11月15日に向けての演武会に対して、着実に門人達が稽古と準備に取り掛かっております。今回のテーマはパートナーとの協力。


演武会の目的はそれぞれの課題設定に対して、協力者をどの様に得、そして互いの課題に対してどの様に協力し合えるかが大きな目的です。


これは日常においても良くあることで、人はそれぞれ目標をもっております。

しかし、この目標は自分の力ではどうしようも無い事や困難なこともあります。

順風の時はそれをそれほど感じません。

しかし、逆境になればなるほど、自分の力の及ばない事、どうにもならない事があることに気がつきます。

ここで、人は自分の周りに迷惑をかけないようにと頑張る人やサッサと目標自体を放棄する人がおります。

しかし、実は世の中はそれほど甘くはないのであります。


しかし、大切な事はこの時に最初に掲げた目標を深く掘り下げる機会に出逢ったと考えるべきかもしれません。


つまり目標の意味を省みて、目標設定を更に磨き上げることです。

自分の力の範囲が及ばない状況の中で目標自体の価値を引き上げる事です。

その価値が自分一人のものではなく、多くの人、世の中、社会において、歴史において、必要とされる価値があるか、その価値が無ければ、それを見つめて引き出す事によって目標は更に鮮明になります。

この作業が協力者をどの様に得て互いの価値に対してどの様に協力し合えるかという事に通じるでしょう。


登山に例えるなら、何故山に登るのか?山がそこにあるからというだけでは、自分の都合に過ぎません。

しかし、その山を制する事で多くの人に勇気と感動を伝えるという価値が伴う時、その山に登る協力者が現れてくるでしょう。


合気新道の演武会もただ自分の自己満足であれば、そこから得るものは無いともいえます。

演武を通じてパートナーと何を協力し合い、何を得るのかを考える事によって、演武する意味と価値は高まります。


一旦、演武会に出ると意志を持った中で、途中様々な事があるでしょう。

怪我をする。病気になる。家庭の事情、仕事の事情、アクシデント。

そうした時に、一旦描いた目標をあっさり放棄するか、無理に押し通すか、それともパートナーと相談して協力しあい、目標に向けて深く自分を見つめ、相手を見つめる機会として活用するか。

そこに大きな意味があります。


何々をするという事が大切ではありません。

演武会という山頂に如何にたどり着くか。

もし仮に自分が山頂に向けて動けなくなった場合、パートナーを如何に山頂へ行かせるか、その為に自分が出来る事は何か。

また、山頂へ登る道が閉ざされていたなら、ルートを変える、方法を変える、他の応援を要請する。等様々な方法をパートナーと話し合い、そして決める。

この事が今回の演武会でもっとも大切なことです。


言葉で言うは易しです。


日常の方が遥かに複雑で困難です。


だからこそ、合気新道というシンプルな場で自己を見つめなおすキッカケに演武を活用していただきたく思います。

それは私が出来ているからではなく、私自身も今正にその渦中にあるから、門下と共に考えるからです。


強制はしません。

私も協力者として演武会成功へ向けて門下に賛同を得られるように努力をするのみなのです。