ついに、ハイキングで目標だった40キロを歩いた!

 

大和川を河口まで歩いて、次は大和川と合流する河内平野を流れる石川を遡及してみようと思っていた。石川は思ったほど長くはなく、河内長野までを往復してしまった。

 

出発地点はJR大和路線の高井田駅。

 

高井田駅の近くに「国豊橋」という大和川に架かる橋がある。この橋からの大和川上流の風景。右側は市民の憩いの場となっている河川敷。

 

国豊橋を渡り、近鉄国分駅から玉手山の住宅地を抜ける。玉手山丘陵地の西側にある神社。この神社、「式内社」とあり、由緒ある神社には違いないが、この日は「歩き」が主なので、参拝せずに側を過ぎる。また、このあたりは古墳が多いことでも有名なところのようだ。玉手山は大阪夏の陣でも有名な場所。

 

昔の若者はこんな石を使って力比べをしていたようだ。今、米は30キロ単位で出荷しているが、私の子供の頃は60キロが単位であった。60キロの俵を担いで坂道を上り下りしなければいけなかった昔の人の筋力は相当なものだったろうと思われる。

 

玉手山という丘陵地を下りると石川に出た。ここへ来て、以前にこの橋を渡ったことを思い出したが、あの時はどこを歩くためにこの橋を渡ったか思い出せない。自分の過去のブログをみれば分かるだろうが。因みにこの趣きのある橋は文化庁登録有形文化財となっている。

 

川沿いは散歩、ウォーキングなどが楽しめるように整備されている。ここからいよいよ川沿いを歩く。

 

河川敷の歩行者用の道。秋晴れ、気温も適温。只管(ひたすら)歩く。

 

堰き止め場所はちょっとした湖のようで青い秋空を映して水面が美しい。

 

河川敷は公園になっていたり、グラウンドがあったり、このように高齢者向けのグランドゴルフ場があったりする。このグランドゴルフ場、結構広く、相当多くのコースがあり、高齢者の人たちが、こんなにも老人が多いのか、と思わせるほどプレーを楽しんでいた。

 

日本で最初に大黒天が現れた場所だという大黒寺。天智天皇の時代に役行者が建てたという寺。役行者や行基や弘法大師と関連づけられた寺や神社などがいかに多いことか。

 

この寺には、弁財天の他、毘沙門天、福禄寿あど合計6体が境内に処狭しと並んでいた。仏教の深~い「哲学」などどこ吹く風で、現世利益、現世利益と言わんばかりの日本の宗教。神仏習合も仏教が日本人に丸め込まれたものとも言える。

 

石川はサイクリング道路がかなり整備されている。サイクリストには良く知られた場所になっているのではなかろうか。

 

河川敷は公園やグラウンドなど、整備されているところもあるが、そうでないところは草茫々、数メートルはありそうな笹、ススキ、葛などが生い茂っている。こういのを見ると、つい刈り取りたくなる私。

 

ここは相当整備されている公園。この日も草刈り機が活躍していた。公園は造った後の維持費が大変そう。遠くに見えるのは、葛城山と金剛山。

 

この「予告」があちらこちらにあり、「シクロクロス」を知らない私は今このブログを書くためにネットで調べてみた。「シクロ」はcycle のフランス語発音のようだ。確かに、石川の河川敷はオフロード自転車競技には向いていそうな場所。サイクリスト人口は相当ありそうなので、参加者も多そうだ。

 

 広々とした河川敷公園。

 

サイクリング用の吊り橋。もちろん歩行者も渡る。

 

 サイクリング用の橋から石川の川下を望む。空の青さを映して美しい光景である。

 

河川敷にはこのようなトイレがかなり多く設置されている。私も利用したが、なかなかきれいだ。

 

こんな感じでトイレットペーパーまで備えられている。

 

石川河川公園はなぜか「西行うたのみち」となっている。西行と言えば桜。そして終焉の地が現在の河南町にある寺ということで、西行の名で石川を広報しようということなのであろう。

 

河川敷のサイクリング道路。この虫、葉もの野菜を食べるヤトウムシのようにも見えるが、どうしてこんな草もない道をもたもた渡ろうとしているのだろうか。気がつけば、このような虫やミミズの死骸が多い。

 

富田林にあるPL教団の平和の塔。

 

春日神社はどこにでもあるなあ、と思っていたら、この神社以前に来ていることに気づいた。

 

石川からちょっと離れるが、滝谷不動明王寺に行ってみようと思った。一般的な道路道から行けばすぐに行けたのだろうが、地図アプリにあったハイキング道のような道を取ったのが失敗だった。倒木はあるし、あまり人が歩いている道ではなさそうだった。

 

だが、やっと入口にたどり着いた。なんと、鍵がかかっていて中に入れなかった。やれやれ、である。

 

気を取り直して、石川に戻る。この橋も見覚えがあった。以前もこの橋を渡っているが、その時のことが思い出せない。自分のブログを時々は読み直さないといけない程、健忘症か、悪くすると痴呆の兆候かも。そう思うとあまり良い気はしないなあ。

 

橋のすぐそばのセブンイレブン。以前もここで何か飲み物を買ったかも。今回も水分不足になるといけないと思い、スポーツドリンクを購入してハイキングを続ける。

 

石川沿いの道をひたすら歩く。

 

だいぶ河内長野に近づいてきた時に、この新興住宅地の前で大きなタンクを埋める工事をしていた。なんのタンクかわからなかったので聞いてみた。そしたら浄化用タンクだと言う。その時、私の目には手前の数件の家しか見えていなかった。で、なんでこんな大きなタンクが必要なのかと思ったが、見上げれば、相当丘陵地の上まで住宅が建ち並んでいた。なるほど、これなら大きな浄化用タンクも要ることだと思ったことである。

 

腰神神社、面白い名前の神社だと思い、説明書きを見れば、さすがこの辺りは楠木正成の勢力範囲。楠木正成の馬が腰を痛めた時に正成がこの神社の御神体に祈ったおかげで馬の腰が治ったということで、腰神神社という名前になったとのことである。

 

金刀比羅神社。「こんびらさん」と言えば、香川県のこんびらさんが超有名だが、金刀比羅神社は奈良でも良く目にするように思う。どうしてかなと思ってネットて調べれば、金刀比羅神社の神は大物主。ここでは大物主は航海の安全を司る神ということで人々が崇拝した。なるほど航海に関わる神社ということなら、日本国中至る所にあってもおかしくはないわけだ。

 

河内長野駅にだいぶ近づいてきたが、この道、多分昔のメイン街道だったと思われるが、どうも雑然としていて、情趣を感じさせるものがなく、何か雑然とした感じである。

 

河内長野駅に到着。ここは近鉄と南海の両方の駅となっており、なかなかの駅前ロータリーである。

 

河内長野駅からは来た道とは違う、主要な車道を中心にして歩く。この車道、国道なのだが、歩道もなく、歩くには不向きだが仕方がない。それにしても、この国道沿いもまとまりが無く、多少殺伐、雑然とした感が拭えない。

 

交通標識も参照しながら歩く。

 

川そばの稲刈りが済んだ田。多分、雄と雌だと思うが、なにやら求愛をしているような感じ。サギの類だと思うが、悲しいかな、正式な名前を私は知らない。

 

石川に限らず大和川に架かっているパイプライン。これは都市ガスでも流しているものだろうか。管轄はどこだろう。一度確認したいと、大和川を歩いている時にも思っていた。

 

先にも紹介したサイクリング用橋。なかなか素晴らしいデザインである。すでに日はだいぶ西に傾き、橋は夕日に照らされていた。

 

 川沿いのサイクリング用道路をひたすら歩く。だいぶ日が暮れかかってきた。

 

日は暮れ、遠くの町の灯りは見えるが、足もとが良く見えない。しかし、サイクリング道路で舗装されており、躓くことはないと信じて歩き続ける。

 

やっと朝の出発地点である高井田駅に到着。

 

ついに、待望の40キロ達成!