先月のことだけど

2回、母と一緒に、病院へ検査へ行きました。

 

1度目は、CTの検査。

CTの検査ってさ、点滴して

あの狭い機械の中に

運ばれていくじゃないはてなマーク

 

認知症の母にとって

すごくストレスになることばっかりを

いっぺんにしなきゃいけないからさ

なるべく、苦痛を取り除いてあげたいし

なるべく、訳わからず何かをされる。

っていう状況を減らしたかった。

 

だからね、一々説明した。

先生や看護師さん達も

一応母に、説明してくれようとしてるんだけど

母は、聞いてない感じのことが多くってね

でも、私が「お母さん」って呼びかけると

ちゃんと目があって、話を聞いてくれる。

 

だから、一々

先生や看護師さんが行ったことを

私が、もう一度、母に伝える。

めんどくさいって思われるかもしれんけど

きっと、この方が、母は落ち着いて

いろんなことを受けられるんじゃないかはてなマーク

って思って、やってみた。

 

1日目のCTは

途中で、暴れたっぽい。

中に着いていく事はできなかったので

詳しくは知らないけど

途中で、叫んでる声は聞こえたから。

 

でも、看護師さんが

なだめてくれたのか

終わった時に中に入ったら

かあしゃん寝てた。

 

起き上がらせる時に

めちゃくちゃ怖がったから

私が、正面からのサポートに回って

「お母さん、私に捕まれば大丈夫やけん。」

って言ったら、安心したみたいで

暴れることなく、ベッドから降りることが出来た。

 

2回目の時は、胃カメラの日で

この日は、前回大丈夫だったから

大丈夫かなぁと思って

この部屋の前で別れた。

そしたらね、しばらくしたら

看護師さんが出てきて

「お母さん、車椅子から、立とうともしないんです。」

って言われて、中に入ったら

目も合わせてくれないくらい、怒ってたガーン

 

なんで怒ったのかも分からないから

どうしようもないけど、声かけながら

なんとかベッドに移動して貰ったけど

そこからは、頑として動かなくなってしまったあせる

 

病院のことも、先生のことも

看護師さんのことも

色んなことが頭の中を駆け巡るけど

娘っ子達の育児で、学んだ

「本人の言い分を聞いた方が

そのあとの立ち直りが早い。」

ってのは、お母さんにも通用すると思ってるので

そこは、周りの迷惑をわかりつつも

調整してもらえないかどうかを聞いてみる。

 

だって、やりたくないことを

無理やりやらされるのが嫌で

頑なに拒否している人を無理やり

言うこと聞かせても

そのあとの弊害が大きいもんね。

 

と思ってたら、看護師さんが

「お母さん、我慢強い方だったんじゃないですかはてなマーク

って、言われた。

 

もうね、ドンピシャ。

昔っから、周りの顔色を伺って

何か粗相をしないように。って

いっつも、我慢している人だった。

親戚の集まりの時も

自分だけ、台所で料理しながら

テーブルに料理運んで

親戚達が言いたい放題の中

黙って、笑いながら、そこにいることが

多かったし

多分、会社でも、自分が思ったことは

周りの様子を伺いながら

言わない方がいいな。と思ったら

グッと我慢してた方なんだと思う。

(あ、でも、顔には出てたはず。

めっちゃ、顔に出やすいタイプだから。。。)

 

でも、なんかね

看護師さんにそう言って貰えて

私の方が、ホッとしたんだよね。

 

なんて言うか

「もう、無理しなくていいし

無理させなくてもいいのかもしれない。」

って。

 

確かに、先生にも看護師さんにも

迷惑をかけたのは間違い無いんだけど

それでも、母の気持ちをここでは尊重しても

大丈夫ですよ。

って言われた気がしたんだよね。

 

どうしてもさ、子育ても介護も

「人に迷惑をかけちゃいけない。」

って行動を制限することが多いけど

そうしなくてもいい場面もあると思うんだ。

 

だからね、この時に

この看護師さんがこう言ってくれたのは

私にとっても、母にとっても

とっても、嬉しいことだったのです。

 

でね、結局

このまま無理矢理しても

めちゃくちゃ大変になるだけなので

時間を後ろにずらして貰って

検査しようってことになったから

「一緒に、外に行こう。」

って促して、一緒に、検査室の外に出たんだよ。

 

そしたら、待合室の椅子に

座らずに、Uターンして

検査室に入って、ベッドに座ったんだよね。

「んはてなマーク

って、そこにいた看護師さん含め

全員で、どう言うことはてなマーク

って混乱したんだけど

「もしかしたら、このまま検査出来るかもしれません。」

ってなって

急いで、先生呼び戻したよね。

 

そしたら、そこからは

すこぶるスムーズで

あっという間に検査終わったびっくり

 

いや、ほんと

子育ての時に学んでて、良かったと

心底思った。

 

分からないだろうからって

嫌がっていることを無理矢理させようとしたって

弊害しかなくって

こうやって、一旦、やめてみるのも手だし

別日に設定し直すのも手だよね。

 

でもそれには、本当に

たくさんの手が必要なんだよね。

誰か一人でやろうとしたら

その人の生活が、崩れてしまう可能性が

高くなってしまうから。

 

いやぁ、でも

この体験は、まじで面白かったし

「あぁ、私が、こうじゃ無いか。」

って考えて、やってきたことって

母にとっては、間違ってなかったかもな。

って、ちょっとだけ安心した。

 

 

 

 

現在、入院中の母が

体調不良だと連絡があり

他の病院で、検査して来て欲しい。

と、先日、連絡がありましたあせる

 

「他の病院で検査してもらわないといけないくらい

体調が悪いのかなぁはてなマーク

とか

「もしかして、癌とかを疑ってるのかなぁはてなマーク

とか、もうね、こういう時って

悪いことしか浮かばない。

 

でも、とりあえず、病院にいって

検査しないと、結果は分からないから

母を連れて、病院に検査しに行く。

 

1回目は、義理の母が付いて来てくれて

私が色んな手続きしている間

母の側で、見守ってくれてた。

 

2回目は、大雨予報で、スクールが

オンラインに切り替わってたので

1号ちんが、付いて来てくれた。

母は、ずっと手に何かを持って

いじっている方が落ち着くらしく

点滴のチューブを持って

引っ張ったり、丸めたりしようとするので

髪を結ぶゴムを渡してみたり

このキーホルダーを渡してみたりして

チューブをいじらないようにしてたんだけど

ふと、思い立って

「1号ちんの背中をマッサージしてあげて。」

って言ってみたら、やってくれた。

 

私も、小さい頃から

母にこうやって、マッサージして貰って

妊娠してた時も

出産した後も

たまに、こうやって母の前に寝転んで

腰や背中をマッサージして貰ってたんだ。

 

母が、手に何かを持って

いじっている動作をしているのは

この時の名残なのかもしれないなぁ。

 

家にいた最後の頃も

ずっと、洋服を畳んだり

本を移動させたりを

何度も何度も繰り返してた。

 

もしかしたら、もっと私が

家にいて、家事を丁寧にやることが

できる人だったら

一緒に、横に付いて、寄り添いながら

母の手を使って色んなことを一緒に

まだ出来てたのかもなぁ。

なんて思ったりしてねあせる

 

やれなかったことがたくさん出てくるけど

きっと、こうやって

穏やかに一緒に過ごす時間を持つには

一緒に住むことを諦めないと

難しかったんだろうな。ってことは分かる。

 

だからこそ、この時間を

こういう時間を

少しでも多く、一緒に過ごしたいな。

と思ってしまうのです。

 

母は、認知症だけど

まだまだ、母に甘えたいし

母に大事にして貰いたい願望が

こんなに自分の中に溢れてるんだなぁ。って

実感しているし

母が誰かを大事にしている姿を

見ることが、こんなにも自分の中に

幸せをもたらしてくれるってことに

気づかせて貰って

何だか、すんごい幸せだったラブラブ

 

母の体調も、大腸が人より長いくらいで

病巣があるわけでもなかったので

一安心。

 

にしても、1号ちん

気持ち良さそうに目をつぶってて

何だか、涙が出そうになったな。

 

 

 

3年前にこんなこと書いてる下矢印

 

 

 

 

アメブロ開いたら

こんな質問が目に入ってきたよ

「老後にやってみたい趣味、ある

 

これ読んで、すぐに浮かんだのは

「老後とは言わず、すぐやろう。

じゃないと、出来なくなるかもしれんよ」

ってね

 

 

いやぁ、もうね

本当に、やりたいことは今やろう!!

刹那的になってるわけじゃなくってね

「いつかいつか。」

って先延ばしして、どんな得をするはてなマーク

 

だって、やりたいんでしょーはてなマーク

いつか。とか、老後に。とか

きっとさ、その頃には

社会の状況も変わってて

自分の家族の状況も変わってて

何より自分が変わってる。

 

今、漠然とでも「やりたいなぁ。」

って思ってることは

出来たら、今やってみましょう音譜

って思うのです。

 

 

 

 

 

年始初の、かあしゃん訪問。

 

入院してからずっと

合ってなかった、かあしゃんの頭の中が

今日は、鍵穴のシリンダーが

カチャっと噛み合うみたいに

動き出した。

 

 

今日は、この方が

まだ冬休みだったので

一緒に行きましてね。

着替えを、ボックスに入れたり

洗濯物を回収したりして

かあしゃんのとこに向かうと

ちょうど、フロアにいるのが見えた。

 

ここ最近、ずっと変わらず

目の焦点が合ってなくて

私との会話も噛み合わなくて

なんとなく、寂しく感じてた。

 

今日も「お母さん」って呼んだら

振り向いてくれたけど

いつもと同じ、目の焦点が合ってなくて

「あぁ、今日も一方通行かなはてなマーク

って思った。

「ほら、2号ちんだよ。」

って、言って2号ちんに

意識を向けさせたら

「あら、2号ちんね。」

と言いながら、頭の中の何かが

ハマっていく感じがした。

 

その後も、普通に会話をしてみたら

思考がクリアになっていってるのが

私にも分かるくらい、会話が成立し始めた。

 

なんつーか

鍵穴のシリンダーが

鍵を回すたびに、カチャと

合っていくような感じで

徐々に、かあしゃんの人格が

出てきたんだよね〜。

 

認知症の人でさ

もう、ボケボケしてて

会話が成り立たない人でも

こういう瞬間があるんだよね。

 

ここに入院した日も

たまに、カチャって合う時間があったけど

今日は、久々で

なんだか嬉しくて、泣いてしまった。

 

でもね、こうやって

意識がはっきりした時に

私が1番怖いのは

自分の状況が分かるし

自分がどうしたいかはてなマーク

はっきり分かるってこと。

 

「帰りたい」し

「一緒に外に出たい」って

今日、入院してから初めて

私達に、伝わるように態度に出した。

 

これがね、私には1番辛いのです。

一緒に帰れないから。

外出したいけど

今日の今日じゃむりなんだ。

 

だから、嬉しいけど悲しい。

この瞬間に感じる罪悪感は

いつになっても慣れないし

「ごめんね。」

って思うのです。

 

 

 

「そんなに死にたいなら

今すぐ、死ねばいいやん。」

 

ここ何年かで、段々と小さくなっていく

私と瓜二つな母を見下ろしながら

私は、多分、1番言いたくない言葉を

思いっきり叫んでしまった。

 

 

小学校5年生の頃

私は母の身長を追い抜いた。

「大きくなったね〜。」

と母は、何だか嬉しそうだった。

 

母は、甲斐甲斐しくお世話をすることが

愛情だと思っていた人で

何から何まで、自分がしてあげることが

子どものためだと思っていた。

 

小さい頃は、それで良かったし

むしろ、私よりも

大事にされている弟に対して

「よっちゃんばっかりずるい。」

と嫉妬していた時期もあった。

 

それでも、順調に成長した私は

反抗期に突入した。

きっと、その頃から

母にとって私という存在が

一体何を考えていて、

どんなことをしようとしているのか

分からなくなって、

不安になり始めたんだと思う。

 

中学二年生の時、

私の机の引き出しに

片付けてあった日記帳が

私が片付けた時と

位置が変わっているのをみて

「あいつ、読みやがったな。」

と思った。

 

そのまま、部屋を出て

乱暴に台所の引き戸を開ける

「お母さん、勝手に私の日記読んだやろ。」

と問い詰めると、

母は、すぐに認めた。

 

謝られたけど、ふざけんな、と思った。

「子どもだからって、

あんたがどうにでもしていいわけやなか。

人の日記盗みみて、

あんた恥ずかしくないと。

信じられん。」

って、怒鳴りまくった。

 

母は、どんな気持ちだっただろうか。

でも、それでも

どこかで、信頼していた母に

裏切られた気がして

悲しくて、悔しくて

「何なん、まじで何なん。

あいつ絶対許さん。」

と、泣いて呟きながら

弟と一緒にねだって買ってもらった

二段ベッドの下の布団に潜り込んだ。

 

 

あの時と同じ気持ち

悲しくて悔しくて

どうしていいか分からなすぎて

この世で一番汚い言葉を吐き捨てて

泣きわめくしか

私には、出来なかった。