日本で作られた実写版ゴジラ30作品目に当たるゴジラ-1.0を鑑賞してきました。
初代ゴジラは1954年に日本を襲ってきて、これまではそれがもっとも昔に現れたゴジラだったわけだけれど
今回の映画では日本上陸が1947年でいまだに大東亜戦争(太平洋戦争)敗戦後に米軍に占領された状態で
同年に日本国憲法が施行されるようなまだ大日本帝国が滅び「日本」が誕生する過渡期という
初代ゴジラよりも昔を舞台に描かれていて大変興味深かったです。
これまでのゴジラは基本的に撮影された年代か未来を舞台に描かれていたけれど
この作品はひょっとしたら初めて過去を舞台に作ったゴジラ映画かもしれません。
ゴジラに襲われたり戦ったりする戦艦や船、戦闘機の映像だったり町並みだったりといった部分の作り込みは目を見張るものがありました。
相当にこだわって作り込んだことが素人目にもわかります。
おかげで画面に嘘っぽさはなくしっかり1947年に没入することが出来ます。
少し残念に感じたのはそこにいる人物達の立ち居振る舞いです。
役者さん達は素晴らしい演技をされていたと思います。
しかし、水木しげる先生や戦争経験者の体験談を読んできた身からすると
例えば軍人関係者が「優しすぎる」という印象があります。
世界にエンターテイメント映画として公開するために演出的な制限をしたのかもしれませんが、
言動に「現代人」的な雰囲気を感じてしまいました。
風景の作り込みが完璧なだけに残念に思いました。
また最終的にゴジラは「討伐」されるわけですが、その方法がハリウッドでローランドエメリッヒ監督が制作した「GODZILLA」以来の
「通常兵器」で討伐されるという結果だったのがちょっと残念に思いました。
初代ゴジラでさえ「オキシジェンデストロイヤー」という「新兵器」を利用したのに。
今回のゴジラはこれまでのゴジラにはなかった見る見るうちに傷が治っていくという再生能力を持っていたので
「通常兵器」で討伐されるというのは余計に違和感を持ってしまいました。
ゴジラのデザインや脅威の描き方は100点だと思えたので(わかりすぎるオマージュはご愛敬としても)エメリッヒ版ゴジラのような
「普通の生き物」的な描き方を討伐シーンに採用してしまったのはどうなんだろうと思いました。
今回のゴジラは核実験によっていわゆるゴジラになる前の「プレゴジラ」が登場して
主人公はその時に因縁が出来るわけですが、その「プレゴジラ」は核実験の影響で巨大化する前で
行動も大きさもジュラシックパークのティラノサウルスを思わせるものだったので
あくまで「普通の生き物」の延長線上にいるということだったのかもしれません。
モンスターユニバース版のGODZILLAが「神」のごとき存在だったのでそれとの差別化の意味もあったのかもしれないなと思います。
放射能火炎の発射プロセスから破壊力の描き方が斬新だったり、特撮部分では見ておいた方がいい名シーンがたくさんあるので
人間ドラマ部分とラストの難点に目をつぶればオススメできる良い映画だと思います。
また、なんだかんだいっていつものテーマ曲には興奮します。
見て損をしたと思うような映画では決してありません。