義母との関わりを断ち、週末に義母が来ることや、義母がらみの問題が目の前から消えた。
その結果、夫婦喧嘩は激減し、家族だけで過ごせる時間が増えた。
だが、義母がいなくなったからといって夫の根本部分が変わったわけではない。
夫婦喧嘩がなくなったのは単に義母が起こす問題が減っただけだった。
夫は子どもたちを彼なりに愛し、精一杯、かわいがってはいる。
ただ、育児をしているなかでも感じる夫の共感力の欠落、相手の感情を情報としてしか処理できない機械のような思考は、当時から何も変わっていないと思う。
私は「こういう人もいるのだ」と消化し、理解できるようになったのはここ数年だ。
渦中はわざと地雷を踏んでくるのか?と謎でしかなかった。
感情を汲み取ることはもちろん、自身の感情を表に出すことができない人。
彼自身、自由奔放な子どもを前に、今までの生き方(自身の特性)が通用しない壁にはぶち当たっている。
私は夫に不倫されたわけではない。
しかし、夫を信じられないこの心理は、不倫された妻が、もう浮気はしていないと分かっていても、どうしても夫を信用できない心の痛みと酷似しているように感じる。時おり、当時がフラバして苦しくなる点も同様だ。
どちらも、 一度壊された信頼関係からくるトラウマと、二度と傷つきたくないという 心の防御本能が働いているからだ。
不倫された妻にとって、夫の「もうしない」という言葉は、一度裏切られた事実を前にして空虚に響く。
私にとって、夫の「もう義母は来ない」という言葉は、私が辛い時に妻側にたつことをせず、義母の言いなりだった過去を前にして、何の慰めにもならないのだ。
先日、高校3年生の娘が絶対に許されないことをしたとき、私は心身ともに疲弊し、夫に愚痴をはいた。
「子育てが、つらい」。
そうLINEで伝えた。これは、ただ私の苦しみに寄り添ってほしいという心の叫びだった。
しかし、夫は私の感情を論理で処理し、こう返してきた。
「高3はもう子育てする年じゃない。」
その後、延々続く、 持論と解決策にうんざりとした。ただ、なにもいわずに寄り添い、聞いて欲しい。それが夫にはもっとも苦手分野なのだ。
義母と喧嘩が絶えなかった頃と同じ、話が通じないもどかしさ。
「そうだよね、つらいよね。でも頑張ってるよ。」
それが言えないのだ。
誰も解決策を出してくれなんて言ってないのだが、それを求めていると脳が処理して「彼なりの誠実な妻への向き合い方」、から来る私への回答になる。(これがわかるようになるまで苦労した)
目の前から義母という「分かりやすい悪」は消えたが、 夫の共感性の欠如という本質的な問題は、依然として私たち夫婦の間に横たわっていた。
マザコンだった夫は、義母の支配下にあった。
毒親でしかない義母の支配と洗脳はそれに従わなければ生きていけない子ども時代を送った夫に残した罪だ。
夫も義母の被害者である。本人は気付いていないが。
夫は悪意でなにかをしているわけではないとここ数年、思うようになった。
夫の特性が悪気なくそうさせていると、私はモラハラやカサンドラ症候群の知識から理解している。
彼自身、社会での生きにくさもあるのも事実。
夫からしても、私を理解できない悩みはあるのだろう。
私たちは、一度離婚を経験しているステップファミリーだ。
だから、初婚の人たちよりも、結婚生活の難しさや離婚の大変さを互いに知っている。
夫も私も「幸せ」な家庭を築こうと努力している。しかし、夫の特性に直面すると、やはり無力感が湧き上がる。
完璧な夫婦はいない。私たちの夫婦もそのひとつ
「そんな夫なら離婚したら?」とさもすべてを知り尽くしたように無責任に言う人もいる。
私自身、暴力や浮気、ギャンブルのような明確な悪意があるなら即刻だが。我が家の場合、それらは一切、いない。
私はこの結婚にしがみついているわけではなく、誰と結婚しても多かれ少なかれ、悩みは尽きないことを知っている。
義母が家庭に介入しなくなったことは本当に大きかった。
渦中は常に苛立ちと疑心暗鬼と不安が強かったが、今は夫と一対一で話せる。
夫の特性をどうにかしようと苦しむ段階から、その特性とどう折り合いをつけていくか、落としどころを見つける段階へと、私は少しずつ変わることができた。
100%うまくいく夫婦など存在しない。他人からは見えない悩みなんかごまんとある。
大切なのは、その時その時に起こる問題に、冷静に向き合い、どう乗り越えていくか。
他人は変えられない。これは私が常に思うことだ。
夫の変わらない部分を無理に変えようとするエネルギーを、 自分自身の幸せのために使うことにこの数年、切り替えた。
夫婦としての努力は続けつつ、自分の楽しみを再発見し、自身の人生にしっかりと軸足を置く。
この現実的な視点こそが、この複雑な夫婦関係を安定させる鍵となるように思える。

