悪いことをしたら、


「スミマセン」と言って


日本人のふりをする。


これが小さな愛国主義だという。


こんなことを堂々とネットや放送で発言する。


たとえ冗談であっても、


こんな短絡的な考えがどんなことを生み出すのか


よくわかっていないようだ。


結局は自分たちのアリバイを自分たちで


投げ捨てているようなものということをだ。


悪事を働く。


それが本当に日本人だったとする。


しかし、先の発言を知っている人は


もしかして、他国人の成りすまし?と疑う。


そして痛くもない腹を探られることになる。


国際的信用とは、こんなことの積み重ねで失われるものだ。


歴史的にすべて日本に責任があると主張している事柄でも、


同じ論調、同じ行動原理で成されているのではないか。


もしかして言いがかりではないのか。


そんな思いを他国にも抱かせてしまう。


もちろん良識ある自国民も、そしてまた日本人も同様の思いを抱くだろう。


あんまり安直な憂さ晴らし的発言はよしたほうがいい。


自分で自分の首を絞めることになりかねないのだから。


そして、これをまさに因果応報という。


姑息はついには卑賤に通じるのですよ。


それも自分が気づかぬうちに。

他国の愛国教育に懸念を表明しながら、


自国にも愛国教育を進めるのは


矛盾ではないのかという記事があった。


一般的にはそのとおりだろう。


たとえば、核兵器開発を批判している国が、


自らも核開発をする、という場合などにはだ。


しかし、今回の問題の発端は他国の愛国教育の内容にこそある。


明らかにあやまった歴史を元に、


もっと言えば捏造された歴史をもとに


特定国を批判することを目的としたかのような


教育が行われていることがそもそも問題なのだ。


そして、その誤った歴史に対して


正面から反論するだけの歴史教育を行っていないということ。


そんな実情が続けば、不利益をこうむるのは


学ぶべきを学ばせてもらえなかった国民となる。


反論せざるもの、すなわち負け犬。


さあ、たたけ、もっとたたけ、そして奪え。


そういう文化の国が相手なのだ。


これは決して過大な表現ではなく、


事実として刻まれていることだ。


愛国というより、この教育はいっそ


防国教育といったほうがわかりやすいかもしれない。


そして、そのような教育が必要な現状を招いたのは、


ほかならぬ自分たちなのだ。


たたかれ奪われ、それに黙してきたのは


そして、それを主導してきたのは


どこの誰だったのか考えてみればいい。


理想論ではもう事は打開できないという現実とともに、


その反省を決して忘れてはいけない。

通名廃止に関して取りざたされている。


そしてこれに反対する向きがある。


なんでだろう。


誇り高き民族を常日頃標榜しているのだから、


堂々と自国名を名乗ればいい。


どこの国でも、それがごくあたりまえのことだろうに。


もし、通名でないと日本では健全な社会生活を送れないとしたら、


その理由を自身でよくよく考えてみればいい。


答えはそこかしこに転がっているから簡単だろう。


でも、その簡単が難しいんだろうということは理解している。


もし認めることかができたら、あとは本当に簡単な問題になるのにな。


残念なことだ。



どぶに落ちた犬を沈めようとする光景がまたぞろ現出している。


そんなときには実に活気に満ちている。


沈めるまでやってやるぞと意気軒昂。


そしてまた次の落ち犬を探して鵜の目鷹の目。


そんなマスコミの醜悪さに自分を重ねて


背筋が震えます。


自分に火の粉が降りかからない限り、


飽きるまで追及の手を緩めない。


偽善の懲悪、ここにあり。





2010年11月6日の新聞各紙には


「尖閣ビデオ流出」についての社説が載った。


私は、そのときの大手全国紙の社説をすべて記録している。


特に全国紙で今、特定秘密保護法案に反対している


新聞社の社説は、こぞってそのときの流出事件を


政府の情報管理体制の甘さだと糾弾していた。


このときの彼らには、


国民の知る権利という論理は存在していなかったとしか思えない。


特定の国が国際的に不利になりかねない映像だったから、


それを全編公開することがいけないと判断したのだろう。


それを流出させたのは政府の怠慢と批判することで、


自らのアリバイを他国に対して示したまで。


そしてまた今、この法案に反対するのは


国民の知る権利ありきではなく、


他国の情報収集に不利になる法案だからではないのか。


そうではないというなら、先の流出事件に対する


自らの社説のもつ意味を説明せよ。


そして、同様にこの時期に政権についていた


現野党も一部映像公開という判断をした理由を述べてみよ。


誰のためにそんな処置をしたのかを教えてくれ。


今あなた方が展開する論理では、


それをすべて知る権利を国民は有するはずなのだから。


違うだろうか?


今に至るまで、立脚点がこの国にない政権と


マスコミがもたらした弊害のなんと多きかったことか。


ご都合主義をも超えた、彼らのこの二枚舌のさまをこそ見よ。


この法案の施行後の正否判断は物言わぬ国民に任せておけ。


私は現状ではこの法案にもろ手をあげて賛意を表するものではない。


問題があれば総選挙でその意思を知らしめるだけのこと。


マスコミや野党のおおかみ少年的意見に本気で耳を傾けるのは、


現状ではご遠慮申し上げたいということなのだ。