サイレンは鳴らさなかったとはいえ、田んぼに囲まれた集落でパトカーが出入りする光景は異質そのものだった。
「何かあったのか」と様子を見に来る村人もいて、喪主夫婦が必死に対応する姿があった。
義母からは「誰にも言うな。老衰ということにするから」と親戚一同に、指示が出てはいた。
数日前に美容院で髪を整えていたり、前日まで庭や田畑を手入れしていた義祖母を「老衰」という嘘でごまかせるはずもなく、村人は誰も信じなかった。
村人たちはずいぶん前から、この家にはびこる「嫁姑の不和」「頼りにならない息子」「威張り散らす長女(義母)」に気付いていたようだ。
それらに強い嫌悪感があり、義祖母を心底、心配していたようだった。
そして葬儀では、義母の場違いな派手さ。わざとらしい孫の手紙や、思い出ビデオで塗り固められた演出の数々……。
トドメは弔いの席で、故人を偲ぶ儀式である献盃を、義母は平然と「乾杯」とやったのだ。
義母や喪主夫婦への嫌悪感と、祖母への哀悼の念を踏みにじられた村人たちの怒りは、この一言で頂点に達しただろう。
目の前で起こる非常識な葬儀と、消化しきれない義祖母の自死。
私は、この嵐のような出来事と、連日の無理がたたり、体調がどんどんとおかしくなっていた。
お腹の張りは通夜の段階から強く感じてはいて、控え室で長男と一緒に隙をみて休んではいた。
そして告別式の後の精進落とし。いつまでも終わらず、夫にヘルプを求めたが煮えきらない。
そんななかで、腹部に強烈な違和感が起きた。

