ゲントは今日も雨だった | フーテンの無職 〜無職の大将放浪記〜

フーテンの無職 〜無職の大将放浪記〜

日本社会のレールから外れて、気の向くまま風の向くままプラプラと、あてどもなく彷徨う。そんな刹那的な人生を邁進中。


人生、酒と旅と本があれば、それで良い・・・

   ゲントと聞いて「ゲントの杖」を思い浮かべたアナタは心の友だ。私はそんなゲントの町にやってきた。しかし悲しいかな、ブルージュでもパッとしなかった天気が、ここゲントではいよいよ悪化して滞在中はほとんど雨という残念な結果になってしまった。


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   午前10時にゲントに到着した時には、もう既に今にも泣き出しそうな天気だった。中央駅から宿までは4キロほど離れているので、なんとかそれまで降らないことを祈りつつゲントの町中を歩き出した。


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   駅前のシタデル公園を抜けて、人気のなくしっとりと静まり返った市内を宿に向かって歩いていく。折しも今日は日曜日だ。日曜に加えて完全なる雨模様なので通りに人の姿は殆どない。そのせいか、まったく陰気で陰鬱な空気が周囲に漂っているように思えた。


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   しばらく歩いていると案の定、雨がパラつき始めたので通りかかった教会の門で暫し雨宿りをする。ザックの中から食べかけのバーガーを取り出してパクつくが、雨足は一向に衰えることがなく教会の軒下にいても雨の飛沫が舞って濡れてしまう。仕方なしに折り畳み傘をさして雨の中を歩き出した。


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   それにしても全身にまとわり付くような雨だ。どちらかというと霧雨に近い。一見、傘をさすほどのことも無さそうに思えるが、傘がないと確実にじわじわベトベトと濡れてしまう。道ゆく欧米人はフードパーカーをサッと被ってこともなげに歩いている。なるほどパーカーというのはヨーロッパの気候に合っている。どうやらアジアとヨーロッパでは雨の質が違うようだ。


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   宿までもうあと1.2キロという所で徐々に雨足が強まってきたので、たまらず通りかかったカテドラルの中に飛び込む。その飛び込んだ先がゲントで最も有名な聖バーフ大聖堂だった。教会前広場はこんな雨天でも結構な人だかりができていたが、皆雨を避けようと次々とこの大聖堂に集まってくるのだ。


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   聖堂内は夥しい人出で混雑していた。この聖バーフ大聖堂には中世フランドル絵画の最高傑作「神秘の子羊」があるとされているが、無知で無教養な私には今ひとつその凄さがピンとこないのでその祭壇画を無視して教会内を歩き回ることにした。宗教画というものは事前の知識や見識がないと絵を見てもサッパリわからないのだ。


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   聖堂の奥には何やら巨大な生物の骨が吊り下げられていた。クジラだろうか? 本物かどうかは分からないが、この骨のオブジェが一体何の関わりがあってここに吊り下げられているのかは全く想像の余地がない。


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   そうやって暫くの間、聖堂内でウロウロしていたらいつの間にか雨が小降りになってきたので、これを機に外に出て本日の宿へと足早に向かうことにする。こんな時ありがたいのは宿に予約が入っていることだ。

   ルクセンブルクでホステルに泊まり損ねてからというもの、私は無いアタマを働かせてBooking.comで事前に宿の宿泊状況を確かめるようになったのだ。予め目当ての宿を調べておいて、到着時刻が遅くなったりしてベッドの空きが無くなりそうな時には事前に予約を入れてしまうのである。

   Booking.comは手数料を取らないといいつつもその金額表示はあまり信用が置けるとは言い難いが、こんな雨の日に宿を探すも断られて途方にくれるよりは遥かにマシである。自分の旅のスタイルから今まで宿の事前予約なんてすることがなかったので、こうして初めて訪れる町で既に宿が決まっている安心感がこれほど有り難いものであることにこれまで気づかなかったのだ。


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   今回宿泊するのは「ホステル47」である。1泊24ユーロに市税が別途3ユーロ取られて計27ユーロだ。何で住んでもいない行きずりの旅人が市税なんて払わにゃならんのだと暫し憤る。

   こうしてドミトリー暮らしももう2週間目に入るとさすがに慣れてくるものだ。私は純然たる朝型だし欧米人の殆どは夜型なので、まだ彼らの寝静まっている頃に朝の支度を済ませて外出し、日も暮れて帰ってくると彼らが外出中のうちにシャワーを浴びてもう寝る用意を済ませる。五月蝿い連中がいれば耳栓の出番だ。ことラテン系は深夜の3時頃までうるさく騒ぐので、この耳栓はドミトリー生活の必須アイテムなのだ。


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   しかし、宿に荷物を解いてもこの天気では意気も上がらない。ゲントの町並みはブルージュほどではないが、それでも石畳のある美しい景観を誇っている。この町はどうやら学生都市らしく、そこかしこで学生の集団が目についた。ブリュッセルやブルージュからも日帰りで訪れるのだろう、教師同伴で学生たちが賑やかに行列をなして歩いている姿を多く目にした。


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   ・・・それにしてもよく降る。外を歩けば雨に降られるし、かといって今日は日曜日なのでどこか店内に避難することもできない。ヨーロッパの旅において日曜日は本当に厄介である。食料を調達しようとするも小さな雑貨店含めてその殆どがシャッターを閉めており、やっと開いているスーパーを見つけるもパンは既に売り切れ、しかも値の張るものばかりが商品棚に並べられている始末。・・・まったく、本当にやれやれである。私はすっかり町歩きをする気力を無くし、少しの食料を買い込むとさっさと宿泊しているホステルへと引き上げてしまった。


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   翌朝、天気は相変わらず芳しくなかったが、それでも雨上がりでしばらくの間ならもつだろうと思えた。今日はまず町の中心にあるフランドル伯爵城に行ってみることにした。ここは1180年に建てられた城塞が今もほぼ完全な形で残っているのだ。


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   ふと広場の足元を見ると、何やら石畳に混じってメダルがはめ込まれている。ゲントの歴史を彫り込んだものだろうか? 芸が細かいというかなんというか、あまりこれに気づく人はいないだろう。しかし石畳とメダルの組み合わせはなかなかに情緒を感じた。今日はこのまま雨が降らずにいてくれるといいのだが・・・。


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   ゲントの町は小ぢんまりとしていて、聖バーフ大聖堂とフランドル伯爵城以外は特に見所も見当たらない。ブリュッセルやブルージュのあとで訪れると、どうしても比較してしまって見劣りを感じてしまう。部分的にはそれらに勝るとも劣らない立派な景観もチラホラ見かけはするのだが・・。


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   ゲントには聖ミカエル教会や聖ヤコブ教会、聖ニコラス教会など他にも立派な外観を誇る教会があるのだが、そのどれもが門を閉ざしており客が入れないようになっている。中で修復でもしているのだろうか? そのうちの聖ニコラス教会は外観の手入れはしているようであったが・・。どうもこの天候といい閉ざした教会といい、ゲントに来るタイミングが悪かったようだ。


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   そして橋を渡ってフランドル伯爵城へ。9世紀頃、バイキングに対抗するために建てられたこの堅牢な要塞は1180年に現在の形へと改修され、その後様々な役割を経て現在の博物館へと至る。とても800年以上の時を経た建物とは思えないほどに威風堂々とした佇まいを見せていた。


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   その外観はキッチリ正しく「ドラクエのお城」そのものである。当時のゲーム中のお城のアイコンがちょうどこのようなカタチだったのだ。ローレシア城、ラダトーム城、サントハイム城、ラインハット城など懐かしい名前が次々と脳裏をかすめる。堀井雄二は良い仕事をしたのだ。


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   さっそく入り口で10ユーロ支払って城の内部に入る。あの階段を上り下りする効果音とともに、お城のBGMが頭の中に流れだす。うーん、これはキングレオ城だろうか。


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   狭い螺旋階段を上っていくと、なんとさまよう鎧があらわれた! ホンモノはさすがに存在感がある。こんなもの一体どうやってダメージを与えればいいのだろう?


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   全身をガードしているので顔もフルフェイスである。そのピエロのような様の通気口が空恐ろしい。こんな何十キロもの鉄のカタマリを身につけて、視界も悪く息苦しさを感じる中で一体どのような戦い方をしたのか?  そりゃドラクエの戦士は素早さが無いのも頷けるというものである。ごめんよ、ライアン。キミは遅くても仕方がなかったんだね。


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   くさりかたびらは軽装歩兵用だろうか。あまり守備力は期待できなさそうである。剣や槍で突かれたらひとたまりも無いだろう。


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   こちらは両手剣のツヴァイハンダー。写真では伝わりにくいが、剣の先から柄頭までで全長2メートルはある。人の背丈よりも遥かに長い剣なのだ。そりゃ盾なんて持ってるヨユウはありません。


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   その他ボウガン、ハンドアックス、メイス、パルチザン、ハルバード等々。これらは全て実戦で使われてきたホンモノである。一体どれだけの夥しい血を吸い続けて来たのだろうか? こりゃ今装備すると呪われるかもしれんなあ。


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   こちらはレイピア。中世ヨーロッパにおける決闘用の武器ですね。これは主にフェンシングのようにして相手を突き刺すのだ。


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   戦いにレイピアを使用する際は、左手に攻撃を受け流すための短剣を用いたという。フランスではその左手を「マンゴーシュ」と呼んだため日本でも短剣にその名が定着したのだ。


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   レイピア始め、こうした武器には大抵美しい紋様が描かれている。人間が身に付けるためか、こうした殺傷用の武器にもヨーロピアンは繊細な美を追求してきたのだ。無機質や鉛のカタマリである弾丸やミサイル等の戦争兵器とはえらい違いだ。


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   そうしたリアルな中世時代を感じつつ、階段を上って城の屋上に出る。もう何から何までドラクエの世界だ。どうやら見張りの兵士はいないようである。


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   屋上からは美しいゲントの町並みが一望できる。ブルージュでは鐘楼には登らなかったため、この屋上からの眺望がことさら美しく見える。惜しむらくはやはり天気だ。このフランドル伯爵城に入ってまもなく雨が降り出し、今も霧雨のような飛沫が絶えず空中を舞っている。これだと傘をさしてもカメラのレンズにすぐ飛沫がついてしまうので写真を撮るのに本当に骨が折れるのだ。足元も危うくなるし、これほどヨーロッパのしつこい雨を疎ましく思ったことはない。ああ、これで天気さえ良ければなあ!


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   ゆっくりと心ゆくまで下界を見下ろす・・・といきたいところだが、屋上は霧雨でひどく荒れてきたのでそろそろ城内に戻ることにする。本当に後ろ髪を引かれる思いでその場を後にせざるを得なかったのが残念だ。


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   改めて先を進むと、今度は拷問部屋の登場だ。ここにはかの有名なギロチンが置いてある。


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   その台座は木製でまだ新しい年代のもののようだったが、このギロチンの刃は実際に処刑に使われてきたホンモノであるらしかった。これで一体どれだけの人の頭を切り落としてきたのだろうか?  


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   ギロチン台の先には人の頭を受ける袋がぶら下がっていた。ここに縛り付けられて、袋の底を見つめながら頭上から振り下ろされるギロチンを感じるのはどんな気分だったのだろうか。こいつはなんともやりきれない殺人マシンである。


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   その後、さらなる拷問部屋へと足を踏み入れる。手枷、足枷、首枷と数々の拷問器具が絵入りで展示されている。


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   何もそこまでしなくても・・・と思うのだが、実際にこうした拷問は国を問わずに行われてきたのだ。人間の想像力はこれまで数々の文明や発明を生み出し人類の暮らしを豊かにしてきたが、その一方ではこうして人間を苦しめのたうち回らせる残酷な方向へと注がれてきたのである。人間とは、考え方ひとつで賢者にもなれるし、どこまでも残酷になれる生き物なのだ。


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   その後、階下に下りてさらに城内をぐるりと通り抜けていく。なんとも無骨で容赦のない佇まいを見せる城である。外壁沿いを歩いていると、なにやら牢屋らしきものが目に飛び込んできた。


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   三畳もない狭い床の脇に、穴の空いただけのトイレが2つ。そこは完全に囚人の独房だった。いや、トイレが2つということは、この狭い空間に2人以上押し込められたということか。


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   トイレの穴からはお堀の池がそのまま覗いていた。なんとも陰鬱な空間である。糞尿垂れ流しのこんな狭い空間に押し込められたら、それだけで罰を受けずとも精神的にまいってしまいそうだ。そのうえ拷問までされたのではたまったものではない。もしかすると、囚人によってはあのギロチンが救いに思えていたのかもしれない。


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   いやはや、現実の中世ヨーロッパというものはドラクエのようなぬくもりは一片もない厳しい現実に生きた時代であった。このフランドル伯爵城は見所満載の見事な博物館である。10ユーロのチケット代などこれなら安いものだ。正直、ゲントはあまり期待していなかったしこのフランドル伯爵城目当てでこうしてゲントに来たわけだが、どうやらそれは大当たりだったようだ。


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   これで天気さえよければ、ゲントの印象ももっと違った爽やかなものになっていたのかもしれない。やはりお天道様の存在は偉大なのだ。ヨーロッパに来てからというもの、こうして曇りや雨に遭遇する確率がグンと上がってからは太陽のありがたみを嫌というほど実感するようになった。東南アジアで欧米人が半裸になって芝生の上に寝っ転がっているのも頷けようものである。


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   さて。フランドル伯爵城を後にしても雨は一向に止む気配がないので、この日も結局は教会の軒下で昼メシを食べた後、さっさと見切りをつけてホステルへと引き上げてしまった。ゲントも居心地がよければ滞在延長しようと思っていたが、雨では全くお話にならない。なので明日はアントワープへと発つことに決めたのだ。


   アントワープ・・・。ベルギーの第二都市にしてフランダースの犬の舞台。まったく興味を惹く要素はないが、ただなんとなく「アントワープ」という響きには美しいものを感じる。オランダ語では「アントウェルペン」と呼ぶという。そのアントワープにてベルギーの旅は終わりになるが、どうか神さまホトケさまルビスさま、何卒アントワープではお天道様がご機嫌を直されますよう、重ね重ねお祈り申し上げます・・・と、祈りたくなるほどに雨に降られたゲントの日々なのであった。