tepoさんの「トビラ」から続いてます。
トビラ ① はこちら → ☆
★★
パキっと音がした。
足元に小枝が転がっていた。
晴れた日が続いていたのに、道とも言えない道はぬかるんでいた。
靴の裏にぬかるんだ土が付いて、だんだん重くなっていく。
重くなるのは靴だけでなく。
一歩ごとに心の中に重いものがたまっていく。
それでも、なんとか自分を鼓舞して足を踏み出す。
あの頃と変わりなく、鬱蒼と木々に覆われている道を進む。
獣道だった山の中の道が、さらに細くなっていた。
あの頃、あれほど通いつめたのに、一歩を出すのにこれでいいのか?
と、悩みながら進む。
緊張なのか?恐怖なのか?
近付くにつれ、息が上がっていく。
ざーざーと耳の中に雑音が入る。
山の中の音?と思っていたけれど・・・
この山の中で、そんな音を聞いたことはなかった。
自分の血液が流れている音。
それを意識した途端。
山の中の音がはっきりと聴こえてきた。
ギャーギャーと喚くような鳥の鳴き声。
会話しているようなチュルルルという鳴き声。
姿も見えない獣が通ったのか?
風が鳴らしたのか?
さわさわと葉擦れの音がして。
自分の気配がなくなっていくような。
そんな久しぶりの感覚。
見覚えのある枝ぶりの木を見つけた。
枝の根元を撫でた。
記憶のままのその木。
そこから一歩踏み出せば……。
小屋が見える。
また、耳の中にざーざーと音が入る。
知らず知らずのうちに握りしめていた手はじっとりと湿っていた。
痺れを感じるその手を開いては握り。
大きく息を吸い込んで。
一歩を踏み出した。
下草と樹々でその存在を隠されていたような。
小屋が見えた。
ここに来るのは15年ぶり。
あの頃よりも朽ちた印象のその小屋のドアに。
手をかけた。
一番最初にここに辿りついたのは……。
雨が降る日だった。
その頃、俺は行き詰っていた。
美術系の大学を出たけれど、その道で食べていくには実力もコネも足りない。
教職の採用試験には落ち、臨時採用枠の空き待ち。
バイトで必要経費を稼ぎながら、作品を描く。
大学を卒業してからほんの数ヶ月だけなのに。
自分の生きていく先が見えない。
親と顔を合わせづらいし、家にいても肩身が狭い。
そんな生活に疲れてきていた。
生活自体はさほど変わらないのに。
学生、という身分があるだけで、何かしらの保証があった。
卒業と同時にその保証がなくなった。
作品も思うように描けなくなって。
卒業しても師事している大学時代の恩師には、一瞥でダメ出しをされる。
何がどう悪い、とは言われない。
自分が描く作品には、それなりに自信があった。
それでも、何回かダメ出しをされただけで……。
自信がぽろぽろと崩れ落ちて、残った自分はダメ人間。
絵にかけてきた時間で身に付いたのは、ただのメッキだったのか?
そんな風に感じるようになった。
その日、恩師に新しく描いた絵を見せに行った。
「大学時代の君の作品にあったきらめきが感じられない」
全否定だった。
最後の支えが崩れ落ちた。
ダメ出しされた絵を最初に目についたゴミ箱に捨てた。
俺の絵には、何の価値もない。
絵を描く事だけが、俺の全てだった。
俺の全てを絵にかけていた。
絵が描けない俺には何の価値もない。
二度と足を踏み入れることがないかもしれない建物を見上げた。
離れたくないのに、離れざるをえないそこに気持ちを残して。
俺は手ぶらになって足早に離れた。
俯いて歩く俺を前から来る人は避けてくれる。
どこへ行くとも決めずに俺が向かっていたのは、人がいない方向。
いつの間にか、山の中に入り込んでいた。
ここなら一人きりだ。
そう考えた途端。
涙があふれてきた。
涙雨・・・かな。
時を同じくして、天も泣きだした。
それが、泣いていいよ、と言われているようで。
俺は涙を拭き取ることもなく、流し続けた。
獣道のような細い道を奥へと進んだ。
雨に打たれ泣き続けた。
体が冷えて、震えが出てきた。
このまま死のう。
悲しんでもらえるような価値のある人間じゃない。
親だって厄介払いができたと思うだろう。
どうせなら、誰にも知られないように……。
死に場所を求めてふらふらと獣道をさらに奥へと進んだ。
小屋があった。
もう、打ち捨てられたような印象の小屋。
何年も使われることなく年月が過ぎていたんだろう。
枝と草に覆われた小屋のドアに手をかけて引っ張った。
どうして開けたのか、自分でも分からない。
ドアは抵抗なく開いた。