椅子を押す機会があった。

白いスーツに同じ色のハットをかぶり、ベルトには「D&G]のバックル。

背はすらっと高く、日本人離れした顔には若かりしころの美しさを未だわずかにとどめている。


肺がんの70代男性、という情報だけであらかじめその人となりを想像するのは間違っているのだ。


そばには女性がいた。まっすぐな黒い髪は肩のあたりでそろえられ、それと同じくらいまっすぐな瞳。

二人が左手の薬指に同じ指輪をしていなければ、間違いなく娘として見ただろう。


若妻は看護婦なのだという。

夫の病状について、私に同情や、詮索をされない程度に、時に微笑みも交えて話した。

彼は言うことを聞かないんです、と。


駐車場に停めてあった白いベンツに乗り込みながら、

彼は「ジュースでも飲んで」とシャネルのロゴが入った白い封筒を私に手渡した。

そして二人は辞退する暇も、礼を言う暇も与えず、私の前から走り去った。


そのときはじめて、その封筒はつい2分ほど前に妻が用意し、夫に渡したものだったと気がついた。

私は、二人が歩きながら、お互い目もあわせず何か白いものを渡し、受け取るのを見ていたのだった。


彼がどんな人生を送ってきたのかはわからない。

がむしゃらに働き、のし上がって財産を築き、病に倒れたのか、

それとも今の姿を見ていい気味だと罵る人間が大勢いるのか。

そして二人が何年も連れ添ってきた夫婦なのか、

看護婦が金持ちの肺がんの老人と遺産目当てで結婚したのか。

それも私にはわからない。


でもあの15分間を形容するなら、

二人は完璧だった。余裕があった。


スマートだ、と思った。