父は歩くのが好きだ。おまけにとても速い。
幼い頃、背広を着てバス停に向かう父の後ろ姿をベランダから眺めるのが好きだった。
少し目をはなすと魔法みたいに遠く離れたところにいて、だるまさんが転んだみたいに
目をつむって今父がどれくらいのところにいるのか予想して遊んだりしていた。
父の足音も好きだった。土の上を歩くとき、砂利道、アスファルトの上でさえ、
そしてどんな靴を履いていても、父の足音はざくざくと心地よく耳に響いた。
父が一歩一歩、大股で大地を踏みしめるように歩くのに比べて、
私はまるで地面を滑っているような、貧弱で楽しくない自分の足音を残念に思った。
と同時に、大きくなったらあんな素敵な足音が出せるんだ、と
確信を伴った期待でわくわくしたのも覚えている。
それは夕方で、父は茶色い革靴を、私は気に入りの赤い布の靴を履いていた。
あれから何年も何年も経った今、私は父のようにざくざくと足音をたてるひとの隣を歩いている。