☆同窓生の窓☆西一之江小&松江五中

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西一之江小&松江五中の卒業生のブログ

東京都江戸川区

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坂田金時、金太郎、渡辺綱、きんぴら、金時豆
☆足柄山の金太郎(金時)・金平親子と渡辺綱
源頼光(よりみつ、らいこう)は、
『光る君へ』の藤原道長の側近であり
源頼朝の先祖だった・・・
『頼光四天王』は
渡辺綱(つな)、坂田金時、
碓氷貞光、卜部季武・・・
 
鬼退治で有名な渡辺綱は
嵯峨天皇の子孫の嵯峨源氏で
正式な名乗りは源綱で
松浦氏の先祖・・・
 
坂田金時は幼名・金太郎で
りきんだときの赤ら顔から
赤いものを金時と呼び
息子と言われる金平の
強さや勇ましさが
歯ごたえと辛味にあると例えられ
きんぴらごぼうと
呼ばれるようになった 。 。 。
 
 
 
 
 
 
 
*=================*
 
☆架空の人物・・・?
残念ながら、
坂田金時は、
実在していたかどうか
定かではありませんし、
坂田金平は、
人形浄瑠璃の、
架空の人物です・・・。
しかし、
金太郎や金時、
きんぴらとして、
広く親しまれています。
 
 
☆坂田金時と金時豆
坂田金時(公時)は、
実在していたかどうか定かではありません。
モデルになるような人はいたようですが、
それも定かではありません。
幼名・金太郎といいますが、
物語のように、
マサカリをかついだり、
熊にまたがったり、
熊と相撲を取ったりなどは、
していないと思われます。
熊と相撲を取ったとしても、
子熊とかだったら、
想像できますが・・・。
体格がよく、
力持ちだったので、
源頼光が足柄峠を通ったとき、
その力量を認め、
家来にしたそうです・・・。
 
赤いものを金時といい、
金時豆の他、
さつまいもの鳴門金時や、
かき氷の宇治金時、
京にんじんの金時人参などがあります。
また、腹掛け自体は、
「金太郎」とも呼ばれますね。
 
 
☆坂田金平ときんぴらごぼう
坂田金平は架空の人物で、
実在の人物ではありません。
金平浄瑠璃といって、
『子四天王』が活躍する、
人形浄瑠璃の登場人物です。
金平浄瑠璃は、
明暦年間(1655-58年)に、
江戸の和泉太夫が、
連作の軍記浄瑠璃を発展させたものです。
『頼光四天王』
坂田金時、渡辺綱、碓氷貞光、卜部季武
に対し、
『子四天王』
坂田金平、渡辺竹綱、碓氷定景、卜部季春
という二代目の設定で、
4人とも架空の存在です・・・。
 
きんぴらごぼうは、
1800年以降になってからの呼び名で、
それ以前は伽羅牛蒡(きゃらごぼう)と、
呼ばれていたそうです。
伽羅(きゃら)というのは、
最上級とされる香木で、
とても上等なもの、
という意味でも使われます・・・。
ごぼうは強い歯ごたえがあり、
唐辛子の強い辛味も加わり、
坂田金平の強さや勇ましさに、
例えたといわれています。
ごぼうのアルギニンが、
性ホルモンの分泌を助け、
強壮・強精効果があるようで、
それも関係するようです。
さらに、
千切りや笹がきにした野菜を、
砂糖・醤油で甘辛く炒めたものも、
「きんぴら」と呼ぶように、
なったようです・・・。
ただし、
金平糖(コンペイトウ)は、
ポルトガルから伝わり、
「コンフェイト(confeito)」が語源です。
宣教師ルイス・フロイスが、
織田信長に献上したのが日本初・・・。
 
 
☆渡辺綱(つな)
源融(とおる:822~895年)は、
嵯峨天皇の皇子で、
嵯峨源氏の祖になります。
『源氏物語』の光源氏の、
モデルの一人でもあります。
 
渡辺綱(源綱:953~1025年)は、
源融のひ孫の子、
つまり玄孫(やしゃご)で、
渡辺氏の祖、
松浦氏の先祖になります。
 
渡辺綱の祖父は源仕(つこう)といい、
『将門の乱』や『純友の乱』の、
平定に武功があり、
武蔵国の国守に任命されています。
それにより関東に下向し、
現在の埼玉県鴻巣市箕田に、
居住するようになりました。
 
源仕の子・源宛(あつる)は、
武蔵権介でしたが、
20歳位で亡くなっています。
渡辺綱が生まれたときには、
他界していましたので、
綱は清和源氏の源敦の養子となり、
母方の里の摂津国渡辺に、
居住することになりました。
現在の大阪城の西北、
天満辺りにあった、
旧淀川の『渡辺津』という港を、
中心とした所でした。
そして地名から、
『渡辺』を名乗るようになります。
 
渡辺綱の子孫は、
『渡辺津』を拠点とし、
大阪湾から瀬戸内を支配する、
『渡辺党』という水軍を形成します。
子孫の中からは、
九州・肥前国の松浦に赴任し、
『松浦党』という水軍に発展した、
松浦氏も出ます・・・。
 
 
☆『難波京』・難波津(渡辺津)
『渡辺津』は、
元は『難波津(なにわつ)』で、
奈良時代は大阪湾が、
現在の中之島辺りまであり、
旧淀川の入り江のような所が、
難波津(渡辺津)でした。
古代から瀬戸内海の要衝で、
倭国王の王宮が営まれ、
『難波京(なにわきょう)』として、
遷都されたこともありました。
近年『副首都構想』が、
話題になることもありますが、
古代から『複都』として並存し、
『難波京』は長年維持されていました。
遣隋使・遣唐使などの、
外交・交易活動の舞台であり、
難波津は奈良・大和の玄関口でもありました。

『難波京』は、
難波津(渡辺津)辺りから、
天王寺辺りまで、
南北に長い、
碁盤の目のようになった都でした。

 
私事ですが、
私の長女は『難波京』の範囲の、
道頓堀に近い所に住み、
大阪城を本籍地としています。
先祖の渡辺氏に縁のある土地に、
住んでいることになります。
あべのハルカスがある、
天王寺辺りも、
遠縁の、
安倍晴明ゆかりの地です。。。
 
 
☆渡辺綱(源綱)の鬼退治
渡辺綱は、
『頼光四天王』の一人で、
筆頭的存在でした。
源頼光自体が、
鬼退治で有名で、
いっしょに鬼退治をしていますが、
渡辺綱単独でも、
鬼退治で脚光を浴びています。
 
『大江山の鬼退治』は、
『酒呑童子(しゅてんどうじ)』という、
最強の鬼を退治するため、
一条天皇が、
源頼光と藤原保昌に征伐に向わせたもの。
源頼光には渡辺綱をはじめとする、
『頼光四天王』が加わり、
計6人で鬼退治をしました。

(※50人以上ともいわれる。)
京の都では、
若者や姫君が次々と神隠しにあい、
安倍晴明によって、
大江山に住む鬼達の仕業と判明。
そこには酒呑童子だけではなく、
たくさんの子分の鬼がいました。
 
源頼光らは山伏を装い、
酒呑童子に
何とか一夜の宿を借ります。
酒宴の際、
「神変奇特酒」という毒酒を、
鬼達に飲ませることに成功し、
毒が回って、
動けなくなった鬼達を、
退治していったというお話・・・。
 
鬼退治の物語は日本各地にあり、
多様化していますが、
能や歌舞伎の演目にもなって、
引き継がれています。
酒呑童子は、
実際は鬼ではなく、
盗賊だったという話もありますし、
当時、疱瘡(天然痘)が流行り、
多くの人が亡くなり、

神隠しや、
魔物のせいにしたのではという、
説もあります・・・。
 
討ち取られた酒呑童子の首は、
宇治の平等院の宝蔵に納められた、
ということですが、
大江山の鬼退治は995年のことで、
平等院ができたのは1052年で、
50年以上の差があります。
平等院の場所は、
元々渡辺綱の先祖、
源融(とおる:822~895年)の、
別荘でした・・・。
何代かの天皇に渡り、
995年頃は宇多天皇の孫である、
源重信のものになっていました。
その数年後に源頼光の主、
藤原道長の別荘になって、
『宇治殿』と呼ばれました。
道長の子・頼通の代になって、
寺院『平等院』となります。
物語ですので、
内容が後世変化したり、
付け加えられたりして、
史実とかけ離れていった、
のではないかと思います 。  。  。
 
 
『茨木童子(いばらきどうじ)』の話は、
『大江山の鬼退治』で逃げ延びたといわれる、
酒呑童子の一の子分の鬼・茨木童子と、
渡辺綱との闘い・・・。
渡辺綱が一条戻橋の所で、
道に迷った女性を馬に乗せてあげた。
突如、女は鬼の姿になり、
渡辺綱を掴んで宙を飛んで、
愛宕山に連れて行こうとした。
綱は掴んでいる腕を、
名刀『髭切』で切り離し、
地上へ逃れた・・・。
安倍晴明に言われたように、
鬼が腕を取り返しにやって来るので、
七日間、家に閉じこもる・・・。
が、最後の晩に、
伯母が訪ねてきて、
断わりきれず入れてしまう。
すると鬼の姿に戻って、
腕を取り返し、
空の彼方に消えたとのこと 。 。 。
 
一条戻橋ではなく、
『羅生門』の所とする話も、
多くあります・・・。
一条戻橋のすぐ近くには、
『晴明神社』があり、
神社内には、
小型の『戻橋』があります。
 
渡辺綱が茨木童子の腕を切ったのが、
ちょうど北野天満宮の上で、
天満宮に助けられたということで、
お礼に灯籠を寄進しています。



 
 
 

 

 

 

 

 


 
 
 

※まだ書きかけです・・・
 間もなく追記予定・・・