黒澤エンタープライズの専務を経て、現在企画制作会社の社長をしている著者が、ある意味
「偶然がきっかけで」付き合い始めた「黒澤一族」との交流を綴ったもので、“すぐそばの、
日常から見た黒澤明”の姿が克明に描かれています。
『影武者』、『乱』、『能の美』(未完)、『夢』、『八月の狂詩曲』、『まあだだよ』という
黒澤明の最晩年の作品に関して、筆者のプライベートを主体に書かれたメイキング本といえます。
自分の父と同級生だった黒澤監督の撮影現場や日常での触れ合い、夫人である喜代さんの心遣いの
エピソード、長男久雄氏とのビジネスの付き合い、そんな裏話を重ねて行くと家族としての「黒澤
ファミリー」と現場部隊としての「黒澤組」の全体像がイメージとなって浮かんで来ます。
印象的だったのは、喜代夫人が亡くなったときに、通夜の「畳に精進料理」を翌日の葬儀のとき
には「テーブルにホテル・オークラのパーティ料理」に大転換させた黒澤監督の姿。どこか『夢』
という作品のラスト「水車のある村」で、笠智衆扮する老人が踊りながら村の葬儀の列に加わって
いくシーンと重なります。映画を観たときも、葬儀=祭り、死=残された者がしっかり生きること、
といったメッセージが伝わって来ましたが、実際に自分の妻のときに実践していたとは思いません
でした。
黒澤作品はどれも好きですが、『夢』のような映像美とメッセージ性がはっきり出ている作品が
私にとっては分かりやすいと感じます。黒澤モノの鑑賞歴は、最初が封切り同時の『デルス・
ウザーラ』、その後『椿三十郎』『七人の侍』『用心棒』『姿三四郎』をリバイバルで観てから、
本書で取り上げている晩年の作品群を公開と同時に観たような気がします。
繰り返し何回観てもいい映画は意外に少ないものですが、黒澤作品はそのうちの一つです。
黒澤明という「巨星」の裏側を知ることのできる本でした。