気づきが大事!のブログ -25ページ目

気づきが大事!のブログ

読書やセミナーで学んだこと、気づいたこと、人との会話、出逢いで、事件・ニュースで考えさせられたことなどを書き綴っていきますので、お読みいただければ、とってもうれしいです。

ホメオスターシス(恒常性ホルモン)を、あなたはご存知かと思いますが、確認のために、補足すると、
自分のカラダを外的にも内的にも適応させて、生存を確保するメカニズムのことです。
例えば、体温調節とか自己治癒力ですね。

自分のカラダを守ってくれているありがたいものなのですが、時々はやっかいな存在でもあります。
ダイエットなどのリバウンドが良い例です。
頑張って太っていた身体を絞っても、いともカンタンにもとのカラダに戻してくれます。
メンタル的には、普段は70点の生徒が、たまたま100点を取っても、いやいや自分は70点の人間だと、次の試験はきっちりもとどうりの点数に戻ってしまいます。
精神的には、いわゆるセルフイメージのなせる業なのですが、これもホメオスターシス=現状維持装置が働くからです。
いくら建設な計画を立てても、成果が出ないどころか実行すらできない、という経験は、ボクには多々あり、情けない限りです。

最近、こんなことにも影響するのかと驚愕した、あることがありました。

不要になったものを、ヤフーオークションに出品したりするのですが、そのヤフオクで思いもかけない大金を得ました。
これはラッキーとばかり浮かれていたら、忘れていた支払いの請求が来くわ、歯が折れるわ、パソコンのマウスが壊れるわ、自転車のタイヤがパンクするわ、長年の重みに耐えかねたのか本棚が崩れるわ、愛犬の耳と目の治療費がかかるわなどなど、「楽はさせたれへんで」とばかりの出費が津波のように押し寄せてきて、せっかくの大枚のお金があっちゅう間に懐から流失していくではありませんか。
「なんでこうなんの?」もう「なんでやねん!」と心中で叫びつつ、ただただ呆然と見送るばかりでした。

お金持ちの方々は、使えば使うほど、その分お金は入ってくると言っています。
それなら、“ホメオスターシス=現状維持装置”を良い風に解釈して、バンバンと実行してみたらどうなるのか?
アベノミクスに貢献できるかもしれませんが、個人としてはとてもリスキーな試みです。
小保方さんの「stap細胞」なみの、存在するかしないかの証明の検証になるやも知れません。

結果、すってんてんのスカンピンで、一家離散、ホームレスになってしまうのか。
使ってもその分入ってくる現状維持メカニズムが発揮されるのか、いずれご報告することにいたしましょう。

今日も、最後までおつきあいいただきありがとうございます。感謝!
では、明日も御機嫌よう。


-









マインドコントロールされやすい人は、過去に、親をはじめ、兄弟などの家族、学校の先生、所属するなんらかの部やクラブの先輩諸氏からの影響や、何らかの刷り込みされている(それによって生まれた思い込み)場合が多いのではないかと、ふと思いました。

そんなことしてはダメ、バチが当たる、おまわりさんに捕まる、刑務所に入れられるぞ、ちゃんと勉強しないと良い学校に入れないよ、などの脅し文句を言われた経験はありませんか?
ボクが小さい子供の頃はそんな感じでしたね。
(いまや、マスゴミがその一旦を担っているような気がします)

小さい時に父親の冗談か、知り合いのおまわりさんに手錠を掛けられたことを、うっすらと覚えています。
何かの悪さをしてのお仕置きだったのか忘れましたが、ずっしりと重く、ヒヤッとした冷たい感触と恐かった感覚が、思い出せば手首によみがえります。いまの時代では、とんてもない事件ごとですが。
でも、現在では、面白かった、貴重な思い出のように人に話すほどになっています。

大なり小なり、カタチは異なっているでしょうが、その刷り込みやトラウマとなっている部分の周辺を、そおっと触られるだけでも、かんたんにマインドコントロールされてしまうので、その自己認識なり意識がある方は、ぜひ気をつけて防御しましょう。

過去の刷り込みに対する払拭方法は、かんたんであることを最近学びました。
それは、その刷り込みされた事柄に、何の根拠も意味もないことを冷静に分析し、判断することでした。

苫米地博士の著書で「まずは親を超えなさい」がありますが、近しい人ほど、無邪気な愛情はあっても無知なアドバイスが多いこと、また、他人の無意識な悪意を秘めた助言があることに気をつけておいた方が良さそうです。

詳しいことは、また後日に。

今日も、最後までおつきあいいただきありがとうございます。感謝!
では、明日も御機嫌よう。


-















人生って、妥協の連続かもしれませんね。

日々の生活だってそうです。

今日は塩サバ定食を食べるぞ、と思っていたのにイタリアンにしようよ、と言われて変えられたり、大好きなラグビーの試合中継を観ようと思っていたのに、お笑い番組にチャンネルを変えられたり、、、、。

この「妥協」という言葉を、強めに表現すると「挫折」になるのでしょうか。
逆に軽めに言うと「折り合い」ということになるのかも。

それは、人生や毎日の生活を、できるだけ波風立てずに他の人々とともに生きて行く知恵なのかもしれません。

だから、「妥協」は、決して悪いことではありません。

でもね。

もし叶えたい夢や達成したい目標が明確になるのなら、あんまり、「妥協」ばかりしていたら、また、都合良く自分に「折り合い」ばかりしていたら、どうなんでしょうね。

ゴールまで時間がかかりそう。

ボクはフルマラソンを初めて挑戦したとき(35歳時)、先輩たちの、「しんどかったら、歩いてもいいよ」というアドバイスで、所々で歩きました。
でも、それは自分で失敗だったなと思っています。
目標のの4時間を切れなかったし(時計をしていなかったせいもありますが)、次に走り出すのにどれだけ辛らかったか、逆にどれだけエネルギー消耗したか。

以来、ヒイヒイ、ハアハアと喘ぎながらも、ペースを落とさず走る方が、むしろ、楽なのを知りました。(ベストタイムは3時間30分34秒、46歳時だったかな)

どんな偉人だって、歴史上に名を残している人物だって、それなりには妥協はしているでしょうが、その数は、かなり少ないはず。
でないと、ど偉いことをしでかす熱量が不足するからです。
で、こんな話をしてみました。

今日も、最後までおつきあいいただきありがとうございます。感謝!
では、明日も御機嫌よう。


-