<2月6日>
投宿していた仙台市中心部での朝の散歩。
東北電力本社~満願寺~宮城縣神社廰~瀧澤神社と巡って来ました。
神社の隣は「デジタルアーツ仙台」。
ここが先ほど坂の向こうに見えた「菅原学園」のようです。
向かい側は「錦町公園」ですが、ここの角に石柱が建っていました。
「同心町中丁」と「大仏前」と刻まれています。
道路からは数段高くなっている公園に登って行き、
石柱の裏側へ回ってみました。
【天和三年(1683)この地にあった梁川八幡を
川内に移した。別当寺千住院の入口は今の元貞坂である。
この坂の両側は寺と神社の門前であったが、
跡地に同心衆の住居が置かれた。
元貞坂の中頃から東に弓なりに、
同心屋敷の中を大仏前に出る細い道を同心町中丁と呼んだ。】とのこと。
こちらの面は「大仏前」の解説です。
【亀岡八幡は、政宗が仙台移転の後、
守護神としていた梁川八幡を上杉領より遷宮し、
現在の錦町公園の地にあったが、
後に天台宗等覚院が建てられ、
境内の延寿堂には四代藩主綱村の奉納した
丈六の毘盧遮那仏坐像が安置された。
これに因み、花京院から元寺小路に至る坂道は
大仏前と呼ばれた。大仏は空襲で焼失した。】とのこと。
この石柱の後ろには「錦町公園」が拡がります。
石柱の説明によれば、もともとは「梁川八幡」
という神社があったことになります。
この公園の脇に細くてディープな小路がありました。
質屋があります。
小路を抜けて来ると、錦町公園の「高さ」が分かります。
仙台の街歩きはあまりすることがありませんでしたが、
こうして歩いてみると、あちこちに東北の雄伊達藩の痕跡が残っており、
そういった史跡が丁寧に保存されていることが分かります。






