伊丹万作

 多くの人が、今度の戦争でだまされていたという。
みながみな口を揃えてだまされていたという。
 だまされたということは、不正者による被害を意味するが、しかしだまされたものは正しいとは、古来いかなる辞書にも決して書いてはないのである。だまされたとさえいえば、一切の責任から解放され、無条件で正義派になれるように勘ちがいしている人は、もう一度よく顔を洗い直さなければならぬ。

 また、もう一つ別の見方から考えると、いくらだますものがいてもだれ一人だまされるものがなかつたとしたら今度のような戦争は成り立たなかつたにちがいないのである。
 そしてだまされたものの罪は、ただ単にだまされたという事実そのものの中にあるのではなく、あんなにも造作なくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己の一切をゆだねるようになつてしまつていた国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、無責任などが悪の本体なのである。

「だまされていた」といつて平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でもだまされるだろう。いや、現在でもすでに別のうそによつてだまされ始めているにちがいないのである。

底本:「新装版 伊丹万作全集1」筑摩書房
入力:鈴木厚司
校正:田中敬三

2006年5月5日作成
青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/
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抜粋ですが、実に心に響く文。
伊丹万作という映画監督の文です。

イスラム国やオウムに入りたがる若者の多くが、この「家畜的」に考えることを放棄して、誰かに人生を委ねたいがための「逃げ」の行動をとっているのではないかと思います。
信念ではなく、ただ面倒だから流されたい。
そして相手が弱まると「騙されていた」と逃げるのです。
そしてまた誰かに騙されにいく。

・・・目を覚ましていただきたいものです。