バラエティ番組でどなただったか


芸人さんが、淡屋のり子さんが


実は演歌ぎらいだったということを


ことさらに強調して、ギャグのつもりで


取り上げていましたが、


かれは誤解しているようですが、


彼女はまったくもって演歌歌手ではありません。


シャンソンとブルースが求めるところの歌手でした。


だから演歌の湿っぽく、貧乏くさいところが


大嫌いと生前から公言されていたのです。


私は彼女の活躍された時代の人間では有りませんが、


何曲か歌っていた歌を知っています。


間違いなく、戦前からの欧米文化に大きく影響された


「モダン」だった歌手です。


どうか混同されないようひとこと記すものです。

地位にある方というのは、


座していれば役目が果たせるというものではない。


ふさわしいものに自らが作り上げる


たえまない努力のみが、


地位を地位としてあらしめるための


唯一の絶対条件である。


それは歴史の継続性に守られているかのような


方々にとっても同じことなのだ。


頭が下がる思いとともに、今日はそれをひしひしと感じている。

政府から領土問題の発信を戦略的に行うことが


望ましいとの意向が伝えられて、


今までのステルス偏向が修正されそうになり、


現場の皆さんのご苦労さぞやと思います。


でも何にも悩む必要はないのです。


一部マスコミが述べるような萎縮もする必要などありません。


受信料という名の税金で営んでいる放送局なんですから、


納金者の多数の意見をだまって反映すればいいのです。


簡単なことでしょ。


もしそれができないのなら、高給待遇は即刻返上なさい。


民放はクライアントの意向に従い、


公営放送はこの国の益に資す。


それが当然なんですから。

英語を公用語にして、


人材のグローバル化をはかる企業っていってたような気がする。


傘下の選手が大リーグ挑戦の意思を表明するという


それこそグローバルな活躍の意思をもっていて、


その可否の決断に逡巡する親企業の姿がグローバルというのか。


論点をこじつけているのはわれながら自覚しているが、


それでも吹き出すしかないな。


本音とは結局はそういうものなんでしょうね。

戦後普通ではなかった状態を、


国際的にも認められた権利を有するという


普通の国家の状態になろうというだけのこと。


これを平和路線からの逸脱とのたまわる向きがあるが、


彼らは今までの平和路線で結局近隣との関係が


現在どうなったのか見えていないのだろうか。


今までちょっかいを受けていたのは、


まさに平和という名を借りただるまさん国家で、


手出しなどできないと高をくくられていた結果なのだ。


今後もそんなだるまさん状態でいて欲しい。


彼らが望むのは、近隣がくみし易い国家であれかし。


ただそれだけなのだ。