そう、手を前に出して、ボールを掴んだら腕を引きながらボールの勢いを止める。しっかりとボールを見て!」

少年は、慣れないことで可成り疲れていますが、ハジメは気が付いていません。

『ははーん、これだな! バカマジメで疲れちゃうと、サチが言っていたのは』

エリクは、ハジメの耳元に飛んで行き、ささやきました。

「子供が疲れているみたいだから、少し休ませよう」

ハジメは、子供に言いました。

「疲れたかい? 少し休もうか?」

少年は、にこっと笑って、ハジメのところに走って来ました。

「よく頑張ったね! 上手くなったよ!」

「ありがとうございます」

二人はベンチに座って休んでいます。

エリクは、またささやきました。

「自分が真剣なのはいいけど、相手のことを考えなければいけないな。相手を疲れさせてはいけない。サチも疲れちゃったのかもしれないな」

ハジメは、突然ベンチから立ち上がりました。

『よし、これで準備完了!』

エリクは、にこりと微笑みました。

 

 エリクは、またサチのところに飛んで戻りました。サチは、ひとりで考え事をしながら、とぼとぼと歩いています。

エリクは、耳元に近づくと、ささやきました。

「電話してみよう」

サチは、首を横に振っています。

「ハジメは、きっと、さびしい思いをしているかも」

また、首を横に振っています。

エリクは、いらっとしました。

「この強情者! あんないい人を失って、後で後悔してもしらないぞ!」

すると、サチは立ち止まり、携帯電話を出し、見詰めています。

エリクは、強くささやきました。

「さあ、勇気を出して!」

サチは、ボタンを押すと、電話機を耳に当てました。

「もしもし、ハジメ。・・・・・ 今、何しているの? ・・・・・ 子供に野球を教えているの? ・・・・・ 見に行ってもいいかな? ・・・・・ じゃあ、直ぐに行くね!」

サチは電話を切ると、嬉しそうに駆けて行きました。

『やれやれ、弓矢の方が簡単だな! あー、疲れた!』

 

 エリクが帰ろうとすると、神様の声がします。

「エリク、調査結果はどうだった?」

『しまった! 別れた理由を詳しく調べていない! どうしよう!』

「神様、ごめんなさい! まだです。今から、テレビ局の振りをして、インタビューしてきます。少し待ってて下さい!」

「なにっ!」

「ニャリク! ニャリク! 聞こえる? 化けニャンダーに手伝ってもらいたいことがあるんだ!」

 

(つづく)

 

カメムシとタガメは形が似ていますよね。

タガメの名前の由来は『田に居るカメムシ』だそうです。

イジメられている子の味方になってくれるガキ大将がいて欲しいと思い執筆致しました。

この作品は、私が自分の作品の中で一番好きなものです。

高校時代にあったエピソードを基に書きました。

そのエッセイも書いていますので、機会があれば掲載しようと考えております。

 

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 ある湖の近くに一匹のカメムシが住んでいました。

このカメムシには友だちがいませんでした。なぜなら、カメムシは体からたいへんくさいにおいを出すので、ほかの虫たちがカメムシを嫌っていたからです。

カメムシが近づくと、

「くさい、くさい、カメムシ。 あっちへ行け!」

と、ひどいことばを投げ付けました。

『ぼくだって、好きでこんなにおいを出している訳じゃないのに』

カメムシは、いつもひとりぼっちで悲しい思いをしていました。

 

 きょうも、みんなにいじめられて、しょんぼりと葉っぱの上から湖を見ていました。

涙が水面にぽとりと落ちて、きれいな輪が広がっていきました。

すると、輪の中に自分の影が写っています。

カメムシは、その影に話かけました。

「君もひとりぼっちかい?」

すると、その影が水から顔を出して答えました。

「そうだよ。私もひとりぼっちだよ」

カメムシは腰が抜けるほど驚きました。

その影は、またしゃべりました。

「そんなに驚くなよ。君の方から声をかけたんだぞ」

「ぼくの姿とそっくりだけど、ぼくの影じゃない。あなたは誰ですか?」

「おい、おい。声をかけた方から名乗るのが礼儀だろ」

と、その影は少し不機嫌そうに言います。

「あっ、ごめんなさい。ぼくはカメムシです」

「あー、そうか。君がカメムシか。よくいじめられているのを水の中から聞いていたよ」

「はあ~、そうですか・・・・」

「私はタガメ。この湖の嫌われものだ。嫌われもの同士、これからは仲良くしような」

「うれしいな! きょうから友だちですね!」

「そう、友だちだ!」

カメムシは、たいへん嬉しくなりました。

そして、タガメに聞きました。

「タガメさんは何で嫌われているのですか?」

「乱暴者だからだよ。ほかの虫たちを食べちゃうから、みんなが私を怖がっているんだ」

カメムシは恐るおそるタガメに聞きました。

「カメムシも食べますか?」

タガメはニヤリと笑って答えます。

「いや、まだ食べたことはない」

「えー、じゃあ食べちゃうかもしれないんですね!」

「ははは、じょうだんだよ、だいじょうぶ。さすがにくさいから食べれない。あっ、ゴメン、ゴメン、気にしないで」

「でも、よかった!」

ふたりは顔を見合わせて笑いました。

カメムシは、自分が『くさい』と言われたのに、なぜか笑ってしまうのでした。

 

 それから、カメムシはいつも湖のほとりで過ごしました。

近くに友だちがいると思うと、とても幸せです。

ほかの虫たちにいじめられても、前のように悲しくはなりません。

タガメも同じでした。初めてできた友だちが大好きでした。

 

 ある日、タガメは水から出て来て、カメムシと並んで座りました。

カメムシは感心して言いました。

「タガメさんはすごいですね。強いし、水の中でも、陸の上でも、どちらでも生きられるんですね」

タガメは、少し照れながら、

「いや、実は、それほどでもないんだよ。陸の上では体が乾いて動きが鈍くなるので、鳥たちに食べられてしまうから長くはいられないんだ」

「タガメさんも食べられてしまうことがあるのですか?」

「そうだよ。私は君がうらやましいよ。そのにおいを出せば、誰にも食べられないだろう。そのにおいはすごい武器だね」

「そうか、ぼくは今までこのにおいがなければよいと思っていたけれど、これに助けられているんだ」

カメムシは、自分を気づかせてくれたタガメに感謝しました。

 

 それから、しばらく経った日、ふたりがいつものように草の上で話をしていると、周りが急に薄暗くなりました。

カメムシが空を見上げると、鳥がタガメを食べようと降りて来ています。

「タガメさん、あぶない!」

と言うと、カメムシはタガメの背中に跳び乗りくさいにおいをいっぱい出しました。

鳥はくちばしを広げてふたりを食べようとしましたが、そのにおいに驚いて、飛び去って行きました。

「カメムシさん、本当にありがとう!」

タガメは、自分の背中で目をつぶってガタガタ震えているカメムシにお礼を言いました。

「鳥は、もう行っちゃいましたか?」

「もう、だいじょうぶ。カメムシさんのお陰で助かった。もしかしたら、君まで食べられてしまうところだったのに・・・」

タガメは、カメムシの重みを背中に感じながら泣いていました。

「もし、こんど、君をいじめるやつがいたら、食べてやる!」

 

 それから、タガメが陸の上にいるときは、カメムシがタガメににおいを付けました。

ほかの虫たちは、怖いタガメからカメムシのにおいがするので、カメムシがタガメの友だちとわかり、カメムシをいじめなくなりました。

 

 季節は夏から秋へ、そして冬が近づいてきました。

辺りは寒くなり、カメムシとタガメが冬眠するころとなりました。

ふたりは探し回った末に、ブナの木の根もとに小さな穴を見付け、そこでいっしょに冬眠することにしました。

「タガメさん、春になったら、またお話しましょう」

「カメムシさん、もし、ねぼうしてたら起こしてくれよ。そうだ、ねる前に、いっぱいくさいにおいを付けくれ。近ごろは、あのにおいがないと安心できないんだよ」

ふたりは笑いながら寄りそってねむりに付きました。

この作品もブログ形態変更時に削除してしまったものの再掲載で、申し訳ありません。

家の近くに湧き水があり、鳥や動物達が争うことなく水を飲んでいます。

民族が異なるということで争うのは、哀しいですよね。

 

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 ある日、スズメは小学校の木の枝にとまっていました。

教室の中から先生の声がします。

「セキレイはスズメ目の鳥です。人間で例えれば、親戚のようなものです」

それを聞いて、スズメはびっくりして、木から落ちそうになりました。

「ええっ!、セキレイさんが、ぼくの親戚!  色も歩き方も鳴き声も、全然似てないじゃない!」

先生は、また、

「ジュウシマツもスズメの親戚です」

スズメは、またも驚いて、頭が変になりそうでした。

 

スズメは急いで野原に行き、セキレイを捜すと、話し掛けました。

「セキレイさん! こんにちは!」

「こんにちは。スズメさん、どうしたの、そんなにあわてて」

「実は、さっき、人間の学校に行ったら、先生が、セキレイさんはスズメの親戚だと言っていたんです! うそですよね!」

「ええっ! 本当ですか! 信じられない!」

「先生は、ジュウシマツさんもスズメの親戚だと言っていました」

「ということは、もしかして、私とジュウシマツさんが親戚ということ! うそでしょ、全然似てないじゃない!」

 

 

近くで、この会話をリスが聞いていました。

「スズメさん、セキレイさん、こんにちは。実は、この前、学校の先生と生徒が、私の家の近くで話しをしていたのです。そうしたら、リスとネズミが親戚だと言っていました。私、もう、本当に頭にきて、先生の頭に噛みついてやろうかと思いました」

「そんなことがあったんですか。それは驚きますよね! 人間って、いったい何を考えているのでしょうね!」

「そうだ、物知りのフクロウさんのところへ、聞きに行きませんか?」

「それがいいですね!」

そこで、スズメとセキレイとリスは、連れだって、フクロウのところに行きました。

 

「フクロウさん、こんにちは」

「おや、こんにちは。どうしたんだね、みなさんそろって」

「教えてもらいたいことがあるのです」

スズメは、今までのことを話しました。

フクロウは、メガネを正すと、首を左右に動かしながら話し始めました。

「それはだな、人間は、分けるのが好きな生き物なのだよ。鳥や動物だけでなく、虫や魚、木や草、そして水までも分けるのだ。人間の歌に『あっちの水は酸っぱいぞ、こっちの水は甘いぞ』とかあるのがその証拠。そして、分ける時に、似ているものを一緒にする。だから、スズメとセキレイが、リスとネズミが親戚になったのだ」

ススメは、口をとんがらして、言いました。

「でも、ぼくたち、全然似ていませんけど!」

リスも両手を合わせながら言います。

「ネズミさんと一緒とはひどすぎるわ!」

 

 

フクロウは、少し困った顔をして、

「それは、人間が自分勝手に決めているんだ。やれ頭の形が一緒だとか、骨のつくりがどうのとか、鳴き声が違うとか、何とかかんとか言って」

スズメは、不思議の思い、フクロウに質問しました。

「人間は、分けたり、一緒にしたりして、何かいいことがあるのですか?」

「さあな、私にもわからん。一緒にすれば仲良くなれるが、でも、分ければ仲が悪くなるのだがな・・・・」

それまで黙って話を聞いていたセキレイが口を開きました。

「そうですね! 人間は、そんなことしなければ良いのに。私たちは、人間がしていることなんか関係なく、みんなで仲良く暮らしていますから。それで十分じゃないですか」

「そうだな、これからも仲良く暮らしなさい」

みんなは、フクロウの家をあとにしました。

 

 しばらく行くと、リスが腕を組んで呟きます。

「でも、私とネズミさんが親戚なんて、絶対に許せない!」

スズメとセキレイは、顔を見合わせて吹き出してしまいました。

前回に続き、『ウサギとカメ』の続編2です。

 

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 またある日、カメが湖畔をゆっくりと散歩していると、

「ワン! ワン!」

と、突然イヌに吠えられました。

「あー、びっくりした! イヌさん、脅かさないで下さいよ!」

カメは、ちょっとカチンときましたが、優しく続けました。

「イヌさんの吠え声は強くて立派ですね」

イヌは気を良くして、

「そう思うか?」

「はい! それにしても、なぜ吠えるのですか?」

「それはだな、人間をほかの動物から守る為なのだ。人間の為ならば、火の中、水の中、どこへでも跳び込むぞ!」

「そうなんですか、偉いですね。それでネコさんと違って泳ぐことも出来るのですね」

「そうだ、小さなネズミを追い掛け回しているネコとは違って、イヌは人間の為ならば、自分よりも大きな動物とも戦い、水を怖がったりもしないのだ!」

カメは、

『イヌはネコのことを悪く言うが、自分だって小さなカメを脅かしているじゃないか』

と思いましたが、それは言わずに、

「イヌさんを尊敬します。私は陸の上ではのろ間ですが、水の中では、イヌさんのように早く泳ぐことが出来るのですよ」

「そんな風には見えないが・・・」

カメは、増々カチンときましたが、それを隠しながら言いました。

「そうだ、犬さん、今日は暑いし、水の中で私と鬼ごっこしませんか。負けませんよ」

イヌは自信たっぷりに、

「なに、私が勝つに決まっているさ」

と言い返しました。

カメは、それを聞くと、

「じゃあ、始めましょう。初めは、私が鬼になります」

とニヤリと笑いました。

「そうか、いつまでも捕まえられなくても知らないぞ」

イヌは湖に跳び込み、全速力で泳ぎ始めました。

カメは、それを横目で見ながら、少し待って湖に入って行きました。

 

カメは、水面を泳がずに、水中を潜水してイヌを追いかけました。

イヌは、そうとは知らず、

「カメのやつ、泳ぎが得意と言っていたが追いつかないじゃないか。やっぱり、水の中でものろ間なんだ」

イヌは安心して、ゆっくりと泳ぎ始めました。

すると、突然、

「イヌさん、捕まえた!」

と、カメが目の前の水の中から顔を出しました。

「しまった! やられた!」

イヌは、慌てましたが、後の祭りです。

 

「今度は、イヌさんが鬼ですよ」

カメは、そういうと、水の中に潜りました。

イヌは泳げても、潜水することは出来ません。カメは、潜水しながら、あちらこちらから水面に顔を出してイヌを誘います。

「鬼さん、こちら! ここまでおいで!」

その度に、イヌは、あっちに行ったり、こっちに来たりと泳ぎ続けて、最後には疲れ果てて泳げなくなってしまいました。

「カメさん、私の負けだ! もう、疲れて体が動かない。すまんが、岸まで連れていってくれないか」

カメはイヌの首輪を咥えると、イヌを岸まで引っ張って行きました。

 

 今回もカメの『勝ち』となりました。

 

 

<後書き>

  カメさんがちょっと意地悪な役柄で、

  カメさんを好きな方々には申し訳ありませんでした。

明日は子供の日なので、昔話のその後を書いてみました。

みなさん御存知の『ウサギとカメ』の続編1です。

 

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 ある日、カメが湖の畔をのんびりと歩いていると、

走り回っているネコに出会いました。

「ネコさん、こんにちは。いったい、どうしたのです? そんなに慌てて!」

ネコは、少しムッとして答えました。

「別に、慌てている訳ではありません! 体を鍛える為に運動をしているのです!」

「ネコさんは、そんなに動き回わらないと体を鍛えることが出来ないのですか?」

ネコは、増々ムッとして言い返しました。

「私は、カメさんと違って、早く走ることができます。普通に歩くスピードだって、カメさんが走るよりも速いですよ!」

「あっ、そうでしたね。ごめんなさい」

カメが丁寧に謝りましたので、ネコは機嫌を直しました。

それを見て、カメはネコに質問をしました。

「ネコさんは、走ること以外に、私より優れたところはありますか?」

それを聞くと、ネコは自慢げに話し出しました。

「私は、ほとんどのことでカメさんに勝てると思いますが・・・・、そうですね、私は夜でも目が見えます。だから、夜に散歩したり、食べ物を捜すことができます」

カメは、驚いた振りをして言いました。

「それは凄いですね! 私は、暗いところは苦手なので、甲羅の中でちじこまっています」

それを聞くと、ネコは増々自慢げに言いました。

「また、私は、カメさんが登れないくらいの高いとこに登ったり、高いところから跳び下りることができます」

カメは、心の中ではムッとしていましたが、それを顔には出さずにネコに言いました。

「それは凄いですね! それを聞いて、ネコさんにお願いがあります。私は以前から高いところから、この湖を見たいと思っていました。ネコさん、どうか私をあの木の上に連れて行って下さい。お願いします」

それを聞くと、ネコは少し困った顔をして言いました。

「私ひとりが木に登るのは簡単ですが、カメさんをどうやって木の上に連れていけば良いのですか?」

するとカメは、

「ネコさんが首に長い紐で結んで、木の上に登って下さい。その紐の端を私が口で咬んで持っています。ネコさんは木の上に着いたら、私を引っ張り上げて下さい」

「それは良い方法ですね。さっそく、やりましょう」

「ありがとうございます。嬉しいな! 一生の思い出になる」

と、カメはニヤリと笑いました。

 

 ネコは首に紐を結ぶと、湖の畔にある高い木に登りました。

そして、上からカメに言いました。

「この辺でいいですか?」

カメが答えます。

「ちょっと難しいと思いますが、湖の上まで伸びている枝まで行けますか?」

「それくらい、お安い御用です」

ネコは、湖の上に張り出した枝の先まで歩いて行きました。

「ここで、どうですか?」

「はい、ありがとうございます。では、私を引っ張り上げてください」

カメは紐を咥えました。

 

ネコは枝の上に後ろ足で立つと、前足で紐をたぐり寄せ始めました。

「カメさん、意外と重たいな! よいしょ! よいしょ!」

カメがもう少しで枝に届くところまで来た時、カメが言いました。

「ありがとうございます」

その瞬間、紐はカメの口を放れ、紐を持っていたネコはバランスを崩し、カメと一緒に湖に真っ逆さまに落ちてしまいました。

ネコが叫びました。

「わあー助けてくれ! 泳げない!」

すると、カメは泳ぎながら言いました。

「ネコさんは、私より優れていたんではないのですか?」

「私が間違っていた! 死んじゃう!」

ネコは溺れながら叫んでいます。

カメはそれを聞くと、紐を咥えると全速力で岸まで泳ぎました。

それはネコが歩くよりも早いスピードです。

カメは岸に着くと強い力でネコを引っ張り上げました。

 

ネコが岸辺で咳き込んでいるのを後目に、カメは湖に戻って行きました。

 

今回もカメの『勝ち』でした。

ブログ形態変更時に削除してしまった作品の再掲載です。

 

家や、会社にスズメやセキレイがよく来ます。

餌の少ない冬季は、二、三日に一回ほど食事を提供しています。

春になり、餌が豊富になってきましたので、彼らの生活も楽になったみたいです。

 

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 ある森の中で、小鳥たちが自分の自慢話を始めました。

 ウグイスが言いました。

「私はすてきな声で鳴くことができます」

すると、メジロが、

「私は緑色の美しい羽を持っていますが、あまりにも美しいので、すてきな声を持っているウグイスさんと間違われてしまって困っているの」

それを聞いて、ウグイスが皮肉っぽく言い返しました。

「私はメジロさんのように美しい羽でないので悲しいわ」

それを聞いていたセキレイは負けじと言いました。

「私は声や羽はそこそこですが、とても速く走ることができますよ」

 

次にみんなはスズメを見ましたが、スズメは下を向いて黙っていました。

そこでウグイスがスズメに声をかけました。

「スズメさんは何か自慢できることはありますか?」

スズメは、顔を赤くして小さな声で言いました。

「私はみなさんのように自慢できることはありません。ウグイスさんのようにすてきな声でもないですし、メジロさんのように美しい羽でもないですし、セキレイさんのように速く走ることもできません」

「スズメさんには、何か一つでも自慢できることはないのですか?」

「・・・・ありません・・・・」

ほかの三羽は、あきれて顔を見合わせました。

 

 スズメは惨めな気持ちで家に帰りました。

『私にも何か自慢できることはないかしら・・・・』

スズメは一生懸命考えましたが、いくら考えても思い付きません。

頬を涙がこぼれ落ちていきました。

 

 そんなことがあってから、何日か経って、スズメが枝にとまって野原を見ていると、

セキレイが人間の子供に追いかけられています。

スズメはセキレイに声をかけました。

「セキレイさん、鬼ごっこでもしてるんですか?」

すると、セキレイが迷惑そうに、

「とんでもない。私が速く走るので、子供がおもしろがって追いかけてくるのです。これでは、ゆっくりと餌を探すこともできない!」

スズメは、

『速く走れると悪いこともあるんだな』

と、心の中でつぶやきました。

 

 また、それから暫くして、スズメが民家の近くを飛んでいると、

ウグイスの鳴き声が聞こえてきました。

そこで軒先へ降りてみると、ウグイスとメジロがカゴに入れられています。

スズメは驚いて、

「ウグイスさん、メジロさん、いったいどうしたのですか?」

「私たちの羽や声が美しいので、人間に捕まってしまいました!」

と、メジロが悲しそうに言うと、ウグイスも、

「鳴かないと殺されてしまうかもしれないと思い、一生懸命鳴いています。メジロさんはよいですね。羽が美しいから鳴く必要がなくて!」

それを聞いてスズメは、

『こんなところでも仲間もめをしている』

と、あきれてしまいました。

 

 スズメは思いました。

『私には自慢することが何も無いけれど、それも良いことかもしれないな!』

 

 スズメは晴ばれとした気持ちで大空へ舞い上がりました。

この作品も削除してしまったものの再掲載です。

お魚シリーズも3編書いてます。前々回に続き第2作目です。

 

昼間、河口に並んで泳いで授業を受けているメダカ達、

夕方になるとお家に帰って行きます。

人間の子供達のように、帰りながらわいわい騒いでいるのかもしれません。

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 メダカの学校の生徒たちが、家へ帰る途中、集まって話をしていました。

あるメダカが言い出しました。

「みんな、月を食べたことあるかい。僕は食べたことあるよ。お饅頭の味がした」

「私も食べたことがあるわよ。お煎餅の味がしたわ」

すると、他のメダカたちも次々に自分が食べた月の味を自慢し始めました。

それを黙って聞いていた一匹のメダカが、不思議そうに聞きました。

「みんな、どうやって月を食べたの?」

しかし、誰も答えませんでした。

すると、初めに言い出したメダカが、

「満月の夜、水面に映った月を水の中から食べるんだ。そんなことも知らないのか!」

と、馬鹿にして言いました。

他のメダカも、

「そうだ、そうだ、そんなことも知らないのか!」

と、はやし立てました。

 

馬鹿にされたメダカは、しょんぼりと家へ帰って行きました。

 

そして、家に着くと、お母さんに聞きました。

「お母さんは、月を食べたことある? どんな味がするの? 僕、無いって言ったら、みんなに馬鹿にされちゃった。」

「ええっ! 月って、あの空に浮かぶお月さまのこと?」

「そう。みんなは食べたことあるって。お饅頭やお煎餅の味がするんだって」

お母さんは、あきれた顔をして子供を見ました。

しかし、子供の顔が真剣なことがわかると、

「お母さんは食べたことは無いけど、じゃあ、今度、一緒に食べてみようか」

と、言いました。

子供は喜んで、次の満月の夜を待ちました。

 

 満月の夜がきました。

まん丸のお月さまが水面に浮かんでいます。

「お母さん、お団子のように丸くて、おいしそうだね」

「そうね。じゃあ、食べてみようか」

メダカの子供とお母さんは、水の中から水面に映った月に静かに近づいて、パクリと食べました。

お母さんは子供に聞きました。

「どんな味がした?」

「少し水っぽかったけど・・・・、何の味もしなかった」

と、子供はがっかりした声を出しました。

「変だな、みんなは、色々な味がすると言っていたのに。僕が変なのかな? ねえ、お母さんはどんな味がした?」

子供はお母さんを見つめました。

「お母さんも、何の味もしなかったわよ」

と、お母さんが答えると、子供の顔が明るくなりました。

「じゃあ、僕とお母さんは一緒だね。ああー、よかった!」

「今度、お月さまの味を聞かれたら、自分が食べた味を正直に言いなさい。それはお母さんと一緒だからね」

「うん、そうするよ!」

「返事は『うん』じゃなくて『はい』でしょ!」

「はい!」

 

メダカの親子は仲良く家へ帰って行きました。

小鳥シリーズを順次3編掲載させて頂きます。

その内の2編は以前掲載し、ブログ形態の変更時に削除してしまったものです。

既に読んで頂いた方には申し訳ありません。

 

セキレイって可愛いですよね!

以前、職場で片足の先を失った子が餌を捜していました。

凄く人懐い子で、近くまで寄ってくるので、野生動物に餌を与えるのは良くないと思いつつ、あげてしまいました。

それからというもの、私の姿を見付けると鳴きながら飛んで来ます。

そして、餌を食べ終わると、一言鳴いて帰って行きます。

まるで『ごちそうさま』っと言っているようでした。

その子を想い出しながら執筆してみました。

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 ある野原で六羽のセキレイの男の子たちが遊んでいました。

その内の一羽が言い出しました。

「僕たちセキレイは、スズメさんやハトさんと違って速く走れるよね。それで、僕たちの中で、だれが一番速く走れるか、競争してみないか」

「賛成。賛成。賛成」

セキレイの子供たちは、みんな賛成して、早速、かけっこをすることにしました。

「野原の先にある池の向こうをゴールにしよう。飛んではいけないよ。足で走るんだ」

「ようし、負けないぞ!」

「僕が一番だ!」

「いや、僕が一番を取るぞ!」

その話を聞いていたおとなのセキレイが合図を出すことになりました。

子供たちは、騒ぎながらスタートラインに付きます。

「位置に付いて、よーい、ドン!」

みんないっせいに走り出しました。

六羽の子供たちは、ほとんど同じくらいの速さです。

 

 しばらく行くと一羽の子供が、野原にいる虫を見つけました。

この虫はセキレイの大好物です。

その子は叫びました。

「みんな、美味しい虫がたくさんいるよ! 食べようよ!」

「今は、かけっこしているんだぞ! 食べるはずないだろう」

そう言うと、ほかの子供たちは先に走って行きました。

「じゃあ、僕が全部たべちゃうよ」

と言うと、むしゃむしゃと食べ始めました。

そして、全部食べてしまうと、お腹が重くなり、もう走ることができませんでした。

『最後まで走れなかったけど、美味しいものがたくさん食べれたから良かった!』

と、その子は思いました。

 

 残りの五羽が走っていると、そこに、ニワトリがやって来ました。

「君たちは、かけっこをしているのかい?」

「そうだよ。誰が一番速いか決めるんだ」

すると、ニワトリが言いました。

「君たちの一番より、私の方が速いよ。アハハハハ」

そう言うと、ニワトリは、もうスピードで子供たちを追い抜いて行きました。

それを見た一羽の子供が、

「あー、バカバカしい。セキレイの中で一番を決めたってしょうがない」

と言って、走るのをやめてしまいました。

 

 残りの子供は四羽になりました。

みんな息を切らしながら走っていると、一羽の子供が止まってしゃがんでしまいました。

それを見た仲の良い友だちの一羽が引き返して来て、聞きました。

「どうしたの?」

すると、その子は泣きながら言います。

「お腹が痛くて痛くて、動くことができない。これでは家にも帰れない」

それを聞いた友だちは、

「だいじょうぶ。僕がそばにいて、君を家まで送って行くよ」

「でも、そうしたら、君はかけっこをやめなければならないよ」

「いいんだ。かけっこよりも、君の方がたいせつだから」

そう言うと、しゃがんだ友だちの背中をさすってあげました。

 

 とうとう、子供は二羽だけになってしまいました。

一羽の子供が先に池に到着しました。

この子は、池の外側にある道を進んで行きました。

少し遅れて、もう一羽の子供が池に到着しました。

この子は羽を広げると、そのまま池の中に入って行き、水面を足で蹴って進みました。

すると、すぐに外側の道を走っている子供に追い付いてしまいました。

道を走っていた子供は叫びました。

「そんなのズルいや!」

池の上を走っていた子供が言い返します。

「羽を広げただけで、羽ばたいてないから、僕は飛んでいないよ」

それを聞くと、道を走っていた子供は止まりました。

「ズルした奴が一番になるかけっこなら、もう、やーめた」

と言って走るのをやめて帰ってしまいました。

 

 結局、ゴールしたのは一羽だけでした。

しかし、その子の心に喜びはありませんでした。