桜が咲いたら新学期。

子供だった頃、桜は緊張感のあるものだった。


大きくなってからは、桜は楽しいものだった。

桜が咲いたら、わいわい花見をしよう。今日も花見で明日も花見。


40代になった今、桜は悲しいものになった。

また桜が咲いた。私の子宮は未だカラっぽなままなのに。


こんなはずじゃなかった。

私のお腹には赤ちゃんがいるはずだったのに。

もしくは、胸に赤ちゃんを抱いているはずだったのに。


また桜が咲いた。私は、また無駄に月日が過ぎたことを思い知らされる。


もし。

もし流産していなかったらなら、最初の子に新しい靴を買う頃だった。

足の成長を阻害しないよう、専門店でぴったりの靴を奮発したかった。


もし。

もし流産していなかったらなら、2番目の子は幼稚園に入園する頃だった。

家族で手をつないで写真館へ出向き、みんなで写真を撮りたかった。


もし。

もし流産していなかったら、3番目の子は・・・


桜が咲いた。どうして、亡くした子供の年を数えずにいられようか。

私は桜が好きなふりをして、今年も友人らと花見に出掛けて行く。

嬉しく桜を見上げているふりをして、でも本当は苦しくて息が吸えない。


私には、胸に抱く子がいない。

私にだけ、胸に抱く子がいない。