☆意外と近かった天皇家との血筋☆ | ☆同窓生の窓☆西一之江小&松江五中

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 ↑ 明治天皇 ↑
 
☆意外と近かった天皇家との血筋☆
私の祖父の義弟の曽祖母の兄の孫が、
明治天皇でした・・・。
ということが、
最近わかりました。。。
 

 ↑ 系図 ↑
 
☆詳細
つまり、
松浦家は、
鈴木家、大鳥居家、藪家、中山家を介して、
天皇家と繋がっていました。。。
 

具体的に書きますと、
私:稔の父:政利の父:松浦爲治の、
妻:みねの妹:ケイの夫:大鳥居四郎が、
亀戸天神の神官の息子で、
その母:成子(しげこ)は藪家の出身です。
成子の父:藪実方(さねふさ)、
その母:能子は中山忠頼の子になります。
能子の兄:忠能(ただやす)は、
園愛子(松浦愛子)との間に、
中山慶子(よしこ)をもうけ、
慶子は孝明天皇の典侍になります。
そして生まれたのが、
明治天皇になります。。。
 
大鳥居家の親戚には藤原氏が多く、
そもそも藤原氏は、
天皇家と密接に関係があったわけで、
その流れであれば、
天皇家と関係はあるのですが。。。
  
また、
祖父の義兄は亀戸天神社の宮司で、
祖父の義弟は神田明神の宮司、
祖父の義兄の母親(成子)の兄の子・高倉篤麿が、
伊勢神宮の大宮司でした。。。
 

 ↑ 系図 ↑
 
☆松浦氏:嵯峨源氏の流れ
一方、
かなり遠回りになりますが、
明治天皇の祖母にあたる、
園愛子(松浦愛子)は、

偶然ですが、
松浦氏の流れになります。。。
 
松浦氏は、
元々嵯峨天皇の子孫ですので、
その時点で天皇家とは縁があったわけです。
嵯峨天皇の子:融(とおる)が源氏を興し、
『嵯峨源氏』源融となります。
源融の子孫の源綱が、
大阪の渡辺に住み渡辺綱と称し、
渡辺氏の祖となりました。
さらにその子孫の渡辺久(源久:ひさし)が、
九州松浦に住み松浦久と称し、
松浦氏の祖となり、
代々平戸藩主となりました。。。

 
『甲子夜話』を表した松浦静山こと、
平戸藩主松浦清の娘が松浦愛子で、
園家の養女となり、
中山忠頼の妻になります。
その子が中山慶子で、
孝明天皇の典侍になり、
明治天皇の生母になりました。。。
 
 
☆冥土の土産・・・
70歳近くにいろいろなことがわかり、
今年になって、
亀戸天神の息子:大鳥居四郎の、
息子:和夫さん(父の従兄弟93歳)
と会う機会ができ、
見せていただいた系図などから、
天皇家との血筋が、
意外と近いことがわかったのでした。
だから何だということで、
これまで無縁に近く、
これからも無縁なのでしょうけど、
こんな歳になっていろいろわかり、
『冥土の土産』なのでしょうか。。。
 
 
 
 
 
 
 
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