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気づきが大事!のブログ

読書やセミナーで学んだこと、気づいたこと、人との会話、出逢いで、事件・ニュースで考えさせられたことなどを書き綴っていきますので、お読みいただければ、とってもうれしいです。

人に(または自問自答でもいいのですが)、自分の良いところ、悪いところを書き出して(話して)下さい。
つまり、長所と短所を書け、話せとのことなのですが、これ、ときどきセミナーなどのワークセッションですることが多々あります。

自分自身を表現する練習でもあるし、初対面の人とのコミュニケーション能力をはかる意味でもあるのですが、自分の悪いところは、けっこうバンバンと出てくることが多いです。平気で自虐的なことまでね。

ところが、良い部分は、となると、どうでしょう。
う~んとうなるばかりで、なかなか出てこない。
あなたも経験ありませんか?(ボクもすごく躊躇します)
逆に、良いところを考えている最中に、短所が思い浮かび、悪いところリストにまた新たな項目が追加されることに。

著名な方のエッセーの中に、ある小学校でのエピソードを紹介していました。
クラスの子どもたちに自分の長所を5つ書きなさいと紙を配ったところ、子どもたちは困りはてて、時間内で終わらず、結局宿題にしたそうです。
帰宅して、当然、子どもは親に質問する。
両親は日頃叱っていることもあるのか、たくさん良い点を挙げても、なんと子どもたち自身が自信なさげに「ううん」と首を振るばかり。
じゃあと本人の悪い点を指摘すると、泣き出してしまったとのことです。

謙遜は日本の美徳で、奥ゆかしいもののですが、ここまでくると、やっぱり病気です。日本病です。
戦後教育、日教組による教育、朝日新聞、毎日新聞などのマスゴミメディアの影響が大きく影響していると思いますよ。
実際、ボクは受験のために朝日新聞の社説や天声人語を熟読し、要約する練習を毎日しました。
その結果、すっかり左翼思想に洗脳され、学校でもその受け売りを盛んに展開した覚えがあります、恥ずかしながら。

でも、ちょっと違うんではないと、疑問を持ち始めたきっかけは、コピーライター新米のとき、京都府広報の仕事で、各大手新聞社と混じって取材に参加してからでした。
ボクの担当は季刊誌でしたから、取材してから掲載されるまでは時間があるので、各新聞の記事内容を検証するのですが、いつも朝日新聞と産經新聞は両極端でした。ここまで違うかという感じでした。
朝日は、どんな目で、どんな聞き方をしたら、こんな風な記事なるのか不思議でした。
でも、ずっと朝日か読売しか読んでこなかったので、正直、右翼紙とされていた産經新聞は頭からバカにしていました。
それでも、自分の取材の実感や現場の感覚、実際のことを考えると、いつも産經新聞の記事の方が自然で じぶんのに近いのがわかりました。
また、英字新聞も時々、しんどかったんですが確認しても、朝日の極端さや隠している部分(これは日本のメディア全て)を発見したりして愕然とした覚えがあります。

いま、朝日新聞の購読率は極端に下がっています。(逆に、産經新聞は上昇しています)
若手社員などのリストラで、なんとか会社経営は耐えているようですが、今回の従軍慰安婦の虚偽、捏造記事、謝罪無しでさらに拍車がかかるでしょうね。ジャーナリストの櫻井さんは、読者への及び全世界への謝罪記事と社長幹部らの謝罪会見をしないなら、廃刊に追い込むべきだとも言っています。
その記事はこちら。

当然、無用な国際社会への軋轢と誤解を招き、おおいなる国の威信を失墜させた責任は重いでしょう。
あなたは、どう思いますか。

最後に、日本人として誇らしいニュースを紹介します。
国連が発表した世界の民度、道徳ランキング

日本の国民素質は30年あまりに渡って連続一位だそうです。(このデータの確認はまでできていませんが、10年連続は確認。ちなみに中国は168カ国中167位)


今日も、最後までおつきあいいただきありがとうございます。感謝!
では、明日も元気で、御機嫌よう。

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面白いのもですね、ある人の音声ファイルを捜していたら、誤って斎藤一人さんのセミナーの声が流れてきて、久しぶりだったので、そのまま聞き入ってしましました。

改めて気づかされた素晴らしい内容なので、ボクなりの補足を含めてシェアしたいと思います。

「神さまは幸せをくれない。でも幸せになれる材料を与えてくれている。幸せに変えるものをくれている」

それが、いわゆる何らかの才能、ギフトということでしょうか。

「もし、不幸なことがたくさんあるなら、それを幸福に変える材料を山ほど与えてくれている。ハンディがあることは、それだけ神さまに見込まれているのだ」とも語っていました。

以前に、「神社やお寺は、お願いする場所ではない。日頃の感謝やお礼をのべる場所だ」と教えられて、意外だっただけに、この話も印象的でした。

「この世は、与えた分が返ってくる。この世に一方通行はない。もらいっぱなしは通らない」のだそうです。

その例として、こんな話をされていました。

僧が托鉢の修行をするとき、まず、貧しい家の前に立ち、お経を読むのだそうです。
貧しい人は、もらうことに馴れていて、人に与えることは少ないのだとか。

うちは貧乏で苦しいんだから何もないよ、どうしてわざわざこんな家に来んのさとばかり追い払ってしまうとします。
すると、現状の苦しさは変わらずじまい。
ところが、それでも苦しいなかにも、わずかでも何らかの食べ物を与え、ありがたいお経を唱えてくれている僧に向かって手を合わせて感謝する。
すると、そこで宇宙の波動が大きく変化し、貧しい現状や環境が変化し始めるのだそうです。

実に、日本的な神道・仏教的な考えとか、日本昔話的に聞こえるかも知れませんが、中卒ながら個人での納税額10位入りを10年以上連続(現在は個人情報保護法のため公表されていません)の資産家であり、たくさんのお弟子さんから敬愛され、ファンも多い一人さんですから、説得力があります。
目先の利益ばかりを追いかけている西洋の資本主義にどっぷりと侵されていると、こんな発想は生まれないでしょうね。

昨日、終戦記念日を迎えました。
終戦にしても敗戦にしても、その日を記念日と称するのは、いかにもGHQの戦後教育、洗脳され続けた結果のように思えます。
最近、いかに日本が戦争の道を歩んだのか、歩まざるを得なかったのかを、いろんな資料や書籍を読んで勉強していますが、その背景には、欧米のアジアへの野心と利益追求型の金融資本主義があったことは明白です。

いづれ、この件についてはお話したいと思っています。
ほんとうに日本の教育は歴史を何も教えなかったし、メディアも隠していましたし、検証する努力すら怠っていたのですから。
朝日新聞の「従軍慰安婦」の掲載した捏造記事を32年間も訂正せず、8/5付けで一部の資料が誤報であったというだけで、謝罪すらしない姿勢に憤りを感じて止まりません。
感情が高ぶってきて長くなりそうなので、ここいらで。


客観的にこの問題を取り上げたYouTubeを紹介しますので、ぜひご覧ください。
米歴史家が 慰安婦=性奴隷宣伝の嘘を告発「これは歴史に対する冒涜です!」


今日も、最後までおつきあいいただきありがとうございます。感謝!
では、明日も元気で、御機嫌よう。

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中国・上海(Shanghai)の食肉加工会社の工場が、期限切れの食肉を使ったとか、床に落ちた鶏肉をそのまま使ったとか、ニュースで盛んに報じられています。

そんなのは中国では当たり前の話なので驚きませんでしたが、ビックリしたのは、毒餃子事件がまだ記憶に新しいのに、マクドナルドやファミリーマートの大手企業が中国から輸入していたことでした。
何だか、裏切られたような気分。

ボクは中国に撮影取材で4回訪問しましたが、今から考えると、よく健康で帰れたなと思います。

中国の人の食に関するいい加減さをあるエピソードを紹介します。
杭州のある地方都市に行ったときのことです。
宿泊したホテルは一見、立派な建物でしたが、フロントでは英語も通じないような所でした。
交通の要衝地点であったらしく、昼夜を問わず、車のクラクションが鳴り響き、うるさくて眠れなかったです。
(あちらでは、俺の車がいちばんじゃ、どけどけとばかり突っ込んでくるので、何度も恐い思いをしたものです)

朝、朝食のために食堂でスタッフと合流し、バイキング形式だったので、まずオレンジジュースを飲みました。日本のホテルとは違って100%果汁じゃないのは飲んですぐにわかりました。瓶詰めのジュースなんだろうなぁ、でも大丈夫かなと心配になりました。
というのは、中国訪問前にアドバイスされたの中に、「絶対に生ものには手をつけない」。
「栓が開いている瓶詰めの飲み物やキャップが開いているペットボトルものも飲んではいけない」というものでしたから。
(女性に関するものもあり、これについては後日、機会があれば話ます。傑作だったエピソードなので)

それでも、コーヒーは温くてまずいし、中国茶もなぁ。で、仕方なしにまたジュースを飲んだところ、味が何だか薄くなっていて、スタッフ同士で、変だねぇと話しながらジュースが置いてある場所を見たら、なんと、チャイナドレスのウエイトレスさんたちが、サーバーに入っているジュースの上から水を次々に足しているじゃあ~りませんか。
一同ビックリ仰天です。こんなことありっ!
でも、これが中国なんです。

別のホテルだったかな、トイレットペーパーの巻いている量が少ないので通訳の人に聞いたら、中国人のお客さんが持って帰ってしまうので、2、3回分の量しか出さないというのです。
トイレは汚いし、ホスピタリティの「ホ」も感じられないこんな国が、オリンピック開催?!、100年早いわっ、って、当時思いましたね。

中国の悪口を言いたいのが今回の主旨ではないのでここいらで止めます。
つい最近知った企業の在り方や責任について話したいと思います。

ご存知、日本の資本主義の父・渋沢栄一が、

「商業の徳義はどうしても立て通すようにして、
 最も重要なるは『信』である。」と説きました。

字のごとく、市場における信用・信頼を確立することです。

そして、更に『義』も重要であるとしています。
この『義』は責任を意味します。


責任こそ、経営の本質です。
そして誰がその責任をまっとうするのか。
当然、企業のトップですよね。

もう、牛乳やらユッケやら産地の偽装などで、またかいな、と見飽きるほど、経営陣の頭を下げる姿をあなたも見たでしょう。

そんな「食の安全」を提供し、消費者の命や健康を守ることが、食品関連企業の基本理念であり大命題じゃないですか。

商い、商売は江戸時代から営まれていましたが、商業という産業がまだ発展していなかった明治時代に、その経営の大本質を、いち早く見抜いたのも、また渋沢栄一だったのです。

経営学の神様と呼ばれるあのピーター・ドラッカーが、渋沢栄一について、次のような言葉を残しています。

「率直にいって私は、経営の『社会的責任』について論じた歴史的人物の中で、あの明治を築いた偉大な人物の一人である渋沢栄一の右に出るものを知らない。

 彼は世界のだれよりも早く、経営の本質は『責任』にほかならないということを見抜いていたのである。」


利益ばかりを追求するあまり、企業の不祥事が絶えません。
マレーシア航空だって、結局はコストを抑えるために起こった惨劇だと言えます。
このご時世、コスト高は痛いけど、うちの娘は食品は絶対国産品を使用しているものしか口にしません。当然、お値段が上がります。でも健康のことを考えたら必要コストかもしれませんね。
でも、外食となると難しいですよね。だからこそ信用、信頼関係が大事になってきます。

これは何も企業だけの話ではありません。個人の問題でもあります。
会社に入った時、所属の事業部長から言われた言葉を思い出しました。
不祥事があったとき、「あいつはそんなことをするはずがない」か、「あいつならやりそうだな」と思われるか、その差だよ。

これからも肝に銘じておくことにします。

今日も、最後までおつきあいいただきありがとうございます。感謝!
では、明日も元気で、御機嫌よう。

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