長男が10ヶ月くらいから歩行を開始しはじめてから天候が悪い日以外は毎日、朝と夕方の散歩をさせていた。
自然と触れ合うことを重視した育児をしてきた。庭を裸足で歩かせてみたり、ウッドデッキにレジャーシートでおやつを食べさせる。
夏は泥水遊びやら、氷を触らせる、
新聞紙ちぎり、庭のトマトを自分で取って洗わせ食べさせる。
次男を出産し自宅から出られない間は
箸で豆をつまみお椀にうつす遊びや
小麦粉を練って作った粘土遊びなど
五感を使ったことを取り入れていた。
ボタンとめ、立ってズボンを履くなど
「保育士だから」と言われたらそれまでだが、
様々な経験をさせ、指先や体幹を鍛える遊び、リズム遊びなど全てに意味づけした育児をしてきた。
テレビはいないないばぁを見せるくらいで
生まれた時から寝る前の絵本の読み聞かせは継続。
ワンオペ育児で疲弊することも多かったが、生活リズムを徹底してきた。
それが、「うちの孫は同じ年の親戚の子より有望株」とばかりに
義父と義母が登場し耳を過度に刺激するバカでかい電子音で気持ち悪く走るイモムシのプログラミング玩具や、
飲み込みそうな細かいバーツや目に突き刺さりそうなものなどやみくもに有無を言わさず与えられ、片付けきれない量の玩具が浸食する。
今までのやり方がことごとく壊されていく。
コロナ禍に突入し児童館も閉鎖され、外を散歩するときの間隔のルールやマスクなど規制が強化された中で、いち早く在宅になった夫にも生活リズムは崩されていった。
幼稚園入園に向けて、立って排泄する習慣を付けさせれば「トイレが汚れる。座ってさせろ」と夫に言われ
転んでも今まで自力で立ち上がらせていたり、階段の上り下りもしてきたのに
すぐに抱っこしてしまう。
絵本の読み聞かせも夫がタブレットで動画を見させる頻度が増えた。
この頃から、私の中でプツンと何かが切れた。
丁寧に積み重ねてきた日々を、突如変えられる気持ちは彼らにはわかるまい。
年齢に合わせて工夫してきたものは邪魔でしかない扱いをされる。
いつの間にかもう好きにすれば。と思うようになっていき
育児自体が苦痛に変わった。
義父は来る度にスマホのゲームを長男に延々とさせ、夫はプレステやPCゲームを勝手に与え息子達はゲーム中毒になった。
なんでも雑に終わらせギラギラと目を光らせて「宿題やったからゲーム!」と頭の中はゲームに支配される。
土日は朝起きればゲーム
昼食を食べればゲーム
夕方はYouTubeでゲーム実況
なんなんだ、と思うほどの中毒ぶり。
叱れば泣いて地団駄踏む。
完全に悪者扱いの母親像の出来上がり。
ママが見ていなければ時間超過は当たり前。
コソコソやっている。
私が来るとママのせい!と喧嘩になるので
もう関わりたくないと、土日は寝室にこもるようになった私。
3人まとめて追いだした日に夫が
「ママが前みたいに外で遊ばせてくれない、友だち呼ぶのもダメ。つまらないと子どもが言っている」と勝ち誇ったように言ったのだが、
三時半に帰宅し、おやつ、宿題、ゲーム、ピアノの練習をさせてハラヘッタ!早く夕飯!と叫ばれどのタイミングで外遊びをすればいいのか。
友だちを呼ぶのは禁止していない。
来てもルールを守らないから入れさせない。それは何度も伝えてある。
5時には帰るように言っても泊まっていくと駄々をこねられたり、母親が迎えに来なかったり。
それら全てを私のせいだと言うのなら
私なんかいる意味がないだろう。
ひたすら虚しい。それ以外の言葉が見つからない。