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気づきが大事!のブログ

読書やセミナーで学んだこと、気づいたこと、人との会話、出逢いで、事件・ニュースで考えさせられたことなどを書き綴っていきますので、お読みいただければ、とってもうれしいです。

時間は誰でも大切なことは判っています。

でも、若い人は、時間が無尽蔵にあると無意識に感じているので、時間を浪費していることに実感がありません。

年齢を重ねると、時間の大切さを感じるようになり、できるだけムダに使わないように気をつけるようになります。

よく“コストパフォーマンス”という言葉が使われますね。
支払ったお金に対する見返りの代償を意味する「費用対効果」のことをさすのはご存知のとおり。

では、時間と、その時間を費やした行動の価値や効果は、何と言うのでしょうね?
浅学のせいで、ボクは知らないのですが、あなたは、ご存知ですか?

ある本では、人間の行動パターンを“必要性”の観点から見て、次の5つに分類しています。

①絶対にやらなければならないこと
②やったほうがいいこと
③やってもやらなくてもいいこと
④やらないほうがいいこと
⑤やってはいけないこと

時間の使い方にシビアな人や、成果を上げている方は、①をさっさとやり切り、後に残すことはないのでしょう。
そして②への準備をしています。だから、目標やゴールに速く到達することができるようです。

③と④は、実に悩ましい問題です。
たいていの人は、ボクを含めて、気づいてみれば、一日の大半を、このことに時間を費やしてしまってるからです。

どうしてか?

生活や人生の中での楽しみ(愉しみ)が、この③と④の分野に多く有るからです。

一日の行動を振り返って見るとわかります。

無意識の内にテレビにスイッチを入れ、携帯のメールをチェックし、それでも足らず、通学・通勤の合間にもメールにゲームです、

駅のプラットフォーム風景を思い浮かべて、どうでしょう。

ほとんどの人が首を下に傾け携帯画面を見入っています。
忙しく指を動かしている人もいます。
歩きながらでも。
自動車の運転や自転車に乗りながらメールを打っている強者もいます。
まったく「リスクマネージメント」を微塵にも感じない無神経者ですね。
やがては事故を起こし、多額の賠償金に呆然としないように願うばかりです。

ボクは小学生の頃、白杖をついた目の不自由な方が駅のプラットフォームの淵を真っすぐに歩いているのを見て、
自分のやってみようと、目をつむって歩いてみました。

で、どうなったと思います?

きっちり線路に転落して痛いのと恥ずかしい思いをしました。バカですね。
いまも時々、その夢を見て、カラダが地面に吸い込まれる感覚になり、愕然とします。
だから、歩きながら、運転しながら、自転車に乗りながらメールをしている人を見かけると、背筋がゾッとします。

またまた、脱線してしまいました。

言いたかったことは、⑤の行動は当然NGですが、③と④は、愉しみとは言え、達成したい目標や夢があるなら、シビアに時間の配分、バランスを考えましょう、ということです。


毎日少なくとも一回、
何か小さなことを断念しなければ、
毎日は下手に使われ、
翌日も駄目になるおそれがある。 (ニーチェ)


あなたに時間が
どれだけあるかというのは問題ではない。
むしろ、時間をどう使うかが問題なのだ。  (ケリー・グリーソン 米国の能力開発の権威)


今日も、最後までおつきあいいただきありがとうございます。感謝!
では、明日も御機嫌よう。

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イヤイヤ仕事をするとネガティブな要素を引き寄せてヒドいことになるぞ、と書いてある本を読みました。
先に、その本を読んでいれば、良かったののですが、身をもってそのことを痛感させられました。

今月の初め頃です。
職場でノロウィルスに感染し、生まれてはじめて4日間ヒドい下痢と嘔吐で寝込みました。
吐いても、もう胃液しかでないので、胃はキリキリと痛むし、水便が出るので、飲水も止めました。
この時、どれだけウオッシュレットを発明した人に感謝したか、解ります?

4日目にようやく水が飲めましたが、その4日目の夕方に「明日は出勤してくれ」との電話です。
家族は大反対です。
そう、家族全員が感染してしまったからです。

まだノロが収束していない、管理がズサンな職場への出勤です。
つくづく、自分の境遇が情けなく思いました。

それで、しばらくブログを休みました(言い訳っぽかったかな)。

冒頭に述べた本というのは、
「2週間で一生が変わる魔法の言葉(まほうのじゅもん)」はずき虹映著です。

“自分を追い込まず、軽い気持ちで人生を考えようよ”と提案している、とても面白い本なので、ボクなりの解釈で紹介します。

著者は、「魔法=真法」、「呪文」は呪いの言葉なので、「授ける文言」の意味で「授文」として、「真法の授文」と表現しています。
なるほど、その方が正しい解釈のように思えます。

さて、まず第一に、
「絶対、大丈夫の法則」の中の「真法の授文」として、
①「人間だもの、いろいろあっていいんじゃない」
②「絶対、大丈夫」
③「すべては、うまくいっている」

「荷物を降ろすと軽くなる法則」では、
④「私はガマンしない」
⑤「私はいい人をやめる」

「出したものを受け取とる法則」
 受け取れば受け取るほどギフトが増える。だから、素直に、無邪気に喜ぶこと。
⑥「ありがとうございます」
⑦「私は、日々、あらゆる面で、ますます輝いています」

 (似たような意味の英語のアファメーションを思い出しました
「day by day, in every way, I'm getting better and better」)

「頑張らない、必死にならない、努力しないの法則」
⑧「私は、とても良くやっている」
⑨「ツイてる、ツイてる」

要するに、自分を責めない、自分が最高の自分の応援団長になること、なんですね。

誤解を生まないように、いろいろと説明したいことが多々あるのですが、このへんで止めときます。続きはまた後日。

今日も、最後までおつきあいいただきありがとうございます。感謝!
では、明日も御機嫌よう。


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お相撲の四股はご存知だと思いますが、ふと四股を踏んでみました。
(「シコふんじゃった」という映画がありましたね。監督・脚本は周防正行。主演は本木雅弘)

階段を降りるときに、突然、フワっとカラダが浮き、脚を踏み外しそうになって、何とか着地したのですが、ボヨヨ~ンっと、異次元に脚を踏み入れたかのような歪んだ風景と、まるで柔らかいスポンジ踏んだかのような不思議な着地感で、大地と自分の脚の接触の関係に違和感を覚えて、、何やらおかしいぞと恐怖を感じました。
(なんと、大袈裟なおことをとお思いでしょうが、あなたはこんな感覚はありませんか?
不思議と、ボクは子供のころから何度か経験しているのです)

何で、それが四股に結びつくねん、とツッコッミを入れてくださいね。

左膝痛と足底腱膜炎(そくていきんまくえん。有森裕子さんもこれで手術されました。銀・銅メダリストと一緒にするなと怒られそうですが)で、ジョギングができなくなって久しいのですが、かつてトライアスロンを共に戦ってくれた戦友の愛車(ロードレーサー)で、1週間で約20キロは駆けています。
ところが、最近、乗り始めと止まる時にフラつきを感じるようになって、うそっ、ほんまに歳!
なんとかせんと。
ストレッチ、バランス感覚磨き、大腿筋強化、、、で、四股が思い浮かんだのです。

実際に、四股をやってみると、いろいろな要素が絡まっていることを発見しました。

片方の脚を上げ、もう一方の足の裏だけで傾いた全身を支えることになりますが、
これが、なかなか、ふらついて安定しない。
地球と自分の関係を意識することになります。
引力。重心。

硬くなってしまった自分のカラダを痛感させられます。

静かに脚をおろし、ゆっくりと腰を落として、そのまま深く股を割っていく。
そのとき、呼吸はどうすんの?
脚を上げる時に吸って、身体が沈んでいくとに吐くのが自然やろう、
でも、それってホンマ?
その他、いっぱい疑問がわいてきます。

子供相撲で習った四股、相撲部屋を取材した時に目の当たりにした、カラダ中からもうもう立ち上る湯気と汗が飛散する四股、鉄砲を思い出しての、唐突の四股修行。

さらに、大きく脚を上げて、地面を踏みしめてみる。
何かを押しつぶしているような感覚になります。
それは、物理的なことだけでなく、自分のこころの中の何かのような気もしてきます。

そこから発展して、今日の言動は、あれで良かったのだろうか、他の選択枝もあったのではないか、などの日頃の自分のことが思い浮かんできたり、人間関係のことが思い出されたり、、、。

さらにさらに、いま自分は目標に進んでいるのだろうか、これでいいのか、本当は何を望みなのか。
(そんな想念や疑問、こころの底をさらうようでいて、でも漠然としている思いがふつふつと湧いてきます)

そのうち、もっともっと高く脚を上げても、腰がぴしゃりと決まってきて、やったらやっただけのことはある、とばかりこころの中でニマっとしながら、もう数回、ミシミシと太腿が悲鳴をあげるまでやってみたら、もう翌日は便座に座るのもタイヘンです。
でも、身体的、精神的に、何だか面白いなと感じました。

お金も場所もいらない四股修行。
(ただし、場所を選ばないと、ヘンなやつと思われかねませんのでご注意を)
例え、三日坊主でもいいや。
四股も休み休みやれば、長い目で見たら続いていることになるので。
これも、自分を追い込まずに、長続きさせるコツですね。

何かをやり始めたら、肉体的にも、精神的にも、何かしらの変化を感じるようになり、そのうち、はっきりとした変化、成長を実感するようになるものです。

それは、すべてに共通するものだと思いました。
(暗示的に伝えたくて、シコふんじゃった)。

今日も、最後までおつきあいいただきありがとうございます。感謝!
では、明日も御機嫌よう。