出会い_4 2000年9月


ディスコに行って、帰ってくると高熱。

しかも微熱とかじゃなくて、気持ちいいくらいの高熱。


ビックリしました。


一緒に勉強をしようと約束していた、

斜め前の部屋に住むクラスメートであるビルマくんに(またもアフリカン)

今日は無理ですと言いにいこうとしたら、部屋が真っ暗でまだ寝ている感じ

だったので、手紙を書いてドアの隙間から入れておく。


そうして寝ていると、電話。

ササンから。


喉も痛く、声になっていない声を聞いて心配してくれるササン。


病院に連れて行ってくれるというけれど、

いくら彼の英語が分かりやすいといえども、病気とかの会話になると私自信なし。。


もちろん、留学して半月も経たない私には、現地の言葉が分かるわけでもなく

丁重にお断りして、再度就寝。。。


それから数日間、毎日毎日電話をくれる彼。

風邪はなぜか一向に治らず、人生初めてというほどの辛さ。。。


私はとうとう、時々見かけるけど、あまり話したことのない、日本人留学生に声をかけて、

お願いして病院に連れて行ってもらうことに。


診察結果は、やはりただの風邪。

レントゲンを撮ってもらったけど、多分(?)異常なしとの事。

薬をもらって帰宅。


その夜、その日本人留学生がにんにくのたっぷり入った野菜スープを作ってくれて、

食べさせてくれた。

ちなみにこの日本人留学生というのは男性。

まさに男の料理といった、手荒い感じのする野菜スープだったけど、

未知で美味なそのにんにくスープのおかげで、翌朝目が覚めると熱がピッタリさがってました。

ありがとう『 I 』くん。


体重を4kgも減らしてくれた風邪は、にんにく入り野菜スープですっかり良くなり、

再び授業にも復帰。


ササンからはその間も毎日のように電話。


そうして9月も末になりました。

9月の頭にディスコに連れて行ってもらったきり、彼ササンとは会っていなかった・・


にも関わらず。


彼は、私に

「I love you」 と言ってきました。


アイ・ラブ・ユー。


日本人にとって、こんなに馴染みのある英語は無いでしょう。

ハローよりも馴染みがあるかも知れません。


でも、意味を込めて、実際に言われてみると、新鮮すぎてビックリ。

彼に告白されたことより、本当に「I love you」という英語が使われているのだということに驚き。


私は、「好きだけど、無理・・・」と答えました。

でも引き下がらない彼。


私は、今、英語で上手く言えないので、しばらく考えて、後日又答えます。と伝え電話を切りました。


つづく。



成人式だというのに今日はスゴイ風。

そういえば、私の成人式の日も結構風がきつかったな。

振袖のたもとがずっとひっくり返ってたのを思い出しました。


今日は、近所のおばさんと母が何気なくしていた会話にちょっと落ち込み気味。


同じ町内に国際結婚をした同級生がいるのだけど、彼女のアメリカ人である旦那さんが

ここ1年ほど日本に来ていないらしい。

(もともと単身赴任だったよう)

離婚したんじゃないか・・・など、勝手な噂話を我が家に持ち込む近所のおばさん。


そして、近所のおばさんが白人はまだいいけど、黒人となんて結婚すると・・・といい始めた。

同調するうちの母。 ただ、母は日本人以外は嫌・・・などと付け加えていた。


ふぅ・・・疲れるなぁ。こういう会話。

でも、私達の母の世代ではこういう考え方をする人が多いのも現実。


私は、清く、正しく、とても優しい母が好き。

だからこういう発言をされると、とても心が痛むのです。


ちなみにこの会話。

聞くのは、今日が初めてじゃない。


国際結婚をした彼女の話題が出るたびに、最後の方はこの話になる。


なんか嫌だなぁ。


もし、彼が日本人だったら家族全員が大好きになるほど、

素敵な人なのになぁ。

我が家の家風にもとっても合ってるし。

ある意味日本人より日本人らしいし。


・・・。

考えてもしょうがないので、お風呂に入って寝よ温泉

今日は日曜日。

朝から彼に国際電話をかけてみました。


1月1日に電話して以来、ちょっぴりご無沙汰だったため2時間もの長電話。

彼の職場の愚痴を聞いたり、留学中の共通の友達の話題を話したり、

なんの事ない会話ですが、話してて本当に楽しいところ。

これが私が1番好きなところです。

言葉の壁を感じたことはありません。


彼はイスラム教徒。

サダムフセイン氏の処刑の話になりました。


彼はアメリカが介入したこと、

そしてイスラム教徒にとって大切な祝日に執行されたことに大激怒。


私はWEBで処刑の一部始終を見てしまったことを話しました。


あの異様な雰囲気で行われた処刑を思い出しちょっと気分が悪くなりました。

自らそのWEBサイトを探し、見たのですが・・・。


今日はこの辺で。。。


明日、出会いの続きを又書きます♪



高校生まで門限6時という厳格な家庭に育った私。

(ちなみに大学の時は門限9時。。)

そんな私が留学先で出会ったアフリカンと恋愛中。

親にはもちろん言っていません。


ただ今遠距離恋愛中。

彼と出会ってから6年半。 付き合って5年になりました。


今日も出会いを振り返ります。


出会い_3 2000年9月


電話に出ると、それはササンからの電話でした。


簡単な挨拶の後、簡単な会話を交わしほんの5分ほどで会話終了。

たしかそんな感じだったと思います。


そして、その日からほぼ毎日のペースで電話がかかってきました。


数日後、

「料理を振舞いたいので僕の部屋に遊びに来ませんか」 とのお誘い。


彼の性格はとっても好きだけど、顔が・・(ごめんなさい、ダーリン)と思っていた私は

今のまま良いお友達で・・・と切望していたので、とりあえずは一旦お断り。


でも、彼は諦めませんでした。


「じゃ、友達も誘ってみんなで行ってもいい?」と聞いてみました。


「もちろん。みんなで来て。」との事。


既に仲良くなっていた2人の日本人留学生を誘って、彼の寮へ。


隣人シャイニンと更にその隣に住んでいた同じく北アフリカ出身のイガワンも一緒に来たので

3×3の合コンのような感じ。


ササンの部屋に到着。

とってもキレイに整頓され、ベッドカバーまで自分のものをかけているこだわりよう。

私の部屋のように、寮備え付けのものしかない殺風景な部屋とは違い、

私より1年早く留学している彼の部屋は、生活の香りが漂うあったかい雰囲気でした。


同時期に留学した私達日本人3人で感動していると、

ササンが可愛いエプロンをして登場。。。 そのちょっと寸足らずのエプロンが可愛すぎる・・・。


誰も手伝う気配がないので、仕方なく私が手伝いに行くことに・・。


共同キッチンで仲良く料理をすること1時間くらい。

料理をあまり作れない私は、ひたすら彼の助手に徹し、最後には4種類くらいの料理が出来上がりました。


食べると美味しい!!

肉料理は実はレバーだったのだけど、レバーの臭み一切無し。

本当に美味しかった虹


その後どうする~?となり、私がディスコに行きたいとリクエスト。

(今時ディスコというのもなんなのですが、相手は外国人なので)

私の他の日本人2人は帰るとの事。

ということで、次は私プラス3人のアフリカンでディスコへ。


私が服を着替えたいと言ったので、一旦他の2人と一緒にタクシーで寮へ帰ることに。

ササンも付いて来てくれました。

私がタクシーを降りようとすると、彼は

「僕には気を使わないで、ゆっくり身支度するんだよ。OK?」と言ってくれました。

こういうところに惚れちゃうんだよね~ドキドキ


私は着替えて再出発。


ディスコでは外国人専用フロアに行ったこともあり、かなり国際的な雰囲気。

(ちなみに私が留学したのはアジア圏です)


ササン、シャイニン、イガワンと踊ることしばし。

日本と違って、人目を気にせず気持ちよく踊れます。


そして、お開き。


帰宅は夜の3時でした。

こんな時間に堂々と帰れるなんて一人暮らし(留学?)の醍醐味!


寮に帰ると相変わらずの断水。

当時、頻繁に断水があった留学先では、

日本人の私も蛇口から水の出ない生活に慣れっこになっていました。


溜めていた水で顔を洗い、湿した冷たいタオルで体を拭いて就寝。


そして翌日。


なぜか高熱が出ていました。

8月末から突然涼しくなり、確かに昨晩ディスコの帰りは汗をかいた後というのもあって寒かったな・・

と後悔する私。

海外初の病気です。


つづく。





箱根駅伝を見ながらブログ書いてます。


大学生が一生懸命にタスキをつなぐ姿は本当に感動です。


本題に入って、昨日の続きです。


出会い 2_2000年8月


寮に到着してちょうど1週間くらい経った頃でしょうか。

新学期が始まるまで、あと4~5日ありかなり退屈していた頃です。


突然、シャイニンと共に私の部屋を訪問してきた彼ササン。


第一印象は、「どうして、私の相手はいつもいつも・・・。」とがっかりした気持ちを隠せない。。そんな外見。


私の寮には、隣人のシャイニン以外に10名ほどのアフリカンがいたのですが、どの人も美形。

そんな美しいアフリカンに見慣れてしまっていた私の前に登場した、ササン。

今はカッコイイドキドキと思っていますが、当時は、他のアフリカンと比べてブ男扱いしてしまっていたのでした。


大学は同じなのだけど、別キャンパスに通い、その別キャンパスの寮に住んでいるササン。


とりあえず、2人を部屋に招きいれた私。


ベットと勉強机を置くといっぱいいっぱいの窮屈な一人部屋で、3人ひしめき合いながら

初対面だし、授業も始まっていなかった当時としては更に共通の話題もないし・・・と、

会話もそれほど弾まない、気まずいひと時を過ごす事しばし。


暇つぶしに作った自作(手書き)の名刺を渡したり、お互いの連絡先を交換して、

15分くらい経った頃でしょうか。 なんとなくお開きになり、2人は帰ってゆきました。


別に連絡先を軽はずみに渡さなくても良かったのかも知れないのですが、

とにかく狭い部屋で3人。することが無かったのです。


そして、翌日。

電話が鳴りました。

「もしもし」と普通に日本語で受話器を取った私。

聞こえてきたのは、聞き覚えのあるスウィーティなササンの声でした。


つづく。