さて、稽古の中で疎かになりがちなものは受身でもあります。
いやいや、受身の稽古は稽古前に必ず何回しているよという人もおります。
けれど大切な事は受身の工夫をしているか。
受身を観ているか。
受身に心を込めているか。
なのです。
相手を投げる、打つ、抑える技を工夫し、観て、研究いている事と同じように
それ以上に受身を工夫し、研究をしているだろうか。
私達の日常でも同じで
掃除、洗濯、料理という事があります。
実は私は勤め人であった頃は会社の机が乱れている方でした。
仕事はどちらかというと成績の良い方でしたので、会社の朝の掃除や机の掃除よりも、お客さんの所に飛び出して行く事や企画書を手がけることの方が大切で、掃除などは内勤者がやればよいぐらいに考えておりました。
勤め人を辞めて自分の会社を持つ様になってからは、
逆に経営者研修などで社員教育や経営者心得として、掃除をするようになりました。
掃除をすると売り上げが上がる。
掃除をすると良い事が起こる。
そんな事も心の底にありました。
会社経から離れ、
合気新道のみに自分の全てを打ち込んでいる中で
この掃除に対する考えが全く違ったものになっている事に気がついております。
今から30年近い昔、私が住み込み修行をしておりましたときは、毎日、道場の掃除ばかりしておりました。
掃除が行き届かない時は先生から隙があると叱られたものです。
その頃の気持ちに帰ってと掃除を始めたのですが、
その中で気がつく事があったのです。
掃除をすれば運がよくなるのか。
その様な事は迷信です。
掃除をすると心がきれいになるのか。
全く別問題です。
掃除をすると要らないものや必要なものが分かるので無駄が減る。
あります。でも、それは結果です。
何が一番たいせつなのか。
それは
心のゆとり
なのです。
掃除は非生産的なことでもあり、
直接的な売り上げや、ものづくりや、直接的な利益に結ぶことになりません。
お店をやっている人は少し違うかもしれませんが、きれいなお店も商品なので。
しかし、余裕のないお店は掃除をすることより、お客さんの来ていただく事や売り上げを上げる事に心が傾く傾向にあります。
つまり余裕がないのです。
お金があえれば
時間があれば
余裕が出来ると思う人もおります。
しかし、心のゆとりとお金や時間は本当は関係がなく
お金があっても心にゆとりを持てず
時間があってもやりたい事と思っていてもいざ時間が出来ても身が入らない人も多くおります。
心がゆとりをもつと自然とお金や時間のゆとりも出来ると教える人もおりますが、
それも違います。
ゆとりとは心の問題であります。
では、なぜゆとりが必要かというと
自分は何の為に今を生き
何を目的に人生を描いているのか、
その事に心を注ぐ力が出来るのです。
掃除という日常の中の作業に心を込めて行く中で
目先の損得や欲やそうしたものから
自分の本当に描くべき人生の目的を得るゆとり創りだしているのです。
家庭の掃除や料理は主婦の仕事
そんな事では家庭の中でゆとりは生まれません。
何のための家族か
何のための夫婦か
何のための子育てなのか
それを受け止める、ゆとりを描くのが、
掃除、洗濯、料理に心を込めることなのでしょう。
私は離婚をして
家族から離れ
そうした中で
初めて
家族とは
夫婦とは
子供とは
何かかが見えてきました。
妻にしてみれば
子供にしてみれば
何を勝手なことと言うでしょう。
そう思います。
けれど学校へ行く事があたりまえ
生活にお金がかかる事が当たり前
人並みの暮らしが当たり前
それが出来なければ
家族は不幸になるのか
そうではありません。
どんなに貧しくても、
そんなに苦難があっても
夫婦であること
親子であること
その意味があるならば
心が結ばれるものであると思います。
それは日々の暮らしの中で
掃除や洗濯や料理や子育て自体が
こころのゆとりを生み出して行くものであるならば
かけがえのない愛を磨き上げる事ができるものでしょう。
大きな痛手と痛みの中で
私はその大きな宝を得ました。
今の世の中はゆとりを持つ事は悪い事と思わされております。
ゆとりなど、お金持ちがいう事であり
我が家には関係ないこと
人前でゆとり等と話せば恥ずかしい
食べ物や着る物が無くてゆとりなどおこがましい。
人に迷惑をかけている人間はなおさら口にすることではない。
それが今の世の中です。
しかし、全くの逆で
金銭に貧しい人
物が無い人
を見たなら、
その人に、心のゆとりを得られるように導くものが社会の勤めなのです。
親鸞上人の極楽浄土
キリストの天国
すべて、その道をいうものでしょう。
稽古の中の受身
それは、
自分の技を磨き上げる
土壌です。
稽古の中の真のゆとり
目的を見定め
技の奥行きを深くする
土を創っております。
10の技を得るなら100通りの受身を工夫するのです。
100通りの受身を知るなら
10の技は1000通りに変化できます。
種を蒔いて
芽が出るのを待てずに
踏み潰してしてしまう事のないように。
芽がでて、育つ前に踏み潰さぬように。
実がなって青い内に
捥ぎ取らぬように。
米は一年に一度しか収獲できません。
実のなる木は3年以上かかります。
畑は土を耕す事3年
今の世の、クローン牛や遺伝子組み換え野菜
一年中食べられる温室トマト
お金さえ払えば何時でも買い物が出来るコンビニ
便利です。
携帯電話は便利です。
でも
本当に便利で豊かになったのでしょうか。
受身の稽古
工夫
じっくり味わってください。