避難場所では5日間お世話になりました。
子供達優先で食事を摂らせていただいたり
震災3日後には 大鍋で沢水を沸かしてもらい
体を流すこともできました。
停電の中、プロパンガスを使用できる環境があるのは
心強いものです。
避難場所と家とを往復している最中に
消防車と救急車20台程がサイレンを鳴らしながら
走る光景を目にしました。
すべて静岡ナンバーでした。
わたしたちは 見捨てられていない
涙があふれました。
それ以降 本格的な災害復興活動が始まりました。
静まり返っていた町には
自衛隊をはじめとした 他県ナンバーの車が溢れました。
どの車にも「災害復興」との文字が掲げられていました。
町には 「支援をありがとう」などの感謝の気持ちや
「負けない!」と言った強い復興の意識が芽生え初めました。
生きている人間ができること しなければならないこと
今、私ができることはなんなんだろう。