仲間であること。

親交、親睦、共同、協力。


ある人のように、一緒に集まるのをやめたりしないで、かえって励ましあい、かの日が近づいているのを見て、ますますそうしようではありませんか。


ヘブル10:25


人は1人じゃ生きていけないから、教えあい、気づきあい、支えあう。


Service=思いやり、自分の権利や、自由も捨て、人のために手伝う事、愛する事。


自分を低くすることもプライドを低くすることも、難しいけど、大切。




ちょっと、自分用のメモでした。



















グループタイムで、5人一組で小さなゲームをやりました。



一人一人、封筒が配られた。



中には、三角や四角のピースが5枚くらい入ってた。



皆違う形のピース。



それで、一人一人、大きさの同じ四角を作る。



もしかしたら、自分のパズルを完成させるには、誰かと交換しないといけないかもしれないし、



仲間のパズルを完成させるには、自分のピースをあげないと出来ないかもしれない。



でも、そこでのルールは、


しゃっべっちゃだめ。


「それちょうだい!」


も、


「これ使って!」って押し付けるのもだめ。


目の前に「はい。」って出されたピースを、無視することもできる。




ゲームが始まって、

皆、自分のパズルに夢中。

完成できないとわかると、「はい。っとっかえて!」って言わんばかりに、

パズルを差し出しあう。


皆、最初は、自分のを完成させたいから。

でも、どれがほしいかも言っちゃダメだから、

思ったのがもらえない。

だから、「いらない」ってうけとらない。



でも皆、少しずつ気づいたのは、


自分の事を考えても成功しないこと。


差し出されたのが、自分のために、完成のために、くれようとしてるのかもしれないし、


人を信じる事ができるか?



受け入れることが出来るか?



そう、心を試されたゲームでした。


自分の事ばっかじゃダメなんだ。


最近自分ばっかだったかも・・・・・



また1つ、少しずつ。


教えられてる。













昨日、昨日のメッセージ


神様が、人を創造し、アダムが罪を犯すところでした。


メッセージの途中、一人一人に、こぶしくらいの粘土が渡されて、何か思い思いに作品を作ってと言われました。


皆、ホント一生懸命自分の作品を作ってて、


お花を作る人もいれば、人を作ってる人や、ハートを作ってる人も・・・・


うちは、お祈りしてる人を作ってて、


皆、自分の「作ったものに満足気な顔してました。


作るのに集中しすぎて、うちは肝心なところを聞き逃してて、


「ヤバイ。うちの作品最高だわ!これ焼いて完成さあせるのかな?持って帰るのかな?」


とか思ってるうちに、メッセージも終わり、皆、粘土を置いて、でてっちゃいました。


「回収されちゃうんだ。」とか思いつつ、


帰り際、椅子のしたに放置された皆の作品を見ると、


皆、ぐちゃぐちゃ。原型がない状態。


「変なのー。」


そのあと、ルツが分かち合いと、メッセージのあらすじを話してくれました。


「ふみえは隣の人と作品を交換した?」ルツ


「え?交換するんだ?」


そのメッセージで、皆に体験してほしかったのは、


作った、最高の自己作品を、隣の誰かと交換して、


「ぐちゃっ」って、


思いっきし、壊してもらう事。


それが、アダムが最初に罪を犯したときに


神様が感じた感情。



どんなに、下手な作品でも、


もちろん、うまい作品も、


作った自分には、すごく愛着が沸くし、


「最高の作品だね。」


って見れば見るほど自己満足。


それを、誰かの手によって、ぐちゃって・・・・


ルツに「悲しい?」って聞かれて、


「悲しい。」って答えた。


そんなレベルじゃないと思うけど、


神様も、こんな気持ちだったんだな。って思わされた。