3月17日、避難場所を後にしました。
その日 電力が戻りました。
何をすべきか・・・
わたし達は まず安否確認から取りかかりました。
まだ連絡が取れていない人達へ
片っ端からメールしていきました。
すると、避難を呼びかけてくれた友人の旦那様から
あの日以来、連絡が取れていないという返事がきました。
彼はいまだ仙台の事務所にいました。
なぜ探しに来ないのか わたしは怒りさえ覚えました。
ガソリンがなくて・・・
何人、何十人、何百人の人々が 徒歩で自転車で
家族のもとへ向かったことか
次の日、友人が避難すると言っていた場所に行きました。
友人は息子と犬を連れて小学校のペット教室なる場所へ避難していました。
わたしは 友人を家へ連れ帰る事にしました。
家へ向かう途中 独りのおばあさんと会話しました。
うちでもね 犬飼ってだの
あの日 津波にあってね 濡れないようにこうやって持ってだんだげっと
力つぎでさ 歳だし 寒がったがらね なぐなってしまった
だがら、そのワンちゃん うんと かわいがってやってね
自宅で津波にあったおばあさんは 自分も胸まで海水に浸かってしまい
それでも飼い犬をなんとか守ろうと 頭の上まで腕を伸ばし、老犬を支えていたが
支える力が無くなり 犬を冷たい水に落としてしまったと言った。
亡くなった人々は 遺体安置所に運ばれるが
家族同様である ペット達は どうなるのだろう・・・