動物は筋トレをしません。もちろん、鍛えれば強くなる。しかし、生きてゆくのに必要な力を持っている。

たとえば、うちのマロンとラブ(雑種の犬)は見ていると一日寝ている。なのに、散歩の時に見せるあのジャンプ力やしなやかさは、何故なのだろうと思う。

路地裏の猫もほとんど寝てばかり、ストレッチも筋トレもしません。

人間は1日ごろごろして過ごせば歩くのもヨタヨタ。

身体は固くなる。


どこに違いがあるのだろうか?



私は脳にあると考えている。

この脳の働きでより効果の高いトレーニング方法があると考える。


前回、呼吸には3つ働きに分けて考えられると書いた。

一つは生命活動を維持する無意識の呼吸

もう一つは感情によって変化する呼吸

そして意識でコントロールする呼吸


無意識の生命活動を行う呼吸は例えば寝ている時の呼吸

感情によって変化する呼吸は、悲しい時は吸う呼吸が多くなり、怒りは胸に息が溜まり、笑えば腹が波打つ

意識でコントロールされる呼吸は歌を歌う時や水中で息を止める時などだ。


この3つの働きは脳の働く場所と関係している。

無意識の呼吸は脳幹により

感情はその上

意識でコントロールする時は新皮質が働く


この3つの働きを統合するところに生命のアイデンティティがあると考える。

感情に変化を与える外部からのストレスは生命維持をコントロールする脳幹に影響を与えて、

睡眠時に無呼吸を起こしたり、心臓や内臓の自律神経を狂わせることにもなる。

また感情の抑圧は理性や思考を歪ませることにもなる。


そこで、呼吸の仕組みと関連を具体的に原理と応用を理論化して、その理論を元にトレーニングの型を生み出すことで、意識して動作を行い、呼吸の変化によって抑圧される感情を調整して、無意識にコントロールしている生命の根幹機関である脳幹を正常化する事が呼吸法の意義であると私は考える。


さて、身体の固い人の多くは筋肉自体や腱自体が固くなっている以上に筋肉に緊張を指令する脳幹からの指令が入りっぱなしになっている可能性が高い。

つまり、リラックスできないのだ。

また、身体の動きが遅かったり、キレに精彩を欠ける人は筋力の低下よりも脳が興奮することを避けている事が考えられる。


簡単に言えば、瞬時にリラックスさせ、瞬時にヤル気を生み出す。

それは如何に自分自身がコントロールできるかが重要だ。


動物の場合、物事を客体化して意図する脳の働きよりも、感情や生命維持の働きを司る脳の働きが主体であるために外部内部の刺激に対して行動がダイレクトに近く起こる。つまり、生理的欲求や外部の攻撃に対して直情的に行動を起こすので動作スイッチがシンプルだ。

ゆえに瞬時に緊張することが出来るために、リラックスすることも出来るのだ。


しかし、人間は外部の情報、内部の欲求に直情的に行動を起こすことが出来ないために、スイッチが複雑なのである。ゆえに瞬時に緊張することが出来ないために、常に緊張が内部に蓄積してリラックスすることも出来ない。リラックスできない状況が長く続くと緊張状態を放棄するようになり、緊張を生み出すことも困難になる。


この状態を躁鬱と考える。

躁鬱は特別な病気ではなく、人間が人間として社会で生きる中で誰でもその状態にある。その除隊の重さや軽さがあるに過ぎないと考える。


では動物の様に直情的jに生きるのがよいかと言えば、そうではない。そして現代社会ではそのように生きることは困難である。


そこで、緊張とリラックスを身体の原理原則に即してコントロールできるトレーニングが呼吸法であり、その体系化されたものがヨガであったり、武術であると私は考える。

このヨガや武術にある呼吸法が人間の生き方に結ばれる理屈はここにある。


さて、ではヨガや武術が如何に緊張とリッラックスをコントロールするトレーニングであるか、私はそれを現代にもっと分かりやすく、そしてシンプルに再構築してみたいと考え、新たなトレーニング法を開発した。

このトレーニング法はまだ完成しているとは言えないが、ほぼ概論が纏まった。


それが指と呼吸を組み合わせたトレーニング方法である。

次回はその理論を具体的な例を踏まえて紹介してゆこう。