その年老いた女性は両手をペンギンのようにブラブラさせて
道路の脇を歩いてきた。本人は懸命に走っているつもりであることが
見て取れるのだが、老齢による脚の不自由さが手伝ってヨタヨタと
前のめりの格好で近づいてくる。手には首から掛けたカードを必死に
道路の向こうにかざしている。どうしたんだろう、と思いながら
その気の毒そうな姿を眺めていた。
するといきなり、クルマが行き交う道路を倒れるように横断した。
バックミラーでその80歳を過ぎているであろう女性を確かめた。
あっ、バスだ。女性はバスに乗りたかったのだ。手に持って遠くにかざしていたのは、
老人用の乗車パスだった。不幸にもバスの運転手は彼女に気づかず、発車してしまった。
道路をおぼつかない脚で横断した老女はバスに置いて行かれ、ガードレールを越えることもできず、
道端で呆然としていた。憤りも照れ笑いも見せず、悲しさも滲ませず、ただ無表情で呆然としていた。
今日2時頃の炎天下を、次のバスが来るまでバス停で待つのだろうか。
とてもあの年齢ではキツいに違いない。おそらく30分に1本のバス路線だろう。
何とかしてやりたいと思ったのだが、狭い道路で後続の往来を考えると前に進むしか術はなかった。
老女はその後どうしたのだろうか。距離を歩けない一般の高齢者の移動手段はバスぐらいしかない。
金持ちならタクシーという手もあるだろう。しかし、誰もがそういうわけにはいかない。
これだけ技術が進んでいるのなら、乗車パスに発信機でも内蔵させて、バス停周辺の搭乗者の
有無をドライバーが確認できるようにしたらいいのにと思った。
同時に、やがて自分もバスに乗り遅れる老人になることを
覚悟しなければならないと思った。
