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気づきが大事!のブログ

読書やセミナーで学んだこと、気づいたこと、人との会話、出逢いで、事件・ニュースで考えさせられたことなどを書き綴っていきますので、お読みいただければ、とってもうれしいです。

人生、時には不満に思うこととか、どうしても納得のいかないことまあります。
一生懸命に生きている人ほど、そんなことが多いと思います。

ボクは、そんなに頑張って生きているわけではないですが、
それでも、仕事ことで、自分なりに考え、相手が喜ぶことをしようと実際行動し、相手からもたいへん感謝されました。

でも、今日、それは自分勝手な判断だとめちゃくちゃ怒られました。

そして、ボクより遥かに経験も知識も浅い女性の後輩たちに相談してから行動しろと、女性の上司に言われました。

女性に偏見を持っているわけではないですが、目の前の仕事にキュウキュウとしていて、その先のことを考えることを拒否している、そのことをボクがしたのが、自分よがりな行動と見なされたのです。

余計なことをするな!ということですか。

反論はしませんでしたが、とても残念で、無念でした。

愚痴をこぼしたり、何かでうさをはらすことで楽にはなるものです。

正直に言うと、お酒をたくさん頂いてしましました。

しかし、飲みながら考えました。

こんなことをしていたら、単なる逃避だし、それを繰り返すことで、やがてつまらない“習慣”や“惰性”になっていくかもしれない。

それで、ある書籍のこと思い出してページをめくると、ボクへの絶妙のアドバイスがありました。

『簡単に「憂さ晴らし」はしないでください。
憤りをかみ砕いて、ぐっと呑み込むことができれば、
それをいつかは物事を変える力になりますから』
 
覚悟の磨き方 超訳 吉田松陰 (Sanctuary books)」

以前のボクは、悔しいとき、腹が立ったとき、“ちくしょう”とか“くそったれ”とか、斎藤一人さんが言うところの「地獄言葉」を吐いていました。

で、つい最近は、「天国言葉」(例 「ありがとうございます」「感謝します」しあわせだなぁ」「ついてる」など)言うようにしています。

つい放ちそうになる地獄言葉を呑み込んで、でも、まだ素直になれない部分があるので(未熟者ですから)、
「Thank you」とか「Thank you so much」などと言うようにしています。

もちろん、今日の帰宅中は、ずうっとその言葉の大連発でした。

今日も最後までおつきあいありごとうございました。感謝!
では、ごきげんよう。よい週末を。

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もう11月中旬になりました。

壁にかけてある6枚組のカレンダーなら、最後の1枚になりましたね。
ボクの部屋のカレンダーは、卓上のものは12月分が残っているので後1枚です。
壁には銀行から取って来た(もらったのではなく、ちょうだい!と言って頂いたものです)1年間のカレンダーが貼ってあります。
(どうでもいいことですが、長期と短期の計画を考える時に便利なので。といっても、たいした計画も実行できずに、今年も終わりそうなので悲しいです。でも、最後まで粘るつもりではいます)

ほんとに、歳を重ねると、つくづく時間の経つのは速く感じます。

何で、こんな話を持ち出すかというと、もうすぐ年末なので知っておいた方が良いかなという情報です。

大好きなテレビ番組「そこまで言って委員会」(10/21 関西エリアのみの放映)で、伊勢神宮の参拝客が、今年が式年遷宮20年目に当たるため10月上旬で1000万人を越えているそうです。年内の参拝客を想定すると、かなりの人数になるとか。

幕末の“ええじゃないか”のお伊勢参り騒動の参拝人員はわかりませんが、これまでにない人数になるかもしれませんね。

そんなことは、どうでもいいのですが、ここでお伝えしたかったのは2つあります。

一つ目は、その番組で初めて知ったことで、年末年始でお伊勢さんに行かれる方にお伝えしたいのです。

伊勢神宮では、個人的な願望を祈ることは×です。NGなのだとのことです。

日本津々浦々に神社は8万ほどあります(コンビニエンスストアは、最近5万店舗を越えたそうですが)が、伊勢神宮だけは、特殊・特別で、
「誰が」「誰に対して」「何を」祈る場所であるかというと、

「天皇陛下」が「日本国民」に対して「国民の幸せ」を祈る唯一の神社だということでした。

ほんと、「しらなかったなぁ、もう」(昔の古いギャグです)

だから、もしお伊勢さんにお参りされる方は、お賽銭を奮発して個人的な願望をお祈りしても聞いてはくれませんよ。
お祈りするなら、私たち国民のために祈りを捧げておられる今上天皇陛下の長寿や健康を願うのが正しいのです。

真偽はしりませんが、そのことを話していた竹田恒泰氏(廃絶された旧皇族宮家の9家の内の家系で、慶応大学出身の憲法学者。お父上が馬術競技でオリンピック出場経験があり、今回の東京オリンピック誘致実行委員会長)の勉強会の一員が、それを知って初めて個人の願望を祈らず、陛下の健康を願ったら、会社の業績が上がったといいます。

参拝を予定されている方は、試されてはいかがでしょうか。

二つ目は、これがお伝えしたかった本題です。

いわゆる「神頼み」のことですが、まったく逆の意味だったのです。

「神頼み」は、神様にお願いごとをするのではなくて、神様のお願いごとを聞くことだそうです。斎藤一人「運」サンマーク出版)

例えば、「もっと世の中を楽しくしようよ」「困っている人を励ましたり、助けようよ」「家族仲良く暮らそうよ」「もっと笑おう、楽しくする工夫をしようね」などの神様からのそれぞれ各個人に向けてのお願いごとを聞いてあげることなんですって。

これは、ほんとほんと、「びっくりしたなぁ、もう」(これも古いギャグで申し訳ないですが、実感です)。

その見返りが、きっとある、と思ってはバチが当たりますので、ご注意くださいまし。

こういう発想の転換というか、異なる観点から物事を見たり考えたりするのって、自分が豊かになるようで楽しいです。

今日も、最後までおつきあいいただきありがとうございます。感謝!
では、御機嫌よう。



前回につづく、斎藤一人さんの教えです。

“助平”とは、“平に助ける”書きますよね。

一人さんいわく、その本当の意味は、まわりにいる女性、男性、つまり異性に対して、
「平等に、やさしい言葉をかけたり、ほめてあげること」だそうです。

そうすると、ボクなりの解釈ですが、心の中に異性に対してゆとり、余裕が生まれて、異性から声をかけやすい隙間なり空間が生まれるらしいです。

きっと、良いフェロモンがでるのでしょうね。
そのことで、良い人間関係や生活環境が豊かになるということでしょうか。

日本人は、人を褒めるのが苦手な傾向があります。

褒めて損するわけでもないし、自分が負けるわけでもないのに、とは思いながら、実際に実行するとなると、なかなか難しいんですよね。

その精神構造、心理的な要因については、長くなるので、また、後日、お話しすることにしますが、
褒める言葉をケチる人には、「運」が“運ばれてこない”のは、考えてみれば納得のいくところです。

今日も最後までおつきあいありがとうございます。感謝!
では、御機嫌よう。