正確にいうと、まだ全編を完読した訳ではない。日本経済新聞に連載された論考を収録したエッセー集なので、テーマごとに、いくつかを選んで読んでいるのだが、読んでみて啓発されることがかなり多い。だから、新鮮な印象や余韻が残っているうちに、それをそのつど記しておこうと思ったわけだ。

 

 著者は東大の理学部数学科卒・同大学院卒だが、米国に渡って「経済学者」となり、米国や日本の大学の教壇に立った人だ。2014年に86歳で亡くなった。巨星を失った感がある。

 

 彼の考察と言葉には血が通っているので、共感できることや気づかされることも多いし、自身が社会を考察しようとする際に使うべき概念の用語と用法の勉強になるので好きだ。

 

まずは、1983年に「文化功労者」となって、宮中で昭和天皇のお言葉の「キミ。キミは経済、経済というけれども、要するに人間の心が大事だと言いたいんだね。」と指摘された際、電撃的なショックを受け、目がさめた思いがした。という記述があった。

当時の経済学では、経済学はホモ・エコノミクス(経済人)を前提にしていて、現実の文化的、歴史的、社会的な側面からは切り離されて、経済的な計算にのみ基づいて行動する抽象的な存在として人間をとらえていて、人間の心を考えるのはタブーとされていた。ところが、天皇陛下のズバリの指摘に、啓発されて“経済学に人間の心を持ち込まなければいけない”と思ったそうなのだ。その後、彼の著作には「社会的共通資本」という概念が頻繁に登場するが、それが具現化した概念なのだ。

 

 自身が彼の著作に、共鳴や共感や啓発を受けるのは、この“人間の心”つまり生身の人間の心を大事にするという姿勢が貫かれているからなのだと分かった。

 

 もやもやしていたものが、一瞬にして鮮明になる瞬間というものがある。彼にとっては、「人間の心が大事だ」という言葉だったわけだ。人間の生業と人生にステージがあるとするならば、新たなステージに上った瞬間がある。脱皮といってもいいのかもしれないが、質的に異なる世界への飛躍の瞬間のことだ。もやもやというこころの中は熟してはきているが突き抜けきれない状態のときの幸運と必然が重なったような運命的な出逢いはあるものだ。

 宇沢氏がのちに巨星と呼ばれるようになったのにも、そういう「人間の心が大事だ」という言葉との出逢いという入り口があったのを知って人間性にも触れた気がしたし、そういう経済学が存在したことを知って安堵した。

「社会的共通資本」の概念を言霊が潜むと信じて、掘り下げて学んでみようという意欲が湧いてきた。